週刊少年ジャンプ(集英社)1990年42号から1996年27号まで連載された、井上雄彦によるスポーツ漫画『SLAM DUNK(スラムダンク)』。主人公の桜木花道(以下、桜木)は原作のクライマックスである湘北高校対山王工業戦で大ケガを負い、最終話でリハビリをしている様子が描かれます。
編集部はこれまで、桜木のケガについて理学療法士(PT)と作業療法士(OT)、スポーツドクター、整形外科医とともに考察してきました。今回は東京都鍼灸師会会長が紐解きます。
話を聞いた人
髙田 常雄さん(鍼灸師)
1951年、東京都生まれ。1988年に鍼灸学校を卒業し、はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師の国家資格を取得したのち、東京都北区赤羽に「健康ハウス・タカダ」を開業。東京都鍼灸師会会長を務める傍ら、主任ケアマネジャー、介護支援専門員研修指導者なども兼務。趣味は温泉巡りや山歩き。飼っている亀やメダカをぼーっと眺めるのが好き。
「桜木くんは横突起を骨折したんでしょう」

──事前にケガをするシーンを確認していただきましたが、髙田さんはスラムダンクをご存知でしたか?
髙田さん:正直言うと聞いたこともなかったです。若いスタッフたちにこの取材の話をしたら「スラムダンク知らないんですか!?」と言われてしまって(笑)。なので受けることにしたんです。
──そうだったんですか! 初めて読んだスラムダンクはいかがでしたか?
おもしろい物語ですね! まだ2冊(第30巻、第31巻)しか読んでいないんですが、ここまでにきっといろんな過程があるんでしょう? 成長したり試合に勝ってきたり。
むしろ桜木くんの生い立ちに興味が湧きました。お父さんやお母さんはどんな人だったのかな、運動神経が抜群だからスポーツをやらせていたのかな、それか隣の家のお兄さんがスポーツ選手だったのかな、とかね。
バスケを始めたきっかけはわからないんだけど、そんなことを想像したらぜんぶ読んでみたくなりました。
──ぜひ読んでいただきたいです! さっそくですが、桜木が背中を打ちつけるシーンをご覧になって、どのようなケガだと想像しましたか?
ひねりながら倒れてるから、肋骨にヒビが入ったか折れているか、横突起の骨折だと思いました。高く跳んで落ちた衝撃で折れた肋骨が肺などの臓器に刺さっているかもしれません。ただ、その状態で動くのはいくらなんでも難しいです。
作品の中で背中の痛みを「ビキッ」とか「ピキッ」と表現していますよね。いろいろ考えたけど、横突起の骨折だと思います。
脊椎は首に7個、胸に12個、腰に5個の骨があります。桜木くんは背中が痛いと言っているので、胸椎の横突起を骨折したんでしょう。

──胸椎横突起の骨折だったと仮定して、髙田さんならどんな治療をしますか?
この取材があるということで、事前に桜木くんの治療を試したんです。まずは背骨の両脇の横突起をめがけて針を6本刺します。

鍼を刺したらその上部に大きいもぐさをつけて火を点けます。

──鍼を刺して、その鍼を灸で温めるのはなぜですか?
簡単に説明すると、鍼を刺すと血液が集まってきて治りが早くなるんです。同時にお灸で温めることで血管が広がり、血行が良くなります。これによって患部が早く治るという仕組みです。
鍼をした場所には通常の5〜6倍の血液が集まります。血液が集まることで栄養素が運ばれやすくなり、老廃物も排出されます。
鍼は金属なので体にとって異物なんですよね。異物が入ってくると血液が集まって、浄化したり殺菌したりという働きをします。鍼はその現象を応用した治療法です。



