1. リハビリ職で“接遇”が重視される理由
リハビリの効果が患者さんのリハビリに取り組む姿勢(主体性、やる気)に大きく左右されることは想像に難くありませんが、患者さんのやる気を引き出すには、知識や技術の前に信頼関係を築かなくてはなりません。そしてその信頼関係の土台となるのが“接遇”です。
“接遇”には「相手をもてなす」という意味が含まれますが、リハビリの現場で求められる“接遇”とサービス業で求められる“接遇”は少し異なります。
ホテルやレストランなどを利用するお客さんは「特別な時間を過ごしたい」「美味しい料理を楽しみたい」といったポジティブな期待に胸を膨らませています。そしてその希望は大抵の場合叶えられます。
しかし、患者さんは「リハビリを頑張れば機能が回復するかもしれない」という期待と「リハビリをおこなってもどこまで回復するかわからない」「期待した効果が得られなかったときにまた落ち込むのが怖い」という不安の狭間で常に揺れ動いています。
リハビリ職に求められる“接遇力”とは、このような患者さんの気持ち──自らの身体が思うままにならないもどかしさや将来に対する不安──に寄り添い、目標に向かって伴走するためのスキルなのです。
2. 患者さんから信頼される言葉づかいや伝え方のポイント
身だしなみ、あいさつ、表情、態度、言葉づかいの5つを“接遇の5原則”と呼びます。

“接遇の5原則”について詳しくはこちらの記事で解説していますので、ここではリハビリを進めるうえで重要であると同時に、新人が最もつまづきやすい言葉づかいや伝え方のポイントについて解説します。
・敬語の基本 ─丁寧語、尊敬語、謙譲語─
くだけた表現は本人が親しみを込めて使ったつもりでも、相手は「ないがしろにされた」とショックを受けるかもしれません。患者さんは「自分の身体は元どおりにならないのでは」「障がいがあるからなにもできないのでは」「周囲に迷惑をかけるのでは」と心に多くの葛藤を抱えています。患者さんの置かれている状況を慮り、敬意が伝わるような言葉づかいを心がけてください。
1. 尊敬語
尊敬語は相手の動作を高めることで、その人に対する敬意を表す言葉です。
基本 | 尊敬語 | 例 |
---|---|---|
いる | いらっしゃる | そちらにいらっしゃるのが◯◯さんです |
行く | いらっしゃる | ◯◯にいらっしゃったことがあるんですね |
来る | いらっしゃる お見えになる |
◯◯さんがいらっしゃいました ◯◯さんがお見えになりました |
する | される なさる |
どうされましたか? どうなさいましたか? |
知る | ご存じ | ご存じでしたか? |
見る | ご覧になる | ご覧になったことはありますか? |
聞く | お尋ねになる | 以前お尋ねになった件ですね |
言う | おっしゃる | 以前おっしゃっていた件ですね |
食べる | 召し上がる | 朝ごはんは何を召し上がりましたか? |
2. 謙譲語
謙譲語は自分の動作をへりくだることで相手を高め、その人への敬意を表す言葉です。
基本 | 謙譲語 | 例 |
---|---|---|
いる | おる | 総合受付におります |
行く | 伺う 参る |
すぐに伺います すぐに参ります |
来る | 伺う 参る |
こちらには以前◯◯と伺いました こちらには以前◯◯と参りました |
する | いたす | こちらからご連絡いたします |
知る | 存じる 存じ上げる |
◯◯については存じませんでした ◯◯さんのことはよく存じ上げております |
見る | 拝見する | お手紙を拝見しました |
聞く | 伺う 承る |
ご用件を伺います ご用件を承ります |
言う | 申す | ◯◯さんを担当する、山田と申します |
食べる | いただく | いただきます |
3. 丁寧語
