妊婦時代の私の話
おととしの夏、友人に会うために地下鉄に乗った。妊娠9ヶ月にさしかかり、いよいよお腹が隠せなくなっていた。それまで元気に過ごしてきたが、この日はめずらしく体調がすぐれず「座れますように……」と祈りながら優先席に向かった。
平日の夕方6時ごろで、車内は帰宅する会社員であふれている。優先席に到着したが、ゲームをする人、寝ている人、YouTubeを見る人で席はすでに埋まっていた。
「過去の私が目の前に座っている」と思った。優先席でのゲーム・睡眠・YouTube……私はすべてをやってきた。「譲るべき人がきたら譲るから」と思いながらも、ガンガン優先席に座るタイプだった私は、譲るべき人に気づかないほどスマホに熱中することが多々あった。
マタニティマークをつけていたが、他人に気を遣わせるのが申し訳ない気持ちから「そんなところに誰が気づくんだよ」という、見えにくい場所につけていた。そんなチキンさも相まって、とても席を譲ってもらえる状況ではなかった。
背中に感じる圧
「あ〜神様ってマジでいるんだな……」。うっすら気分が悪い中、そう思った。でも目の前に座っている方はみんな疲れた顔をしていたし、悪意があるようには見えない。逆に私はいま、社会に手厚くケアされている立場だ。過去に優先席に座ってきた罪もあるし、「目の前のみなさんが休めるならいいか!」と考えを改めた。
顔をあげると車窓が目に入る。何気なくその暗がりを見つめていると、すぐ後ろに、般若のような形相でメンチを切っている男性が見えた。

「???」
全く意味がわからなかった。なぜこの人はブチギレているんだろう? めちゃくちゃ怖い……。軽くパニックになりながらも男性を観察すると、どうやら優先席を見ているようだ。
「はっ!」と気がついた。私のマタニティマークを見た男性は、妊婦に気づかず優先席に座っている方々に睨みを利かせていたのだ。その瞬間、笑いが込み上げてきた。こんなにキレる社会人を久しぶりに見たからだ。
ピチッとスーツを着て、高そうなビジネスバッグを持っていたので、とても真面目に働いているのだろう。そんな方が、優先席付近をいろんな顔で威嚇している。目を見開いたり、顎を少し出したり、喧嘩中の犬くらい表情豊かにキレている。
直視したら吹き出してしまいそうで、薄目のまま観察した。
般若、ディフェンスを始める
表情だけでは意味がないと思ったのか、男性は「ン゛ン゛!!!」と大きな咳払いをしはじめた。やばい。めっちゃ気づくように促してくれてる。本当にありがたいが、表情がおもしろすぎて、手を口に当てて深呼吸するのに必死だった。
男性は諦めたのか、「フーッ」と大きく息を吐いた。よかった。その気持ちだけで十分だ。そう胸をなでおろしたのも束の間、腰を落としてバスケのディフェンスのようなポーズをとった。
「???」
マジでわけがわからなかったが、次の瞬間、電車が大きく揺れた。私は大慌てで吊り革につかまった。すると男性は、私が転んだ場合に着地するであろう場所に、腰を落として支えるポーズで入ってきてくれているではないか。
幸い転びはしなかったが、「優先席に座れないならば、この妊婦は自分が守る」といわんばかりの正義感で、3駅の間、転倒しないか目を光らせてくれていた。その優しさに胸がいっぱいになった。
“気付いてもらえた”うれしさ
妊娠前は、あらゆる情報を見すぎて「妊娠したら恐ろしいことがたくさん起こる」と震えていた。でも、この日のような優しさに触れられただけで、妊娠して本当によかったなぁ、とうれしく思えた。妊娠中に助けてくれた同僚や友人、家族の顔が次々と浮かんできた。
目的地につき、私は男性に深く頭をさげて電車を降りた。このころには、気分の悪さが吹き飛んでいた。
私も子どもを産んだら、もう少し周りをみて助けられる人になろう。背中に残った熱々の優しさを感じながらそう決意した。
連載企画『ケアについて、考える。』
医療・看護・介護・育児・地域支援など、多くの分野にまたがっておこなわれる“ケア”。その営みは、単に誰かを助ける行為にとどまらず、自分自身へのまなざしや、他者との関係性そのものを含むものとしても捉えられます。
本連載では、各界の著名な方々に「ケア」について伺い、実体験や想いをつづっていただいています。さまざまな視点を通して、支えることや寄り添うことの意味を改めて考えていきます。