1.調剤事務員に多い悩みと退職理由

薬局の店舗数は年々増加の一途をたどっており、そこで働く調剤事務員の需要も高まっています。しかし薬局の中でも調剤部門という限られた環境で働いていると、さまざまな仕事上の悩みに直面する機会も多いのではないでしょうか。
調剤事務として働く人たちの悩みとして多いもの、また退職にも繋がる理由として多いものには「職場の人間関係が難しい」「医薬品や調剤報酬など覚えることが多い」「労働時間が長い」「給与が安い」などが挙げられます。
このような悩みにどう向き合っていけばいいのか? 今回は実際に調剤事務員として働いてきた2名の方に、仕事で壁にぶつかったとき、どのような選択をしてきたのか。そしてそれが今にどう繋がっているのか、体験談を聞きました。
2.調剤事務員5年目Yさん(27歳男性)の場合
1人目は、調剤事務歴5年目・27歳のYさんです。大学での就職活動中、知人の紹介でなんとなく受けた選考で内定をもらったのは、地元・北海道で複数店舗を展開している保険調剤薬局でした。薬局での仕事のイメージを持たずに働き出したYさんを待っていたのは、どんな日々だったのでしょうか?
1年目|新卒入社直後に経験した、初めての挫折

──新卒で入った調剤薬局で、初めて壁にぶつかったのはいつでしたか?
Yさん:入社直後から3ヶ月目くらいまでがつらかったですね。
薬局や病院の事務に大抵1人はいると言われる“お局”が僕の配属された店舗にもいたんです。20年くらい勤めてるベテランの人なんですけど、「動きが遅い」とかいろいろと小言を言われて。
──いわゆる“お局さま”のいる職場に当たってしまったんですね……。
新卒なので最初は仕事ができなくて当たり前だと思うんですけど、そう言われ続けると「自分って仕事できないタイプなのかな」「このまま仕事やっていけるのかな……」って落ち込みました。
僕自身これまであまり怒られた経験がなくて、メンタルもそんなに強くないので。これが人生初の挫折だったかも。
──新卒で入社早々にそんな言葉をかけられ続けられたら、自信喪失してしまう人は少なくないと思います。誰か味方になってくれる人はいましたか?
同じ調剤事務のパートの先輩は良い人でした。「あの人当たりきついけど、大丈夫?」って気にかけてくれて。その先輩がいなかったら早々と辞めてしまってたかも……(笑)。
あとは一応、怒られて落ち込んで終わりじゃなくて、自分でもできることをしようと思って。調剤事務の資格の本を買って勉強したり、わからないことをネットで調べたりしました。
──ご自身で対策もされたんですね。ちなみに新入社員向けの研修はなかったんですか?
うちの薬局の場合、研修らしい研修はなくて、現場で教わるOJTスタイルでした。
調剤事務って覚えることがたくさんあって。薬の名前をわかってないと使いものにならないので、入社してしばらくは薬品名を覚えることに集中して、慣れてきたら徐々にレセプトとか処方箋入力作業とかを教わっていくんです。
っていう順序は一応あるんですけど、僕は小言を言われないためにも早くレセプトや処方箋も習得しようと思って、自習してた感じですね。
──なるほど。その成果は出ました?
出たと思います。実はそのきつい3ヶ月を終えたら、次の1ヶ月は別店舗への異動があったんですよ。新人にいろいろな店舗を経験させるためなのか、同期たちも1ヶ月おきに複数の店舗を転々としていたので。
それで他店での1ヶ月を終えて元の店舗に戻ってきたら、勉強の成果と慣れもあったのか、前よりも仕事ができるようになってて! それからは怒られたり小言を言われたりすることも減りました。
──それは良かった! 最初の壁を越えたんですね。
「入社早々に辞めたら、たぶんどの職場に行ってもダメだな」「やっていけば慣れるだろ」っていうのは自分でもわかっていたので。3ヶ月はつらかったですけど、ちゃんと続けられて良かったです。
3年目|異動先での新たな問題、“ラスボス”の出現
──それ以降は順調だったんでしょうか?
3年目くらいまではわりと順調でしたね。
僕の会社の場合、新人の育て方は2パターンあって。ひとつの店舗にじっくり腰を据えて働く人もいれば、人手が足りない店舗に短期間のヘルプで入る働き方をする人もいるんです。
僕は後者のタイプだったので異動が多くて、3年目くらいにヘルプで入った店舗が大変でした。
会社内でも「あの店舗、すっごい性格が悪い人がいる」と噂になるくらい有名なベテランがいて……もう、“お局のラスボス”みたいな。

