豊中市の介護連絡会が作った動画がどこかおかしい……
ある日、男性社員がオフィスに戻ると

同僚が人形に……?

首には「本日、介護につき欠席いたします。」のプレートが。

介護人材不足を訴えるドラマらしい。
大阪府豊中市の介護事業者団体「豊中市介護保険事業者連絡会」が公開したショートドラマシリーズ「#本日介護につき」。介護人材が不足すると、職場や病院、学校での当たり前の生活が失われていく。そんないつか訪れるかもしれない未来をコメディタッチに描いた全6話です。
ただ、介護人材不足の深刻さは笑い事ではありません。厚生労働省の推計(2024年発表)によると、2040年度には約272万人の介護職員が必要になると予測されています。2022年度時点(約215万人)と比較すると、今後20年足らずで約57万人もの人手が不足する計算です。

介護人材不足というシビアなテーマをなぜコミカルに描いたのか。動画を制作した株式会社EYEZENの演出・石井將剛さんに制作の背景を聞きました。
「ジブリのようなものが作りたい」という依頼

──豊中市介護保険事業者連絡会(以下、連絡会)からの依頼で作成した動画ですが、最初はどのようなオーダーだったのでしょうか?
石井さん:今後介護人材が不足するという問題を動画にして、全国の老若男女に知ってほしい、キャッチーでインパクトのある映像を作りたいというオーダーでした。
──映像の方向性はどのように決まったのですか?
連絡会さんにはMV風やドキュメンタリータッチなど、いくつかの方向性を提案しました。その中で「おもしろおかしいドラマでメッセージ性を込めたい」という要望をいただいて。さらに「ジブリのようなものを作りたい」とも言われたんです。
初めはその意図がわからなかったのですが、「ジブリは大人も子どもも楽しめる間口の広さがありつつ、鋭いメッセージ性も持っている。そんなものを作りたい」と聞いて納得したので、やりましょうと。
ただ、介護のシビアな問題をおもしろおかしく仕立てるのは、最も頭を悩ませた部分でもありました。連絡会さんとも一番議論しましたし、笑いに寄りすぎても深刻になりすぎてもいけなくて、絶妙な塩梅を探りましたね。
──そもそも、介護人材不足を笑いにすることへの抵抗はなかったですか?
問題を茶化す意図はありません。むしろ、「こんな状況が本当に来たらやばい」と不安を増幅させる装置として使いたかったんです。たとえば病院編では、ブラックジャックのような怪しい無免許医を登場させました。今はこんな医者が病院にいるなんてあり得ないんですよ。でも、「こんなことが起きたら怖い」とゾクっとしてもらうための仕掛けにしようと考えました。
医師が介護で出払ってしまい、無免許医師が登場する。
制作を通じて介護が自分ごとになった
──依頼を受ける前、介護についてどのようなイメージを持っていましたか?
実は母親が介護の仕事をしていて、「人が足りなくていろいろしんどいわ」とは聞いていました。介護人材不足についてはニュースなどでなんとなく知っていた程度です。以前、身内が介護施設にお世話になったことがあって、そのときは「入所できて良かった」くらいにしか思っていなかったんです。
──制作を通じて、介護人材不足の深刻さに腹落ちした瞬間はありましたか?
連絡会さんから話を聞いたり、介護業界が置かれる状況を自分で調べたりするうちに、身内が施設に入所できたこと自体がすごく恵まれていたんだと気づきました。
若い人がさらに減って高齢者層が増加していくなかで、2035年に人材不足がより深刻になるという理屈を理解したとき、「これは本当にやばいことだ」と思いました。映像を作るだけじゃなくて、見てくれた人に自分ごとにしてもらわないといけないという気持ちで制作に臨みました。
細部へのこだわりと、母からの予想外の反応

──各話の演出でとくにこだわった点はありますか?
SNSのショート動画は最初の数秒で視聴してもらえるかどうかが決まります。なので、冒頭にインパクトのある映像を持ってくることは意識しました。オフィス編でいうと、システムエラーの画面をSFっぽい真っ赤な画面にして、「なんだこれ」と思ってもらえる演出をしました。
全話をとおして軸にしていたのは、「当たり前にいる誰かがいなくなると困る」という視点です。給食室のおばちゃん、英語の先生、執刀できる医師。介護人材が不足することで当たり前の生活が失われていく、その怖さを各話で描きました。
──病院編では『ブラックジャック』や『家なき子』を想起させる雰囲気がありますね。
ブラックジャックは病院編を作ることが決まったときに出てきたアイデアです。みんなが知っているキャラクターですし、うさん臭くて頼りないブラックジャックを描いてみたいと思い、名前もブラック黒沼にしました。
実は『家なき子』を観たことがなくて……。なのでサムネイルのコピーが家なき子に似てしまったのは本当にたまたまです。

──全話をとおして見ると、学校編だけほかの話と少し雰囲気が違うように感じました。職場編や病院編と比べて、どこかシリアスな雰囲気ですよね。
職場編や病院編は介護人材不足が直接影響する話ですが、学校編は大人の問題が子どもに波及するという、少し遠回りな描き方をしています。最初から毛色の違う作品を入れようと考えていたんですが、結果的にそれが一番再生されています。
──全6話が公開されましたが、反響はいかがでしたか?
身近な人からはおもしろい、興味がわいたと言ってもらえてうれしかったです。SNSではあまり多くの反響はないのですが、コメントの中で印象的だったのが、登場人物の名前に気づいてくれた人がいたことです。実は豊中市にある駅名になっているんですよ。しれっと仕込んでいたことなので、そこまで見てくれている人がいるんだなと。ものづくりをしている身からすると、細かいこだわりに気づいてもらえるのは本当にうれしいです。
──介護の仕事をされているお母さんにも見てもらいましたか?
見てもらったのですが、映像の感想はなく、「給料も上がらんし、人がいなくて介護職ほんまにやばいねん」と文句を言われました。こんなに身近に人材不足の深刻さを感じている人がいるのだから、この動画を一人でも多くの人に見てもらって、介護について考えるきっかけになればと思います。
取材協力:一般社団法人 豊中市介護保険事業者連絡会、株式会社EYEZEN
参考