これに加えて、僕は分子栄養学を応用します。分子栄養学は細胞レベルの栄養学です。骨を再生させるためには毎日良質なタンパク質を摂取し、コラーゲン組織を作る必要があります。コラーゲン組織はタンパク質とビタミンCで作られているので、摂取すれば早く再生する確率が高くなります。
桜木くんのような若い子はリハビリをしながら正しく栄養を摂る、なおかつ鍼灸のような治療をすることで血流も良くなって治りが早くなりますね。
鍼灸は治療の選択肢のひとつ
──桜木は試合のあと、整形外科に行ったと思うんです。そこから鍼灸院に来るとしたらどんなプロセスを経るのでしょうか。
通常は病院で治療が完結すると思います。手術をしてリハビリをして、比較的良くなるまで入院する。退院してからは病院に通院しながらリハビリをする、それが普通のパターン。
僕の場合は鍼灸歴が長いから、頼ってくれる医師もけっこういます。リハビリの効果が出にくかったりすると先生が僕のところを勧めて、それで来院してくださる患者さんもいらっしゃいます。

ギプスやコルセットなどで固定すると、固定した患部が拘縮(こうしゅく、関節が固まって可動域が狭くなってしまう状態)しやすくなるので、鍼や灸で血流を良くしながら筋肉を緩め、運動することで可動域が広がって治りも早まります。
桜木くんは運動能力があるから将来を期待されていると思います。だからこそ病院では優秀な整形外科医が担当していると思うんです。そういう先生は病院のリハビリだけじゃなくさまざまな方法を考えるでしょうし、その選択肢の中に鍼灸治療があると思いますよ。
“ツボ”の正体とは?
──素朴な疑問なのですが、鍼はどの部分に刺しているんですか?
主には経穴(けいけつ)と呼ばれるツボです。体には経絡(けいらく)というツボをつなぐ道が14本あり、経絡上には360個以上のツボが存在します。簡単に説明すると、経絡は筋肉と筋肉の隙間や骨のキワなどで、ツボは経絡上の凹んでいたり膨らんでいたりする「触ると感覚が違うな〜」というところです。
経穴以外に、特定の効果が決まっている奇穴(きけつ)と呼ばれるツボも多く存在します。例えば手には花粉症の症状が和らぐ奇穴があって、そこに鍼をすると鼻の通りが良くなったり、鼻水が止まったりするんですよ。
2年ぐらい前にNHKの「東洋医学 ホントのチカラ」という番組でツボの効果を検証したんですけど、花粉症に効果のある手のツボに鍼を刺したら、鼻の周りの体温が上がったんです。
──体温が上がって血流が良くなるということですね。
今も昔も、人間の体を治すのに重要なのは血液です。血液が老廃物を排出して栄養を運んでくる。血の巡りのいい人のほうが治るのが早いです。
リハビリを担当するあの人は何者か

──桜木はどれくらいの期間、治療していると思いますか?
通常の人だと3週間ぐらい入院するところ、桜木くんは2週間くらいで回復して、退院後も1週間ごとに患部の様子をみると思います。ある程度動けるようになってきたらストレッチや軽い筋力トレーニングをするでしょうね。
その前に手や足のリハビリは始まっていると思いますよ。仮に手術したとしても、桜木くんは若いからその日か次の日には手足のリハビリを始めるんじゃないかな?
──作品の最後にリハビリを担当する人が登場しますよね。あの人はどんな職種だと思いますか?
なんとなくだけど、僕らと同じ鍼灸師だと思います。しかも荒療治をする人。
──荒療治!?
普通の細い鍼でいいところを太めの鍼を刺すとかね、この業界では荒療治をする治療家もいるんです。
桜木くんのケガの場合、背中に対して垂直に刺し(灸頭鍼治療)、じっくり治していけばいいんだけど、この人は背骨に沿って縦に刺すかもしれない。


──なぜそんなことを?
細い鍼は刺激が弱いのですが、太めの鍼は刺激が強いんです。強い刺激を与えると血液が速く集まって再生する能力がより高くなることがあるんですよ。あの人、優しそうな顔してるけどそんなことを容赦なくやっていたらおもしろいな(笑)。
──髙田さんは荒療治派ですか?
僕はぜんぜん控えめなほう(笑)。
参考
- 井上雄彦『SLAM DUNK』 30巻 集英社,1996年
- 井上雄彦『SLAM DUNK』 31巻 集英社,1996年