──ら、ラスボス……!
その人と僕の2人きりで事務を回すことになったんですけど、入社1年目の挫折の10倍ぐらいきつかったんですよ……。
最初は「わからないことあったら聞いて」と言ってくれたのに、いざ質問すると「忙しいからあとにしてくれる?」。それで聞けないなりに独断で作業すると、あとから「どうして質問してくれなかったの!」って……そんなことの繰り返しです。
その人からしてみたら、僕は仕事ができないのかもしれないんですけど、些細なことでもものすごく怒られて。常に機嫌が悪いのでひやひやしながら働いてました。
毎日そんな感じなので、2週目くらいにはごはんも喉を通らなくなって……周囲からも心配されるようになったし、さすがにもう辞めようって思いました。
──ストレスで体調にも影響が出るほどだったんですね……。それで退職することに?
それが退職を決意したタイミングで、翌月から元の店舗へ戻ることが決まったんです。実質そのラスボスさんと一緒に働く期間は1ヶ月で済むことになって。
あと1〜2週間だけなら頑張ろうと思って、なんとかやり過ごしました。できるだけ平和に過ごせるよう、その人の機嫌を損ねないようにって。

5年目|より良い条件を求めて、初めての転職
その後しばらく経って再び異動した先の店舗では、調剤事務・薬剤師の隔てなく人間関係に恵まれたと言うYさん。落ち着いた環境にいながらも、入社5年目を迎えた今年、別の調剤薬局に転職することを決めました。
──せっかく人間関係の良い職場になったのに、転職することにしたんですか?
もともと、3〜4年働いたら転職してみようかなって思いが漠然とあったんです。給料も低かったので、この先結婚とかも考えるとずっと今の会社には居られないなって思って。
──では、そこから転職活動を?
転職系のアプリはたくさん入れてたんですけど、実際に転職活動を始めるより前に、また知り合いから声をかけてもらえて。他社の調剤薬局事務を紹介してもらいました。
──同じ調剤薬局に絞って転職したんですね。
いや、まったく違う業界でもいいかなと考えてたんですけど、紹介されたのが薬局だったんですよね。
でも結果的に同業他社で良かったなと思います。多少やり方は違っても同じ調剤事務なので、知識もスキルもある状態からスタートできて、1週間くらいですぐに慣れました。
もしまったく違う業種に挑戦してたら、また最初の数ヶ月で壁にぶつかって自信喪失してたかもしれないですね(笑)。

──紹介ということは、事前にその会社の内情まで聞くこともできたんでしょうか?
職場の雰囲気とか、「ちょっと怖い人がいる」って話まで聞いてました。ただ実際に入ったら、ぜんぜん大したことなくて(笑)。ラスボスを経験して耐性がついてたのかも。
異動についても前職ほど多くないので、しばらくは今の職場で穏やかに働けそうです。
──それは良かった。では最後に、職場の人間関係で苦労してきたYさんの経験から、アドバイスをもらえますか?
僕自身を振り返ってみると、もうちょっと本部の人事など上の人に相談しても良かったのかなと思います。
問題がある人を辞めさせるのはなかなか難しいことだと思いますけど、例えば自分がほかの店舗に優先して異動させてもらうくらいなら、比較的通りやすいと思うので。
店舗によってはすごく働きやすいこともあるし、一緒に働く人がどんな人なのかっていうのは重要ですよね。上に要望を伝える、転職の選択肢を持つなどの自分で環境を選んでいくっていう手段を持っておくと、つらいときでも心強い支えになるんじゃないでしょうか。
3.調剤事務歴5年Cさん(29歳女性)の場合
続いて話を聞いたのは、東海地方の大手ドラッグストアで調剤事務として5年間働いたあと、現在は転職して一般事務の仕事をしているCさんです。調剤事務として社内で一目置かれる存在だったにも関わらず、他業種へ転職した理由とは何だったのでしょうか?
3年目|同僚に相談したら、仕事がもっと楽しくなった

