もむ、さする、伸ばすという治療法に加え、ハンマーと木板を使って骨を「コンコン」とたたく手法があります。一野式グループが実践する「一野式筋肉骨調整法」です。
グループを運営する株式会社HRDは中国地方と首都圏を中心に21店舗を展開。2022年には海外事業もスタートさせました。
この好調の背後には、経営者である一野恭範社長のリーダーシップと徹底した人材育成があります。一野社長にこれまでの歩みや経営哲学について伺いました。
話を聞いた人
一野 恭範さん(34)
株式会社HRD代表取締役社長。ハンマーと木板を用いた施術療法「一野式筋肉骨調整法」をおこなう治療院を運営。企業経営で蓄積したマーケティングノウハウや人材教育システムを活かし、2030年までに2,000店舗を目指す。現在は海外展開を視野に入れ、ベトナムでの出店に向けて尽力する。
体を治し、心を治す一野式

──一野式筋肉骨調整法(以下、一野式)は症状に対しどのようにアプローチする治療法なのでしょうか。
一野社長:ハンマーと当て木を使って体をやさしくたたき、骨にアプローチをする技術です。道具を使って骨を正しい位置に戻すことにより、筋肉の過緊張や血行障がい、神経の圧迫などを改善する治療法です。肩、腰、膝などの痛みはもちろん、内科や精神科などにまつわる病の根源は骨の変形にあるとの考えのもと治療をしています。
先代である父が35年前に一野式を開発し、病がどの骨を変形させるのかというデータを蓄積してきました。10年前に私が会社を継承してからは患者さまの治療だけでなく、技術セミナーの開催や人材育成、採用活動にも注力してきました。
──先代から継承した一野式の技術を進化させたポイントはありますか?
一野式を再現できる治療家を増やすため、ノウハウを体系化したことです。そこで重要になるのが伝え方です。私は父から技術指導を受けたのですが、「この骨をたたくとこっちの骨が膨らむんだ、わかるだろう?」といった感覚的な説明に少し苦労しました。
一野式をより広めるには、シンプルで理解しやすいものにしなければならないと考え、病と骨の関係、たたくポイントや影響する場所をすべて言語化したのです。そうすることで誰にでも再現できる技術になり、治療家を増やすことに成功しました。
こういった技術と一緒に、「一野式は心を治す」という精神も伝えています。
──心を治す……その心は?
患者さまの痛みを取ることで気持ちをラクにし、行動を変えるきっかけを与えることが私たちの目的です。
体に不調を抱える方は、多くの場合、心の健康も同様に影響を受けています。心が健康でなければ、正しい体の使い方や姿勢を維持することが難しくなり、食生活の乱れにもつながります。このような状態で治療をしても再発するリスクが高いのです。
とはいえ初めから患者さまに「心の持ちようが大切なんですよ」と話しても伝わりませんよね。なのでまずは治療で瞬間的に痛みを軽減してあげます。すると患者さまは「え、痛みが取れた!」と驚きます。そうしてから、体が良くなる以上に大事なのは、心の持ちようであったり、自分自身への向き合い方なんですよとお話します。
「人材育成」という社名の由来

──会社名の株式会社HRDはHuman Resources Development(ヒューマン・リソース・ディベロップメント)の頭文字を取ったものです。これは人材育成という意味ですが、なぜこの社名にしたのでしょう?
当初は社名を株式会社REBORN(リボーン)としました。曲がった骨をたたいて真っすぐに戻し、患者さまに新たな人生を提供するという思いから来ています。
運営するうちに治療家が増え、少しずつ会社の規模も大きくなりました。そこまではよかったのですが、数年もすると転職や独立で去っていく人も出てきまして。治療家から「キャリアアップをして収入を上げたい」「ほかのエリアで技術を試したい」という希望があったのですが、当時の私はこれらに応えることができませんでした。
店舗を増やして活躍の場と成長の機会を提供したい、そのためにはどうすればいいのかを探していたんです。

