山田貴敏
中央大学在学中に『二人ぼっち』 で講談社新人漫画賞佳作を受賞。『マシューズ―心の叫び』が同賞に入選し、週刊少年マガジンでデビュー。その後『風のマリオ』の連載などを経て小学館に移籍。週刊少年サンデーに『マッシュ 』を連載。2000年に『Dr.コトー診療所』の連載を開始。累計発行部数1,200万部を超え、実写化される大ヒット作となる。2022年12月に映画『Dr.コトー診療所』が上映される。
もともと家族ドラマを描きたかった
──ドラマ『Dr.コトー診療所』(フジテレビ系)が映画で復活します。ドラマ版から16年後の志木那(しきな)島を舞台に描かれるんですよね。
山田貴敏さん:そうです。あれから16年経って島や島民がどうなっているかが描かれています。詳しい話をしたいんだけど、まだ言えません。そういえば今日(2022年8月4日)新しい動画が公開されたみたいですよ。
──主人公のコトー先生が白髪になっています。ドラマファンにはたまらないティザー動画ですね。穏やかなBGMが懐かしいです。
映画ではタイトルがバーッと出て音楽が流れるんですけどね、それだけで泣けますよ。
──12月16日公開、楽しみです。そもそもなんですが、離島医療を描くという着想はどこから生まれたんですか?
デビューしたときから家族ドラマを描きたいと思っていたんです。人間の絆とか、家族の絆とか。隣のおばちゃんがよその子を叱ったり、そういう昭和っぽい人間関係なりを描きたかった。これをテーマにするなら、隔絶された世界のほうが濃密な人間関係を描けるんじゃないかと思ったんです。
そうなると島っていうのが理想で。東京の人間関係と島の人間関係のギャップなども描ける。都会から島に赴任してきた人の奥さんがノイローゼになっちゃうみたいなことも描けた。どう描けば人間らしさを出せるかを突き詰めたかったんです。
──作品の舞台である志木那島のモデルは鹿児島県の甑島(こしきしま)ですよね。この島を選んだ理由は?
当時、担当編集者にいろんな島に行ってもらったんですよ。そしたら甑島におもしろい先生がいるって話を聞いて。そこにいたのがコトーのモデルになった瀬戸上健二郎先生です。
瀬戸上先生は30代前半で外科部長になるほどのスーパードクターだったんです。自分の病院を建てることになって半年近く時間が空くから、その間に奉公しようってことで離島に行ったらしいんですよ。
一巻で描いている話はほぼ瀬戸上先生の実体験。船の上で盲腸の手術をしたというのは違いますけど、島の人にバッシングを食らったというのはリアルです。
──フィクションとノンフィクションが入り混じった内容なんですね。
おばあさんが腹部大動脈瘤を起こして人工血管に置き換える手術は、島で先生が本当にやったんです。
80歳のおばあさんに全身麻酔をかけること自体かなりリスクがある。手術時間を短くして、出血量も抑えなければいけなかったのが一番緊張したとおっしゃってました。
──現実離れしたすごさですね。
本来なら大学病院で5、6人体制でやる手術です。それを先生と島の看護師さんの2人でやっちゃうんだからすごいですよ。
──手術の様子や専門用語は取材を通して学ぶんですか?
自分で調べることもあったんですけど、いばらきレディースクリニックの茨木保先生に監修してもらっていました。産婦人科の先生なんですけど、脳外科手術だったら茨木先生が脳外科の先生に聞いて監修する。茨木先生がいなかったらDr.コトーは成立しませんでした。
ドMじゃないとおもしろいマンガは描けない
──執筆当時はどれくらいのペースで島に行っていたんですか?
ほとんど行ってないですよ。一回行ったら1週間くらい取材しました。週刊連載ですから、島にいたら描けないじゃないですか。
──マンガはどんな流れで描くんですか?
まず僕と編集で打ち合わせをして、物語の展開を決めます。それからネームを描きます。次にお医者さんと打ち合わせをします。お医者さんから膨大な資料が送られてくるんで、それと医学書を読んで術式を覚えます。
病気や手術を扱う以上、間違ったことは描けないんですよ。僕の中でNGがあるとしたら、僕のマンガを読んで傷つく人が出ること。だから徹底的に調べます。
──もはやお医者さんじゃないですか。
困るのは、半年前くらいから準備を始めるんですけど、その時点では最新の医療だったのが半年後には最新でも何でもなくなっちゃうっていうこと。医学って日進月歩だから。
それにマンガもエンターテイメントですから、すぐに治ってもおもしろくはない。病気をそういうふうに見るのは本当は嫌なんですけど、マンガを読んで「やっぱりコトーはすごいな」とか、「この人死んじゃうんじゃないの……?」って思われる内容にしていかなきゃいけない。そうして自分でハードルを上げて、それを越えてコトーのすごさを出さないとカタルシスを得られないんです。
これでいいやって思った瞬間もうダメですね。もっと追い詰めたらおもしろいぞって思えるか……ドMになれるか。ドMじゃないとおもしろいマンガは描けないですよ。
主要人物を殺してまで伝えたかったこと
──自分を追い詰めながら読者をいい意味で裏切る展開を作る。作品の中で三上先生が亡くなるのもそういう意図なのでしょうか?