──まず、Cさんが調剤事務の仕事に就いた理由から教えてもらえますか?
Cさん:実はもともと、薬剤師になりたかったんです。でも私の頭じゃ無理だなって思って、大学では管理栄養士の資格を取りました。
周りの子は栄養指導など管理栄養士らしい仕事に就いていきましたけど、私はそこをやりたい気持ちがあんまりなくって。それよりも調剤事務になれば薬剤師の仕事のサポートもできるし、薬局長にもならないから管理職を任されることもないし、これだ! って思ったんですよ。
──調剤薬局の仕事がやりたくて入社したんですね。希望の職場に入ってみて、どうでしたか?
楽しかったですよ! 私、初めての配属先が県内でも一番大変って言われる店舗だったんです。立地的にいろいろな病院の処方箋に対応する店舗で、処方内容やレセプトの入力作業が複雑で難しくて。
だから1年目は覚えるのに必死でしたけど、2年目からは任される仕事も増えてきて。他店にヘルプに行っても「あ、あの店舗から来た人なら大丈夫ね!」って言ってもらえたり。
──2年目にして頼られる存在になったんですね。それまでは仕事を辞めたいと考えることはなかった?
それまではなかったんですけど、3年目になって仕事への慣れからちょっと飽きを感じ始めてしまって……。それを仲良しの事務さんに話したら「じゃあ新しい仕事やってみたら?」って提案してもらったんです。
それまでやっていた受付やレセプト入力作業に加えて、初めて薬のピッキングをやらせてもらえることになりました。
「この薬ってこんな形状してたんだ」「これ何気なく入力してたけど、実は毒薬だったんだ……!」とか発見があったり、薬の入庫にしても「ピッキングする人からしたら、こっちのほうがやりやすいな」ってこれまでもやってた作業の見直しにつながったり。
新しい業務を覚えることで、これまで点と点だったことが線でつながった感じがして、また仕事が楽しくなりました。ピッキング作業って薬剤師っぽいですしね(笑)。
──周囲に相談した結果、状況がいい方向に向かったんですね。
はい、一人で考え込まず、相談してみて良かったです。
……実を言うと、新たな刺激を求めて、仕事終わりに居酒屋とかのバイトを始めようかと考えてたくらいだったので(笑)。
──副業まで考えてたんですか! それなら転職しようとは思わなかった?
それが、転職はまったく頭になくて。また選考を受けるのも大変だし、ほかの職場でやっていける自信もまだなかったんだと思います。
5年目|不本意な異動命令
──3年目でまた仕事が楽しくなってきて、それからは?
それから1〜2年くらいは順調に働いてました。新しく入社してきた新人さんに仕事を教えたり、人が足りない店舗にヘルプに行ったりして。所属エリアには20店舗くらいあったんですけど、たぶんほぼ全店担当したんじゃないかな。
──エリア制覇じゃないですか。Cさんは社内の即戦力だったんですね。
傍から見たら毎日のように担当外の店舗に行って、毎回違うやり方、新しい人間関係の中で働くのは大変だと思われてた気がしますけどね(笑)。

そんなこんなで順調だったんですけど、5年目に異動したことが転機になって。異動先は隣の県で、通勤は車で片道1時間半。開店時間も長くって、朝9時から夜9時までのシフトも入るようなところでした。
──それは体力的にきついですね……!
いや本当に。そうなることは目に見えてたので、この異動の話は以前から何度か打診されてたんですが断り続けてたんです。でも結局、ほかに頼める人がいないからって正式に異動が決まって。
嫌でしたけど、働く以上はしっかりやろうと思って。半年くらいは頑張ったんですけど、徐々にきつくなってきて……。

