ミスターちん
1963年大阪府枚方市出身。1986年にヒロミ、デビット伊東とともにコントグループ「B21スペシャル」でデビューし、俳優やリポーターとして活躍。2011年に鍼灸の専門学校(夜間部)に入学し、2014年にはり・きゅう国家資格を取得。2018年にはり・きゅう治療院「ぶんのいち 経堂」を開業し、週5日鍼灸師として治療現場に立つ。2023年7月放送開始のテレビ東京ドラマ25『晩酌の流儀2』にレギュラー出演中。
不安と好奇心で鍼灸の世界へ飛び込んだ
──芸歴30年、48歳で専門学校へ入学されています。鍼灸を選んだきっかけは何だったのでしょう?
ちんさん:芸能界って不安定じゃないですか。2011年当時、芸能の仕事もいただいてましたが、子どもを二人育てていくには不安もあった。芸能以外で自分の柱となるものが必要だな、と思ったんですよ。
ちょうどその頃知人の医師から「鍼灸師の資格取るってどう?」って勧められたんです。鍼灸師をしている芸能人って聞いたことがなかったし、「なんかおもしろそうだぞ」という気持ちが高まってすぐに専門学校に願書を出しに行きました。
実は鍼灸の治療を受けたこともなかったので、まさか自分が治療院の院長になるなんて想像していなかったですけどね。
学ぶのは何歳だって楽しい
──専門学校に入学し、学生としての生活も始まりました。
学生生活はもう楽しさしかなかったですね。夜間クラスだからか、主婦や定年退職した人、高校卒業したての人などクラスにもいろんな人がいて。1クラス30人くらいでほぼ毎日会うなんて、大人になって滅多にない機会ですよね。課題も出るので、学校が終わって帰宅後にお風呂で勉強して、寝るまでの2時間も勉強して……人生初の寝落ちも経験しました。
最初は小テストでもすごく緊張してしまったのですが、大人になって試験を受けるなんて刺激的でしたし、勉強が楽しくてぜんぜん苦ではなかったです。2年生のときには、年に数人合格するかしないかの特待生試験に受かり、授業料を半額免除してもらえました。専門学校の学費は高いので勉強したかいがありました。
──ハードさより楽しさが勝っていたのですね。国家試験に向けて受験勉強をし始めたのはいつからですか?
3年生になってからですね。勉強はコツコツと続けていたのですが、その頃から海外ロケが入るようになってね。1週間学校に行けないなんてことも数回あり、国家試験の受験に必要な履修単位を満たしていないことがわかったんです。
──なんと! せっかく勉強に励んでいたのに……。どのようにして無事国家試験が受けられたのでしょう?
それまで真面目に授業も受けていたので、補習をしてもらえることになったんです。毎日何コマか補習を受けてから授業に行っていました。ちゃんと勉強してきたことが評価されて、受験を応援してもらえたことが本当にありがたかったです。
鍼灸と芸能、二足のわらじを履ける理由
──国家試験の合格から開業までの4年間、どのように過ごしていましたか?
二足のわらじを履くための模索期間、とでも言いましょうか。専門学校を卒業した頃は芸能の仕事も結構いただくようになっていた時期で、仕事のバランスに悩んでいました。鍼灸師としてどこかに勤めたほうがいいのか、起業したほうがいいのか、何をどう始めればよいのか本当にわからなかったんです。
そんなとき、専門学校の先生が「芸能の仕事を続けながらうちで働いてみない?」と声をかけてくれて、まずは千葉県の南流山にある鍼灸院で、治療の現場に立たせてもらいました。
芸能の仕事を辞めずに現場で学べたことは大きな経験でしたね。師事した先生と同じ婦人科系疾患や不妊の治療を習得できて、自身の強みにもなりましたし。
──現場で技術を身につけ、いよいよ開業へ。どのような経緯で治療院を始めたのでしょうか?
4年ほど鍼灸院で働いた頃、専門学校の同級生が「開業を考えているから、一緒にやらないか?」と相談を持ちかけてくれたんです。鍼灸院で経験も積んだしやってみるか! と思い、治療院の名前決めから治療メニューの考案などすべて自分たちだけで準備を進めました。二人だと心もとないのであと一人誘おうということになり、これまた同じ専門学校で学んだもうひとりの仲間に声をかけて、2018年に三人で始めることになりました。
──院長として治療や経営をするとなると、また見える景色が大きく変わりそうですね。
本当にそうですね。それまでは技術を向上させることに集中していましたが、開業となるとそこへ経営やマーケティングなど別の悩みも出てきます。
最近は、経営を学ぶセミナーにも参加するようになりました。鍼灸師って開業する人も多いですが、経営のことって学校では学べないので、若いうちにもっと勉強しておけばよかったなとちょっと後悔しています。
よく芸能人が飲食店を出したりするけれど、「実際は現場にいないんじゃないの?」って思われることも多いですよね。僕は院長と名乗るからにはそれは絶対に嫌で、治療も自分でやると決めて、週に5日治療の場に立っています。
──毎日の治療と、芸能の仕事とはどのように両立しているのでしょうか?
何よりも周囲の理解のおかげですね。自分が鍼灸師をやっているということは事務所やプロデューサーなどにも伝えていて、それに合わせてスケジュールを調整してもらっています。
反対に、患者さんに予定の相談をさせてもらうこともあります。どうにも都合がつかなくて直接患者さんに電話して事情を話すと、皆さん「頑張ってくださいね」と温かい言葉をかけてくださるのが本当にありがたくて。
──現在まで両立させてこられているのは、ちんさんの人柄もあるように感じます。
本当に周囲の理解と縁があったからこそ、いまの自分がいると思っています。専門学校も申し込むのがあと1日遅れていたら入れなかったんです。あの年にあのメンバーと一緒に学べたからこそ、治療院を持つことができて5年も続けられている。本当に不思議な縁だし、恵まれているなと思っています。
芸能の仕事を辞めることなく、二足のわらじが履けているのは助けてくれる周りの人と理解があってこそなので、感謝しています。
鍼灸の伸び代はまだまだある
──治療をしていてどのようなときにやりがいを感じますか?
患者さんの痛みが取れたり、笑顔になってくれたときはうれしいですし鍼灸師冥利につきますね。患者さんは主婦の方とか同じ商店街の方が多く、地元のつながりが大きいんです。美容を全面に出しているような鍼灸院でもないし、派手さもないかもしれないけれど、地元の人の駆け込み寺のような場であり続けたいですね。
──鍼灸師の数は右肩上がりに増えていて、コリや痛みの解消以外にも美容や婦人科系疾患など治療範囲も幅広いですよね。今後、鍼灸業界でどのような活躍をされたいですか?
鍼灸の治療を受けたことがある人ってまだ3割くらいしかいないんですよね。7割もの人がまだ鍼灸を知らないということは、まだまだ伸び代があります。
なぜか痛みが取れたとかヘルニアが良くなったとか、鍼灸ってメカニズムが解明されていない部分もあるんです。西洋医学で治らなかった症状が改善することもあるので、東西どちらが良い悪いではなく、患者さんに合った治療方法を探ってほしい。鍼灸師として、その魅力をもっと伝えていきたいなと思っています。