『神様のカルテ』夏川草介がいま思う、これからの“コロナ対応”で大切なこと

終わりの見えないコロナ禍を生き抜いて3年。2023年5月8日より新型コロナウイルス感染症の感染症法上の分類が2類から5類へと移行しました。コロナ対応の大きな方針転換を迎えるにあたり、第一波から最前線でコロナ対応を続けてきた医師・作家の夏川草介さんに、いま改めて大切にしたいことを教えてもらいました。

『神様のカルテ』夏川草介がいま思う、これからの“コロナ対応”で大切なこと

目次

プロフィール

夏川草介(なつかわ・そうすけ)

1978年生まれ、大阪府出身。信州大学医学部卒。長野県にて内科医として地域医療を支える。2009年『神様のカルテ』で第10回小学館文庫小説賞受賞、作家デビュー。コロナ禍に入り、医療現場の奮闘を描いた『臨床の砦』(2021年)、『レッドゾーン』(2022年)を緊急出版した。

正解がわからなくても、進まなければならないときがある

──2023年5月、新型コロナウイルス感染症の分類が結核やSARSと同じ2類から、季節性インフルエンザなどと同じ5類に移行されました。コロナ患者受け入れを担ってきた一人としてどのように受け止めていますか?

このウイルスが未知の脅威だった3年前に比べて、治療薬をはじめ対処法がずいぶん確立されました。私は感染症指定医療機関にいたので、初期から臨床の現場で飲食業の人や中高生のお子さんがいる人など、垣根なくさまざまな人を診てきました。

今はコロナに手も足も出なかったときとは違います。働く人の生業や若い人の貴重な時間をずっとつぶし続けていいのかと考えると、5類移行は妥当ではないでしょうか。

──5類移行は今できる一番の対応であると感じていますか?

いや、「これをすれば一番」という正解はないんです。ある程度の困難を承知で、それでも前に進むということだと受け取っています。リスク回避優先で現状を維持することは、それと引き換えに社会活動を止めることでもある。どちらかを選ぶときだったのだと思います。

すべての人を満足させることのできる選択肢なんてものは、現実にはないんです。相手はウイルスですから、100%の対応をすること自体が不可能。どの病院も準備万端で5類移行を迎えるのは夢物語でしかないわけです。

コロナ診療の本質も「思いやり」である

──特定の医療機関に限られていたコロナ診療が、5類移行により幅広い医療機関での対応に広がります。リスクを受け入れつつ、守りの姿勢から前進に転じるわけですね。

対応する医療機関が増えれば、どうしても混乱が起きます。しかしリスクがあるからといって、目の前の患者さんを放っておくことができるでしょうか。同時に、中学や高校生活の3年間をコロナで我慢し続けた若い世代に、これからも制約を課せられるでしょうか。

世の中全体への視点と、目の前の患者さんへの思いやり。このふたつは私の中ではつながっています。そうして考えると、おのずとやるべきことは決まってくると思います。

──コロナ診療の受け入れを決めたうえで、不安や戸惑いを抱える医療従事者に知っていてほしいことはありますか?

たとえば悲惨な事故が起きればニュースになりますが、「うまくいっていること」や「事故がないこと」はニュースになりません。3年前に比べれば、コロナはだいぶ安全に扱える病気になりました。コロナより怖い病気がたくさんあることは、ご承知のとおりだと思います。

もちろん一般診療と並行してコロナ診療をおこなうことは大変です。辛抱が求められる場面は必ず出てくるでしょう。でも、人は自分自身のためだけでなく、誰か見知らぬ人のためにも努力ができる存在だと私は思っています。

『臨床の砦』の舞台は、2020年のクルーズ船患者や第一波からのコロナ患者を受け入れていた病院です。感染対策も治療法も未知だった文字通り「手探り」の中、恐怖と戦いながら必死に患者を診ていた現場があった。医療崩壊といわれる影で、奔走している人たちがいた――「辛いのは私たちだけではない」。こういう“景色”を知ってもらうことで、つらいときの励みになれたらと。そんな思いをもってこの本を書きました。

インタビューにこたえる夏川草介さん
当日の取材はオンラインでおこないました

ほっとする景色を見せることが大人の役割

──不安や危機感、憤りを感じさせるような情報が氾濫する昨今、「安心」の役割はますます重要になっているように思えます。

いまの世の中にあふれる情報は、不安をあおるものが多いと感じます。本来身の安全を守るために、危険や不安といった情報にセンシティブに反応するのは当然のことではありますが、受け取る情報の取捨選択が難しければ不安の元から距離を置いてしまっていいと思います。

感染者数は全数把握から週に一度の定点観測発表になりましたが、この頻度が大きなリスクを招くとは私は思っていません。今のコロナ診療の現場は、毎日の患者数の増減に一喜一憂する状況ではありませんから。もちろんウイルス変異による事態の急変は留意が必要ですが、いつまでも全数把握を続けていれば、臨床はもちろん事務処理のスタッフたちも疲弊してしまうでしょう。

直接その姿が見えなくても、患者さんのために頑張っている人は本当にたくさんいます。そしてその頑張りを理解してくれる人も、想像以上にいるんです。ベッドの数を増やすことも大切ですが、「必ずどこかに、あなたのことを思いやって頑張ってくれる人がいる」そのことに、安心感を持ってもらえたらいいですよね。

“正解とは言えなくても、最善の道を選んだ”

“だから私は、最善の道を来たという思いに迷いはありません”

──『臨床の砦』より

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参考

  • 夏川草介『臨床の砦』(小学館、2021年)

プロフィール

なるほど!ジョブメドレー編集部員。幅広いジャンルの取材・執筆経験を積み、医療・福祉・働くことをテーマに日々勉強中。2023年介護職員初任者研修を修了。

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