「しょうがい」を示す3つの表記
「障害」という言葉について、「障がい」や「障碍」と書かれているのを見かけたことはありませんか? これらの表記はどれも間違いではありませんが、なかには「なぜ同じ意味で表記が違うのだろう」と疑問を抱く人もいると思います。さまざまな表記が生まれた経緯を探ると、歴史的な背景や社会的な配慮などが複雑に絡み合い、その都度議論されてきたことがわかります。
このコラムでは、表記の違いがどのように生まれ、用いられているのかを紹介していきます。
なお、当メディア「なるほど!ジョブメドレー」では、「障害」「障がい」という言葉は、状況に応じて適切に使い分ける必要があると考え、以下のようにルールを設けています。
固有名詞や法律の表記
「障害福祉」「障害福祉サービス」「障害福祉施設」「障害者支援施設」など、公的な名称や法律に基づく表記については、公式に使用されている「障害」「障害者」を用います。
人を指す場合や単体での用途
固有名詞や法律の表記に該当しない、一般的な文脈で使用する場合は「障がい」「障がい者」を用います。
表記の歴史的な背景
では、表記の違いはいつ生まれたのか。文化庁の資料を基に、平安時代から現代に至るまでの表記の変遷を簡潔にまとめました。
平安時代:仏教語として障碍(礙)を使用
- もともと「碍」を用いた「障碍」は仏教語に由来し、「しょうげ(しやうげ)」と読まれてきた
- 「悪魔や霊が妨げること」「修行の妨げ」「障壁」など、主に宗教的な妨害を指す
江戸時代:「障害」の登場
- 「障碍(礙)」が使用される一方、日本独自の漢語として「障害」が登場
- 江戸末期の辞書(1862年「英和対訳袖珍辞書」)には「障害」の記載が確認されており、この時期から「しょうがい」という読みも見られるようになる
明治時代:多様化する表記と読み方
- 文献で「障碍(礙)」と「障害」の両方が使用される。当初、「障碍(礙)」は「しょうげ」と読まれていたが、「しょうがい」と読む例が増える
- 1900年(明治33年)、小学校令施行規則に基づく教育用漢字として「害」が採用される。一方、「碍」は教育漢字としての採用を見送られる
大正時代:支持される障害
- 医学や法律文書において「障碍(礙)」と「障害」が併用される
- 1926年(大正15年)、臨時国語調査会による漢語整理案で、「障碍(礙)」を「障害」に整理する案が提示される
昭和時代:表記統一
- 1946年(昭和21年)、当用漢字表で「害」が採用され、法律や公文書で「障害」が公式表記として定着していく
- 1981年(昭和56年)、「障害に関する用語の整理等の法律」が公布され9本の法律で「障害」表記に統一される
- 1982年(昭和57年)、「障害に関する用語の整理に関する法律」で162本の法律が「障害」表記に改正される
平成以降:「障がい」の登場
- 2010年(平成22年)、常用漢字表改定で「害」が引き続き採用され、「碍」の追加は見送られる
- 「障害」の「害」という字が否定的との批判から、一部の自治体や団体で「障がい」の表記を導入する
- 2017年(平成29年)、内閣府は「障害者に関する世論調査」を実施。「しょうがい」のふさわしい表記について意見が分かれる
なぜ表記の違いが生まれたのか
現代における「障害」「障がい」「障碍」の使われ方には特徴があります。公式文書や法律名では、依然として「障害」が標準的な表記とされ、「障害者基本法」や「障害福祉サービス」など、多くの場面で「障害」という表記が用いられています。
これについて興味深い見解があります。NHKが「障害」という表記を用いる理由について、元NHKアナウンサーでジャーナリストの堀潤さんはこのように述べています。
ところで最近、テレビや新聞などで「障がい者」と表記されるのを目にしますね。「害」という字を使うのは、障害のある方を傷つけるのではという考えからなのですが、NHKでは明確な理由で「害」を使い続けています。それは、「障害」はその人自身ではなく、社会の側にある。障害者=社会にある障害と向き合っている人たち、と捉えているからなんですね。
引用|ananweb「NHKが「障がい者」ではなく「障害者」を使いつづける理由」