丁寧語は上品な言葉づかいで相手への敬意を表す言葉です。尊敬語や謙譲語が難しいと感じたら、まずは丁寧語を使えるようにするところから始めましょう。
基本 | 丁寧語 | 例 |
---|---|---|
〜だ | 〜です、〜ます | ◯◯さんを担当する、山田です ◯◯さんを担当する、山田といいます |
わかりました | 承知しました かしこまりました |
─ |
ごめんなさい | 申し訳ありません 失礼しました |
─ |
どう | いかが | ご気分はいかがですか? |
誰 | どなた | どなたにご面会でしょうか? |
ちょっと | 少々 | 少々お待ちいただけますか? |
あとで | のちほど | のちほど承ります |
じゃあ | それでは | それでは、こちらにご記入いただけますか? |
tips|“二重敬語”と“身内に対する敬語”に注意
敬語を使うときに間違えやすいのが“二重敬語”と“身内に対する敬語”です。
「お見えになられました*」「拝見させていただきます*」など、同じ種類の敬語を重複して使用することを二重敬語と言います。「お召し上がりください」「お伺いします」など、社会的に容認されている一部の例を除き、一般的に適切ではないとされています。丁寧に話そうとするあまり二重敬語を多用すると、慇懃無礼(丁寧すぎてかえって無礼なさま、心がこもっていないさま)な印象を与える恐れがあるため注意しましょう。
*それぞれ正しくは「お見えになりました」「拝見します」となります。
また、患者さんをはじめとした外部の方と話すとき、身内に対して(たとえそれが医師や上司など自分よりの目上の立場の人であっても)敬語は使いません。外部の方に対しては「◯◯先生はもうすぐいらっしゃいます」ではなく「◯◯先生はもうすぐ来ます/参ります」、「◯◯主任が〜〜とおっしゃっていました」ではなく「主任の◯◯が〜〜と言っていました/申していました」と丁寧語や謙譲語を使いましょう。
なお、「◯◯先生」と敬称をつけて名前を呼ぶことは先生に対する敬語(尊敬語)に当たるため、患者さんに対しては「医師の◯◯」「主治医の◯◯」と呼ぶのが敬語としては正しいことになります。しかし、医療の現場では相手を問わず「◯◯先生」と呼ぶことが一般的ですので、むしろ医師に対して敬称を使わないことに違和感を覚える患者さんも多いのではないでしょうか。この場合、患者さんに対して「◯◯先生」という呼称を用いることは必ずしも失礼には当たらないと考えられます。
このように“正解”にこだわらず、状況に合わせて対応を柔軟に変えることも“接遇”において大切なポイントです。
・否定で終わらず、代替案を示す
患者さんやその家族からの質問に「わかりません」や「できません」などの否定形で答えると、相手は拒絶されたように感じてしまいます。相手の要求や希望に応えられないときは、否定で終わらず代替案を示すようにしましょう。
要求を否定されると「相談したいことがあるけれど◯◯さんには話しづらい……」と患者さんが萎縮してしまうケースもあります。患者さんの本音は本人から打ち明けられて初めてわかるというケースも珍しくありません。「◯◯さんなら自分の気持ちを受け止めてくれる(否定されない)」と認識してもらえるよう、普段のやりとりにも配慮しましょう。

・ネガティブな表現は、ポジティブな表現に言い換える
無意識のうちにネガティブな表現を投げかけていませんか? 伝え方ひとつで受け取る印象やモチベーションが大きく変わりますので、 ネガティブな表現はポジティブな表現に言い換えましょう。
例えば「あと5分しかない」と「まだ5分ある」では、同じことを言っているにも関わらず、印象が大きく異なります。アドバイスするときも「そのやり方はいけません」と否定されると反発を感じやすいのに対し、「こうすればうまくいきますよ」と提案されると聞き入れやすくなると感じませんか?

