プロフィール
山国秀幸(やまくに・ひでゆき)
1967年生まれ、大阪府出身。映画プロデューサー、脚本家。社会課題をテーマにした映画を企画・プロデュースし、全国各地での市民上映会にも取り組む。主な作品に介護職を取り上げた『ケアニン』シリーズ(2017、2020)、在宅医療・介護をテーマにした『ピア〜まちをつなぐもの〜』(2019)などがある。
映画『オレンジ・ランプ』あらすじ
妻・只野真央(貫地谷しほり)と二人の娘と暮らす、39歳のカーディーラーのトップ営業・只野晃一(和田正人)。充実した生活を送っていたが、顧客のことを忘れるなどの異変にみまわれ、病院を受診。「若年性アルツハイマー型認知症」と告げられ、不安と戸惑いの日々が始まる。妻、娘たちとともに、人生を諦めなくていいと再び前を向くまでの、実話に基づいた物語。
まだまだこれから、ゆえの苦悩

──2023年6月公開の映画『オレンジ・ランプ』は、39歳で若年性アルツハイマー認知症を発症した丹野智文さんがモデルとなっています。製作にあたり丹野さんをはじめとする当事者の方々に取材されたそうですね。
山国さん:映画では主人公のモデルである丹野さんはもちろん、僕が会ってきた方々のお話も取り入れ、若年性認知症ご本人と周囲の人々を描いています。
実際にいろんな方にお会いしてきました。ケアをする側として仕事に打ち込んでいた看護師、携帯販売店の営業職、3人のお子さんがいるシングルマザー……。皆さん仕事や家族、趣味など、大事にしてきたもの、これからまだまだ大事にしたいものが多い世代なんです。
──高齢者の認知症は600万人を超えるとみられていますが、64歳以下の若年性認知症者数は約3万6,000人(いずれも2020年推計)。なかなか知られていない、現役世代ならではの苦労はありますか?
やっぱり抱えているものが多いということ。勤めている方がほとんどですし、家族の生活もあります。それらを手放さなければならない恐怖やしんどさがある。この点は、たとえば仕事をリタイアしたあとに認知症と診断されたケースとは違うつらさなんじゃないかと感じます。

──まだ若いのに、これからなのにと打ちひしがれてしまいそうです。
若年性認知症と診断されたことで、うつになるケースも多いそうです。認知症そのものの症状ではなくて、若くして発症したことのショックがそれだけ大きいということかと思います。
本作では「どう乗り越えたか」に焦点を当てたかったのであえて映像にしませんでしたが、認知症と診断されたことで精神的に不安定になってしまい、そのことが原因で失禁してしまったりおむつを使ったりすることもあったとお聞きしたことがあります。
ひとりの大人として尊厳が傷つきますよね。でも、しっかりと乗り越え、あれだけ元気に仕事や講演に取り組んでいる丹野さんのように、認知症ご本人には明るく生きている方が大勢います。「認知症になっても人生終わりじゃない」は本当だったんです。
前向きになれるヒントは、先人が知っている

──作品では「認知症本人の会」に参加したことをきっかけに、心を閉ざし夫婦が互いに追い込まれていた状況から徐々に脱していきます。
実は全国に当事者団体はたくさんあります。つながりができると毎週のようにイベントの情報を目にするくらい、受け皿があるのに知られていない。認知症カフェや家族の会、映画に登場したサーフィンの会も実在の団体です。
そこにいるのはぼんやりと宙を見つめる人ではなく、普通に楽しく集まっている認知症ご本人たちです。認知症というと、どうしても寝たきりの方や行動が不安定な方をイメージすることが多いんじゃないかなと思います。僕自身先入観があったことにハッとしましたし、工夫して前向きに生きるご本人たちにどんどん手を借りる、助けてもらう、そんな経験があるとよいのではと思います。
──不安に覆われてしまいそうだからこそ、一歩踏み出すことが大切ですね。
ご本人たちは口を揃えて「認知症だとカミングアウトしたら世間が優しくなった」と言うんです。一歩踏み出して伝えてみたら「人は優しい」と。
「助けて」と言えるかどうか、それが再び前向きになれるかどうかの分岐点だと思います。
僕も取材で見聞きする前は、「終わりじゃないとは言っても、やっぱり何もできなくなるのだろうな」と懐疑的でした。でも認知症と診断されて5年10年と経っている人たちが、あんなにも元気に過ごしている。受け入れよう、笑っていこう、失敗してもいいように工夫しよう──その生き方こそが「終わりじゃない」ことに気付かされました。
認知症を受け入れるのは、本人だけじゃない

──受け入れる、失敗しても大丈夫な工夫をする。笑って過ごすためには大切だと思いますが、いざその立場になったら簡単にはいかない気もします。
確かに、「受け入れる」には本人の勇気と、周囲の気付きが不可欠です。
認知症だと言ったらどんな反応をされるかという恐怖心や葛藤はあると思います。でも、自分の気持ちを伝えるには本人が勇気を出さなければいけませんよね。もし僕が認知症と診断されたら、しんどくてもすぐに周囲に言ってしまおうと決めています。
──本人が病気を受け入れ、それを伝えるということは、当事者の隣にも「受け入れる」人がいますよね。
そういうことです。認知症と診断されている人は少なくないとはいえ、現実には認知症になっていない人のほうがずっと多い。その人たちがどういうふうに受け入れて変わっていくのか、それも描かなければいけないなと思いました。丹野さんと話すうちに、これは認知症本人ひとりの問題じゃなくて、夫婦や家族の物語なんだと確信したんです。
──本作では、最初は心配するあまり何でもやってあげようとしていた妻・真央が、できることを奪わず一緒に前を向こうと変わる様子が印象的です。
認知症ご本人の方たちは、明るく元気で「普通」に見えても、同時に不安や困難を抱えて生きておられます。それは外からは一見わかりにくくて、本人やパートナーの工夫で乗り越えていることなんです。
認知症でどの程度「困難」を感じるかは、周囲の対応によって大きく違ってくるそうです。大きな声を出したりふらっと外に出てしまったりすることには理由があるし、身体の不調やできること・できないことがわかれば前もって対策することもできる。できることまで制限されてしまうのはストレスですし、助けが必要なときに頼れないのも良くないです。周囲が認知症を知って、工夫の方法を心得ていることも大事なんだと思います。
──これまではただただ「認知症になったらどうすれば……」と漠然とした不安を抱いていましたが、自分や周囲の人が認知症になっても絶望しないでいられるヒントが垣間見えます。
僕もこれまで介護職や医療職といった、「ケアをする側」視点の作品を製作してきて、認知症についてもある程度知っているつもりでいました。そして認知症になったら結局何もできなくなる、とどこかで思っていました。でも、実際はそうじゃなかった。
いまは心の底からこう言えます。「認知症になっても、人生終わりじゃない」。