あるとき、Human Resources Developmentという言葉に出会い「これだ!」と直感しました。それから、頭文字のHRDを取って社名にし、会社の方向性を「人を再生させるのではなく、成長させる組織」へと変更しました。
一野式を1,000年後も語り継がれる治療法とするためには、技術や歴史、そして「心を治す」という先代からの価値観を正確に伝えられる治療家を育成することが重要です。そのためには地道な人材育成が大切だと考えています。
失敗から学んだこと
──企業として順調に成長しているようですが、これまで困難に直面したことはありますか?
最大の危機は、2022年2月から4月にかけて大量離職が起きたことです。当時、事業は順調に拡大しましたが、同時に離職率も上がりました。
どうにかしなければ……と、まずはその原因を探るため、辞めるスタッフに頭を下げて話を聞き、会社の問題や課題を洗い出しました。
そこでわかったのは、経験不足な治療家を早急に店長や指導者へと配置してしまったことにあったのです。これが人間関係の不和を招いたと認識し、教育方針を根本から見直すことにしました。
──具体的にどのような取り組みをおこなったのでしょう?
まずは従業員一人ひとりとのコミュニケーションを見直すことから始めました。全従業員80人と3ヶ月に一度、15分ずつ面談し、「将来こうなりたい」「家族とこんな生活がしたい」「一緒に働く仲間をこのように導いていきたい」のような思いや理想について理解しようと努めています。面談を通じて希望や抱える課題を把握し、それに対して私ができることを提案しています。
また、従業員の目標や現状を忘れないように「スタッフカルテ」を導入しました。各院長が定期的にスタッフを問診し、悩みや課題などを記入するようにしています。
この取り組みが組織全体の成長に役立っていますし、私自身も従業員一人ひとりの状況をより深く理解できるようになりました。
恩師がいなければ自分は存在しない

──一野式を継承していなければ今ごろ何をしていたと思いますか?
中学のころから人のためになる仕事をしたいという思いがありました。それで自衛隊か消防士になることを本気で考えていましたね。
──人のためになる仕事がしたいと考えるようになったのはなぜですか?
もう亡くなってしまったのですが、中学1年のときに出会った恩師の影響ですね。
当時の私は暴力を振るうし先生の言うことも聞かない、本当に問題児でした。授業中は母親が教室の後ろで見守っている、そんな学生生活だったんです。
そんななかで野球を始め、恩師に出会いました。ある日その方に「お前はなにかにつけて暴力を振るったり、黙り込んだりして逃げる癖がある。気合を入れろ」と、まずはバッターボックスで声出しをするよう指示されました。甲子園球児もバッターボックスに入ると気合を入れて叫びますよね、あれをやれと言うのです。
最初はいやでしたね。しかし、声を出して野球をしているうちに、自分の中の何かが変わっていくのがわかりました。次第に野球にのめり込み、高校へは野球推薦で入学することができました。そのとき、「恩師のおかげで人生を変えることができた。僕も人の役に立つことがしたい」と強く思ったんです。
──心が治ったことで行動が変わったんですね。
そうです。恩師との出会いがなければいまの自分は存在しませんし、大量離職のときもくじけずに乗り切れました。
社長の考える超一流の治療家とは

──一野式では未経験の人も積極的に採用していますが、それはなぜですか?
私が経営をおこなううえで重視しているのは社会貢献です。現在の日本は、物価は上昇しているものの景気は停滞していますよね。この状況で私にできることは積極的な雇用創出だと考えています。
治療院として有資格者のみを採用する道もありますが、それでは貢献の幅が狭まってしまいます。未経験の方、さらにいうと人種を問わず一野式を習得していただき、自らの夢をかなえるサポートをしていきたい。そのため、2023年からは日本のみでなくベトナムにも一野式を展開し、健康への貢献と雇用創出に尽力しています。
──海外展開を進めているんですね。では、一野式の治療家に求められる資質とは何でしょうか。
患者さまに対する深い思いやりと奉仕の精神ですね。表面上は単純に見えますが、実践することは非常に難しいです。私利私欲を求めるような自己中心的な姿勢を取っては、患者さまの信頼を得ることはできませんし、心を治すことは不可能です。
弊社の治療家はこの奉仕の精神を持ちながら自己の成長に励んでいます。それができる人はキャリアアップできる環境です。

一野式ではさまざまなバックグラウンドを持つ人が働いていますが、とくに元営業職の方々が成果を上げています。患者さまの心を治すためには高いコミュニケーション力が求められますので、その点で話術が上手な人は活躍しやすいのかもしれません。
しかし、どのような人でも私が教えれば超一流の治療家に育て上げる自信があります。
──超一流の治療家とは?
少し抽象的に聞こえるかもしれませんが「この先生に出会えて良かった」と感じていただける治療家のことです。
以前、難治性の疾患を抱えながらも「一野先生が診てくれるなら治療を受け続けたい」という患者さまがいらっしゃいました。その方を完治させることはできませんでしたが、治療によって呼吸がしやすくなった、体の痛みが軽減して生きる希望が見えたとおっしゃっていて。その瞬間の幸せそうな顔や「一野先生と出会えて良かった」という言葉がうれしかったですし、心と心がつながった瞬間だと感じました。
患者さまと深い関係性を築けることが一野式の究極の目標であり、超一流の治療家の姿だと信じています。
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