週刊少年ジャンプ(集英社)1990年42号から1996年27号まで連載された、井上雄彦によるスポーツ漫画『SLAM DUNK(スラムダンク)』。主人公の桜木花道(以下、桜木)は原作のクライマックスである湘北高校対山王工業戦で大ケガを負い、最終話でリハビリをしている様子が描かれます。
桜木のケガの内容について、これまで理学療法士(PT)と作業療法士(OT)、スポーツドクターとともに考察してきました。今回はプロスポーツの現場で活躍する整形外科医に深堀りしていただきます。
話を聞いた人
後藤 匡志さん(整形外科医)
スポーツ整形外科を専門とし、小中学生からプロスポーツ選手の診察・治療・リハビリに関わる。現在は静岡県三島市にある三島中央病院に勤務する傍ら、ホンダのラグビー部・三重ホンダヒートのチームドクターやジュニアバスケットボールチームの医療マネジメントに従事している。
骨折から内臓損傷まで考えられる
──この企画はスラムダンク・桜木花道のケガやリハビリについて専門職に考察いただき、さまざまな視点から読み解く企画です。
後藤さん:おもしろい視点ですね。でも実はね、大学くらいで週刊少年ジャンプを卒業したんですよ。なので登場人物は知っているのですが、この結末は今回初めて知りました。
──(なにっ……!)
僕は背が高くないので、バスケよりもサッカーとかスキーに興味があったんです。でも、滋賀レイクスターズというプロバスケチームに立ち上げから携わったことがあって、チームドクターとして選手たちのリハビリにも関わっていました。
なので、もしも僕がこの試合の現場にいたならという前提で話しますね。
──さっそくですが、桜木が試合中に転倒して背中を打ちつけます。転び方やその後の痛がり方を見るとどんなケガをしたと考えられますか?
状況としてはジャンプをして右手でボールセーブし、右の腰背部から机に激突。そのまま机とともにフロアへ転落しています。まず考えられるのは右肋骨骨折ですね。肋骨であれば1本ぐらいの骨折ならなんとかプレーできるでしょう。
ただ、折れた本数によっては血胸(肺の中に血がたまる)や気胸(肺が破れて空気が漏れる)の危険性があります。これらは直後に症状が出ず、じわじわと現れてくるので現場では判断できません。
大きい体でジャンプをして叩きつけられているので、脊柱(背骨)の問題として剥離骨折や圧迫骨折も考えられます。体をひねって靭帯に引っ張られることで折れることもありますし、圧がかかればつぶれます。
ほかに挙げられるのは肺挫傷という肺がつぶれる症状です。これは以前バスケの現場で経験したことがあります。2メートルを超える外国人選手の膝が日本人選手の胸に当たって、それで肺がつぶれてしまったんです。
──骨が折れて肺がつぶれたんですか?
肋骨は柔らかいんですよ。だから骨は折れずに中だけがつぶれることもあるんです。頭の場合、頭蓋骨が割れなくても脳挫傷が起こることもあるんですよ。ただ、肺挫傷は胸部痛・血痰、ひどければ呼吸困難を引き起こしたりもするのでマンガを読む限り多分ないかな。
より重症な問題として腎損傷や肝損傷の可能性も頭に入れておかないといけないですね。右側を打っているので肝損傷の可能性があります。これは血液検査をすればだいたいわかりますし、腎損傷であれば一定時間後に血尿という形で現れます。
物語では試合直後は描かれていませんが、おそらく救急病院に行ってCTと血液検査をしているでしょう。
ケガの真相は“筋肉の中の骨”の骨折?
さまざまな可能性を考慮しましたが、転落やねじれの状況と痛がりながらも動けていることを考えると、腰椎横突起骨折の可能性が一番あり得ると思います。
横突起には多くの筋肉が付着していて、体を曲げたりねじったりして引っ張られると折れることがあります。交通事故のような大きな衝撃を受けるとなりやすい骨折です。
横突起に付いている筋肉は背骨を支えているので、折れた状態で動くとかなり痛いんです。横突起骨折の場合はある程度動ける人でも1ヶ月くらい痛みが取れないので、桜木も入院したと思います。
──桜木は入院をしながらリハビリをしているという見解ですね。ところで、桜木はケガのあとも試合に出場しています。横突起が折れても運動できるものですか?
筋肉の中で折れているだけなので多少は動けるのと、試合中でアドレナリンが出ていたのでしょう。とくに桜木は痛みに強いのかもしれませんね。
もし僕がベンチにいたら、病状を特定するために患部を触りながらどう動かすと痛みが出るのかをしっかりと聞きます。それで続けられないと判断したらすぐに下げます。
桜木は「栄光時代は今だ」と言っていますが、未来ある高校生に無理をさせないというのは世界共通の考え方だと思います。
桜木がおこなうリハビリとは
──仮に腰椎横突起骨折であった場合、まずどんな治療をするのでしょうか?