決定的になったのは、当時の薬局長と合わなかったことですね。ベテランの女性薬剤師なんですけど、気が強くて癖のある人だと以前から話を聞いていて。どうもその薬局長から嫌われてしまったみたいで、時々無視されるようになりました。
──ここにきて人間関係の問題が……。
それまでは、わりとどんな人ともうまくコミュニケーションを取れてたんですけどね。
往復3時間近くかけて出勤して、長時間労働で、そのうえ人間関係も悪くなると、もうその店舗で働くモチベーションがなくなってしまって。楽しく働けないなら、いる意味ないなぁって思ったんです。
──初めて辞めたい気持ちになったんですね。
そうです。それで辞める話を人事に伝えたら、めちゃくちゃ引き止められました。元のエリアに戻すとまで言われたんですけど、逆に腹が立って。さんざん嫌だと伝えたうえでも異動させたのに、いざ辞めると言ったら掌を返すようじゃないですか。
元のエリアに戻ってもまた同じようなことがあるかもしれないし、もういいやってスパッと辞めることにしました。
──3年目では「転職してほかの職場でやっていく自信もなかった」とのことでしたが、今回は違った?
あれから2年くらい経って、「今の私なら、どこに行ってもやっていける」って思えるようになったんですよ。任された仕事内容も人に教える立場でも、自信を持てるくらいには成長したと思えたので、もう大丈夫だなって。
現在|前職でやりきった経験が、転職後の支えに
──それで次の転職先はどんなところへ?
建築系の会社の一般事務です。一応、調剤事務や医療事務の求人も見たんですけど、前職の待遇が結構良かったからそれよりもいいところが見つからなくて。前より条件を下げて転職するのも嫌じゃないですか。
それに、今まではシフト制で忙しく働いてきたので、次は土日休みでプライベートの時間も確保できるところがいいなと思って。今は平日8時〜17時までの固定休で、すごく働きやすいです。
──仕事内容はどうですか?
最初のうちは初めてのデスクワークでなかなか慣れませんでしたね。電話対応などのビジネスマナーも新鮮で。もちろん薬局でもマナーはありましたけど、接する相手はおじいちゃんおばあちゃんが多いし、わりとフランクな接客だったので。
でも、前職で培ったスキル──初めての人とも臆せず接するコミュニケーション力とかは、確実に活きてると思います。

──調剤事務では“人間関係”の悩みが多いと聞きます。たくさんの店舗を経験してきたCさんは、コミュニケーション面でどんなことを心がけてきましたか?
どこで働いても言える基本だと思うんですけど、「挨拶する」「愛想よくする」「初心を忘れない」っていうのを意識してましたね。
例えばヘルプで初めての店舗に行ったとき、まず第一印象が大事なので、スタッフ全員に元気よく挨拶して回ってました。働いてる間も愛想よく元気でいる。それから、郷に入っては郷に従えじゃないですけど、それぞれの店舗でルールは違うので、その場所ごとのやり方を大切にしてました。
まずはそこのスタッフたちのやり方を見て覚える。それでもわからないことがあれば積極的に質問するんですけど、新人みたいに「どうすればいいですか?」って漠然と聞くんじゃなくて「次は◯◯やろうと思ってますがいいですか?」「これって△△の理由でこうしてます?」みたいに、イエス・ノーで答えられる質問にするなど工夫してましたね。
──なるほど、質問の仕方ひとつにしても、業務で工夫できる点はたくさんありそうですね。
あとはやっぱり、思いやりが大事ですよね。私のいた会社だと、調剤事務と薬剤師の不仲が問題になることが多かったんですけど、コミュニケーション不足が原因になることが多いんじゃないかと思っていて。
薬局ってどうしても「事務は事務、薬剤師は薬剤師」って職種ごとに分断されがちなんです。でも何気ない雑談とかで普段からコミュニケーションを取っていると、業務上の相談もしやすくなるし、お互いの仕事の理解もしやすくなります。
私は、薬剤師の仕事をしやすくすることが調剤事務の役割だと思ってます。ただイエスマンになればいいわけじゃなくて、もっと仕事をしやすくなるための提案をどんどんしたらいい。そうしていけば、薬剤師とも信頼関係が築いていけるんじゃないかな。
4.選択肢を広げて、自分の仕事を見つめ直す
今回、調剤事務の仕事で多い悩みは「職場の人間関係」だと口を揃えて答えてくれたYさんとCさん。相手がいる問題だと自分一人では解決できない難しさもありますが、それでもコミュニケーションの取り方を工夫するなど、少しでも状況が良くなるように努めている点が印象に残りました。
仕事を辞めるタイミングもまた慎重に判断すべきです。今回話を聞いた2人とも、一度「辞めたい」と思っても即断はせず、自信を持って次の環境へ行けるタイミングを選んでいました。
キャリアに正解はありません。それでも今後の進路に迷ったら、今回のようにいろいろな人の話を参考にしながら、自分が働くうえで大切にしたいことや目指す方向性を整理してみてはどうでしょうか?