・あいまいな表現は避け、具体的に伝える
「あと少し」「〜のあたり」「こちら」といったあいまいな表現は行き違いの原因となってしまうため、具体的に伝えましょう。
わからないことを聞き返すことは相手にとって負担になりますし、ひいては「言うことがいい加減」「意思疎通が大変」という印象を与えかねません。

3. 患者さんのモチベーションを上げるポイント
患者さんのモチベーションを上げるには、本人の心理と意向を尊重することが重要です。
・つらさを理解する
患者さんが弱音を吐いても否定せず「そのように感じていらっしゃるんですね」と受け止め、まずは患者さんの話に耳を傾けましょう。
リハビリテーションの対象となるのは主に、加齢や事故、病気によって身体機能や能力が低下したり、損なわれたりした方です。患者さんは以前はできていたことが、徐々に、あるいは急にできなくなったことで自信を喪失しています。
とくに脳卒中や脳外傷が原因の場合、発症直後は的確な判断が難しいため落ち着いているように見えますが、徐々に自分が負った障がいの程度を認識できるようになると、深刻なうつ状態に陥りやすい傾向にあります。
またリハビリの結果、杖や装具を使って歩けるようになっても、以前と同じように歩けるわけではないため「歩いていることにならない」と自己評価も低くなりがちです。
このような心理状態の患者さんに対して、「意欲がない」と決めつけたり、「リハビリをしなければ自宅に戻れませんよ」と脅したりすることは逆効果です。
・具体的な動機付けをする
患者さんに主体的にリハビリに取り組んでもらうには、単純に「歩けるようになる」という目標を与えるのではなく、「歩けるようになって何をしたいのか」という具体的な動機付けをおこなうことが重要です。
具体的な動機付けの例
- 歩けるようになりたい → 妻と近所の居酒屋まで歩いて行けるようになりたい
- 箸が使えるようになりたい → 友人と食事に行きたい
- 包丁が使えるようになりたい → 家族に料理を作ってあげたい
元の習慣を再現したり役割を果たしたりすることは、患者さんの尊厳の回復につながります。
具体的な動機付けをおこなうには、患者さんがどのような仕事をしていたのか、家庭内ではどのような役割を果たしていたのか、趣味や性格、ストレスに対する対処法など、患者さんにまつわる情報収集が不可欠です。
この記事でご紹介した言葉づかいや伝え方のポイントも参考に、患者さんが安心して話せる関係性を築きましょう。
・小さな成功体験を積む
「大きな目標を掲げてすぐに挫折してしまった」という経験は誰しもあるのではないでしょうか? リハビリに限ったことではありませんが、大きな目標を達成するには、そこに至るまでの小さな目標を設定するのがポイントです。
小さな成功体験が自信につながり「次はこうしよう」という主体性につながっていきます。それを繰り返すことがやがて大きな目標達成につながるのです。
医療従事者の発言は患者さんに対する影響力が良くも悪くも大きいものです。目標を達成するまで、ささいなことであっても励ましや声かけを忘れないようにしましょう。
tips|患者さんが“現実味のない目標”を口にしたら
もし患者さんが「100%元どおりの状態」といった願望に近い目標を口にしたときにはどう対応すればいいのでしょうか?
患者さんが医学的に可能性の低い目標を掲げた場合、自分の症状を理解できていない可能性があります。認知機能に問題がなくても説明を受けたときの心理状態によっては部分的にしか理解していないこともありますので、主治医の協力を得ながら繰り返し説明する必要があります。
患者さんがどのような見通しを持っているのか把握せず、説明を怠ると、願望が実現できないと患者さん自身で気がついたときに「騙されたのではないか」とますます落ち込んでしまいます。現実を理解し、受け入れるまでには時間がかかることもありますので、焦らず根気強く支援してください。
4. リハビリを支える医療従事者にも根気強さが必要
リハビリには患者さんの主体性が重要です。しかし、40年近くリハビリに携わってきた医師の長谷川幹さんによると、脳卒中や脳外傷などで重篤な障がいを負った患者さんが自信を取り戻し、主体性を形成できるようになるまでに概ね3年〜5年を要すると言います(長谷川幹『リハビリ 生きる力を引き出す』岩波新書より)。
患者さんを支える医療従事者にも根気強さが必要なのです。焦って結果を求めると、患者さんも自分もモチベーションが低下し悪循環に陥ってしまいます。長期的に支援していくことを前提に「今患者さんがどのような状態か」「どのような支援が必要か」考えるようにしましょう。
参考
- 長谷川 幹『リハビリ 生きる力を引き出す』岩波新書、2019年
- 齋藤 祐樹『12人のクライエントが教えてくれる作業療法をするうえで大切なこと』三輪書店、2019年