保存療法(コルセットでの固定)ですね。横突起は折れてもくっつかず、瘢痕(はんこん、傷跡のこと)で固まって痛みが減ることで動けるようになります。
──痛みが和らぐのを待ってから体を動かすんですね。
まずは柔軟性の獲得を最優先しますね。運動器(身体運動に関わる骨、筋肉、関節、神経などの総称)が壊れるとその組織が硬くなるんです。
柔軟性がない状態で動かすと代償運動をしてしまい、また別のケガをする原因になります。
──代償運動とは?
かばってしまう動きのことです。例えば右の腰が痛いと左の腰で動きをかばってしまい、今度は左側を壊してしまいます。運動器を壊したら、まずは体を十分に前後屈・ひねる・側屈ができるといった可動域の再獲得をしたうえで運動プログラムを設定します。
トレーナーが組んだメニューがあったとしたらそれを事前に見せてもらって、できる練習とできない練習を話し合います。「この動きはまだやめてくれ」「この練習はこの動作ができるようになってから」みたいな話ですね。
僕はすぐに達成できそうな目標を決めて、それができたら次の目標、次の目標と細かい目標設定をあらかじめ提示します。初めから復帰をゴールにしてしまうと、道のりが果てしなく遠いじゃないですか。手の届く目標を設定することで選手たちも「これならすぐにできそうだ」と頑張れるんですよ。
──ひねる・伸ばす動作ができるようになったら、次は筋トレですか?
体幹を支えなければいけないので、早い段階で腹圧を高める訓練をします。これは寝ながらでも、コルセットをしながらでもできますね。
──腹圧?
腹腔(お腹の中の空間)内部にかかる圧力のことを腹圧といいます。体幹の全周の4分の3は腹筋群なので、腹圧をしっかりとかけることができればギプスの代わりになるんです。
このトレーニングはドローインともいわれますし、ひと昔前にロングブレスとしてはやったこともあります。
腰の負担を減らすために腹圧を高めて体幹を安定させ、早く動けるようにしてあげる。そしたら次は歩く、しゃがむといった動作の訓練に移行できます。
それから体幹を動かさずに肩甲骨のみを動かしたり、股関節のみを動かせる体づくりをしていきますね。
何事においてもキーポイントは腹圧だと思います。
──治療やリハビリを経て、バスケットボールを持ってプレーするにはどれくらいの期間が必要ですか?
うーん……チームから聞かれたら3ヶ月は欲しいって言うかな。まず歩けないといけないし、しゃがむ動作もできなければいけません。しゃがむことができれば基礎的な練習を再開できますよね、自重でスクワットもできます。
「筋力が戻らなくても現場でできることはある」
スポーツ選手のリハビリに関わる方に言いたいんですけど、筋力の回復にこだわる必要はないんです。
──どういうことですか?
例えばバスケ選手がいたとして、ケガをする前は100キロのバーベルスクワットができたけど、今は腰が痛いから50キロしか持ち上げられないとします。
トレーナー業界では「まず最大筋力の8割まで戻しましょう」と言われるんですが、バスケのどこで80キロのバーベルを持ち上げる力を使うんですかと。その回復を目指すとものすごく時間がかかるし、それでなかなか現場に戻れない選手がいるのも事実です。もちろん筋力が重要な競技や動きがあることは否定しませんが、筋力が戻らなくても現場でできることはたくさんあるんです。
──筋力が完全に戻らなくても、実践的な動きができれば現場復帰させてもよいのではないかと。
リハビリをより安全におこなうために僕たちがいる。まず腹圧がちゃんと入ってるかとか、踵を軸として股関節の動きでピボットが踏めているとかのほうが大事。
それに右膝をケガしたら左脚をトレーニングして強化しろとよく言われるんです。そういうことをするから、いつまでたっても右が使えない体になっちゃうんですよ。
──片脚ばかりが強くなってバランスが悪くなるということですか?
そういうこと。でもそれが今の常識なんです。スポーツ選手にとっては良いことではないですよね。
だから僕はあえて左脚には手を出さず、時期が来たら両脚を一緒に育てます。その間に体幹のトレーニングをみっちりやるとか、弱点を補うことに集中できるんです。
リハビリを担当するあの人は何者?
──ところで、最終回でリハビリを担当する女性が出てきますよね。この方の職種は何だと思いますか?
うーん……白衣っぽいのを着ていますよね。「今日はちょっときついわよ」ってトレーニングのことを言ってると思うんですけど、このダボダボとした服装がトレーナーには見えないんですよね。
あくまで推測ですが、痛みがある選手を責任持ってトレーニングできる職種というのと、「このリハビリをやり遂げたら」と描かれていることから理学療法士だと思います。
「今日はちょっときついわよ」と言っているから追い込む系の人なんでしょうね。
──服装から鍼灸師じゃないかという説もあります。
舞台は湘南ですよね。自分が医者になった25年前には湘南にはすでに有名なスポーツの病院があったし、それなりに医療体制が整っていたと思うんですよ。あくまで推測ですが、この時代に町の鍼灸師の方にリハビリを任せることはおそらくなかったのではないかと思います。
- 井上雄彦『SLAM DUNK』 30巻 集英社,1996年
- 井上雄彦『SLAM DUNK』 31巻 集英社,1996年
取材協力:三島中央病院