あれはね、コトーが神様になってしまったからですよ。三上は離島へ行って、そこで重圧に苦しんだりノイローゼになって、コトーに電話するんですよ。「耐えられません」て。で、コトーは「三上くん、僕だって今でも手が震えるよ。抱えるプレッシャーは今も昔も同じだよ」ってアドバイスをする。
そうして三上と島の人が打ち解ける瞬間が訪れるんです。それは三上が“コトー化”してしまうということ。三上を描いているほうがフレッシュだし、臨場感がある。言ってみれば、『Dr.三上診療所』になってる。それが僕の中でジレンマだったんです。
そうなると、三上とコトーの存在を入れ替えて元に戻さなきゃいけないときがいつか来ると。ここしかないっていう瞬間が、三上が新婚旅行でコトーに会いに行って、そこでデング熱が流行って、しかも子どもができているのに……っていう状況でした。
──三上を幸せの絶頂から突き落とした衝撃といったら……言葉を失いました。
今だから言えるけど、そのネームを書いたときに僕の担当が激怒しちゃって。「思いつきで殺したでしょ。この原稿は受け取らない」って言われたの。その担当は僕が出したネームにNOと言ったことがなかったのに。
「三上が亡くなったことでコトーはオペをするとき『三上くん、僕はこれでよかったんだろうか』って逆に尋ねることになる。ここでようやくコトーはコトーになり変われるんだ」って説得をしました。
16巻の最後に、ヒロインの星野絢香が胸のしこりに気づくんですよ。あのシーンを描いたあと読者から、「星野さんを殺さないで」ってメッセージがいっぱい届いたんです。
三上が死んでいなかったら絶対そんなことはなかった。あのシーンを描いたから、人間の命っていうのは残酷に握り取られてしまうこと、命とは何であるかっていうことが読者に伝わったんじゃないかな。でもねぇ、ヒロインを殺すわけないでしょ(笑)。
離島医師が増えない理由は? 山田さんの見解
──Dr.コトー診療所をきっかけに、離島や僻地医療を志す方もいらっしゃると思うんです。でもまだ医師不足に喘いでいるところが多い。その理由は何だと思いますか?
オールマイティじゃなきゃいけないことがお医者さんにとって負担なんだと思うんですよ。いろんな患者さんがいますよね。目が痛い、頭が痛い、お腹が痛い、どこがかゆい。それを全部知ってなきゃいけない。とくに若いお医者さんにとっては難しいんですよね。
先日、「超聴診器」というものを作っている会社を取材したんです。その聴診器は血圧、心臓の拍動はもちろん、エコーの機能もついているんです。そういうものがあれば医者が行かなくてもいいんじゃないかというのと、最新の医療から離れてしまう不安だと思います。
──拘束時間も通常の医師と比べて長いですよね。
瀬戸上先生も家には赤色灯があって、それが回るとすぐに病院に飛んで行ったらしいんです。だから正月に家にいたためしがない。それだけの肉体労働をする価値があるかどうか。思った以上に過酷なんですよ。
──肉体的にもですが、精神的にも過酷そうです。
離島で研修をさせる医大もあるんですが、実績のあるお医者さんが行ったほうが役に立つじゃない? だからお医者さんの定年を延ばしてあげて、2人ないし3人が交替制で離島の医療を見回るとか、国がお医者さんの再雇用制度を作ればいいんじゃないかな。
自身の病気を語る
──体調を崩して長く休まれていました。その間にマンガと向き合う気持ちの変化、モチベーションの変化はありましたか?
かなりありました。若い頃の無理がたたってか、一つ不具合が出たら次々と……ていうね。
まず眼瞼の腱が切れて目が開けられなくなってしまって、7回くらい手術をしました。もう激痛で、マンガで描かれるような血の涙が流れて、痛みに耐えることで疲労してしまって。
それと、ヘバーデン結節っていう症状が今もあります。手の関節が曲がって激痛が走って、ペンどころか箸も握れないんです。何回も手術を受けていて、今は2ヶ月に1回痛み止めの注射を打っています。
あとは股関節ね。タクシーに乗っていたら事故に遭って、それで前歯が6本折れて脊椎も痛めて、3ヶ月半ぐらい入院しました。身体障害者手帳も持ってるんです。
──そうだったんですか。失礼な言い方ですが、全身ガタガタですね。
ガタガタですよ。目が使えなかったときはストーリーが浮かんだら声で録音しました。そういうときに限っておもしろいものが浮かぶんですよ。でも医学が進歩したり、治療の仕方が変わったりしてほとんどが使えなくなる。あとはやりたいことも変わりますし。
何もしないっていうのは自分では許せなかった。焦りとか焦燥感もありましたね。
あとは「山田は死んでる」だとか「飲み歩いてる」っていう噂が流れたりね。そんな状態でガンガン飲み歩けるわけないし。それで気分的にかなり落ちて、うつ病に近い感じでした。
Dr.コトー診療所の続きを描いてる?
──マンガのストーリーが進むにつれて、介護や福祉というテーマが加わっていきました。それは島の人たちも年を取っていくみたいな、時の流れを表現したのでしょうか。
それも一つあります。
離島って自動車で行けるところが意外と少ないんです。坂も多いし、自力歩行が難しい人は外へ出ることすら難しくなってきてます。地形に合わせた医療や介護も必要ですよね。
坂道の上のようなとこで暮らしてる人には、島の中でも平坦な地域に引っ越して、それこそグループホームみたいなもんを作れば老老介護などもしやすいのかなって。そういう部分も本編に入れていきたいなと思っていて、展開を考えています。
──展開を考えているというのは、マンガの続きを描くということですか?
急に続きを描き始めても多分わからないと思うんですよね。だから次はまったく新しい章から始めて、最終的に前の続きを描こうと思ってます。映画とは違う今の話です。
──というと、新型コロナウイルスのような感染症の話も?
それはお楽しみにということで(笑)。