また、JR東日本が提供するインターネットサービス「えきねっと」では、視覚障がい者への配慮から「障害者」を採用しており、その理由を次のように述べています。
本WEBサイトでは障害者と表記を統一させていただいております。「障がい者」と表記すると、視覚障害のある方が利用するスクリーン・リーダー(コンピュータの画面読み上げソフトウェア)では「さわりがいしゃ」と読み上げられてしまう場合があるためです。
引用|えきねっと「どうして「障害者」と表記されているのですか。」
一方で、地方自治体や民間団体では「害」の字がネガティブな印象を持つこと、また当事者の心情を配慮するとして「障がい」を使用する例が増えています。福祉関連のパンフレットや広報資料には「障がい」の採用が多く見られます。例えば、東京都板橋区や兵庫県丹波市では、「障害」という漢字が当事者に与える心理的影響を考慮し、表記を見直すことを決定しました。
さらに、歴史的・文化的な観点から、元の表記である「障碍」に回帰すべきだという意見があります。しかし、現実的な課題として「碍」の使用頻度が低く、社会的な認知が限られていることから、公的文書での採用は進んでいません。
このように表記が分かれる現状には、法的な制約や地域ごとの判断、さらには当事者や市民の多様な意見が絡み合っています。そのため、現時点で表記を統一するのは難しい状況です。
海外における「表現」の変遷
表記をめぐる議論は海外でもおこなわれています。英語圏において障がい者を指す表現は、社会や価値観の変化によって移り変わってきました。主要な表現とその背景を見てみましょう。
Handicapped
- 日本語でも「ハンディキャップ」として知られる表現。かつて障がい者を指す用語として使用されていた
- 「不利な立場にある」という否定的な意味が含まれるため別の表現に置き換える動きがあった
Disabled
- 「能力を失った」という意味を持ち、障がいを持つ人々を指す一般的な表現
- 公式文書や日常会話でも使用される
Special Needs
- 「特別な支援を必要とする人々」という意味で、教育機関や医療の現場で使用される
- 曖昧で具体性に欠けるとの指摘から、ほかの表現に置き換えられる傾向がある
Differently Abled
- 「異なる能力を持つ」というポジティブな視点を強調する表現
- 遠回しすぎるとの批判もあり、広い普及には至っていない
Challenged
- 障がいを否定的に捉えるのではなく、「挑戦」という視点で前向きなイメージを与えようとした言葉
- Differently Abledと同じく、曖昧で遠回しだという意見もある
Persons with Disabilities / People with Disabilities
- 個人を主体とした「ピープル・ファースト」の考え方から生まれた表現。障がいを特徴の一部として捉えている
- 国際連合「障害者権利条約」やアメリカ障害者法でも採用された
参考|アメリカ社会保障庁公式ブログ「The Disability Insurance Program: Securing Today and Tomorrow for 60 Years」、広島大学「インド タミルナードゥ州におけるインクルーシブ教育の事例研究」、DINF「「ノーマライゼーション 障害者の福祉」2006年9月号」、国際連合「障害者権利条約」、障害者.com「障害者は英語で何て言うの?~【handicap(ハンディキャップ)】他」、NPO CROSS「社会的マイノリティに配慮した英訳について考えたこと」、英語塾 六単塾「障害者を英語で何という?覚えておきたい表現5選」
表記の違いが示すものとは
「障害」という表記は、法律上の安定性と実用性を重視し、多くの公式文書で採用されています。「障がい」は、配慮や柔軟性を重視する地域や団体の選択を反映しています。そして「障碍」は、仏教や歴史的文脈に根差した本来の意味を重んじる表記です。
表記の違いを巡る議論は、単なる言葉の選択を超えて、社会がどれだけ多様な価値観を受け入れることができるかを問いかけています。それは、私たちが言葉の持つ意味をどのように捉え、使っていくのかという課題でもあります。
そのうえで、あなたは「障害」「障がい」「障碍」のどの表記を使用しますか?