鹿児島県鹿児島市を拠点とする社会医療療法人博愛会相良(さがら)病院。乳がん診療を中心に、甲状腺科・形成外科・緩和ケアなど幅広い専門領域を担い、2014年、全国で初めて、乳がん領域における「特定領域がん診療連携拠点病院」に認定されました。

また、相良病院を中核とする一般社団法人さがらウィメンズヘルスケアグループは、鹿児島県内外の9法人が連携し、年間1,800件を超える乳がん手術を担うネットワークを築いています。離島への外来展開や診療支援室の設置など、地域医療への貢献も積極的です。
こうした幅広い取り組みの一方で、人材確保が困難な医療業界において、新人看護師の直近3年間の離職率ゼロを実現するなど、組織運営が順調に機能しているのも特徴です。
今回、相良病院がどのようにして「人が育ち、辞めない組織」を築いてきたのか、理事長の相良吉昭医師と、同院経営企画室室長の坂元恵子さんに伺いました。
新人看護師の離職率ゼロを実現、その背景は?
──日本看護協会の「2024年 病院看護実態調査 報告書」によると、全国の新卒看護職員の離職率は2023年度で8.8%、鹿児島県では9.1%に上ると報告されています。そうしたなかで、相良病院が新人看護師の離職率ゼロを達成できているのはなぜでしょうか。
坂元さん:毎年3〜5名程度の新卒看護師が入職していますが、定着の理由のひとつは育成の仕組みにあると考えています。プリセプター制度や、病棟では各部署のローテーション研修などを整え、本人の意向を踏まえながら育成を支援しています。とくに入職して1、2年の時期は、その人の特性や適性を丁寧に見ていくことが大切です。

──適性を重視した教育や配置の仕組みは、いつから始まったのでしょうか?
相良医師:具体的に何年からというよりも、病院の歴史の中で自然と積み上げられてきたものです。現場の声や経験を反映しながら少しずつ形になり、体系的な仕組みとして根づいてきました。

──本人の希望と病院側が見た適性の双方を踏まえて配属を決めているのですね。
相良医師:そのとおりです。適性に合った部署で成長できる環境を整えることが、結果として離職の少なさにつながっていると思います。もちろん厳しい指導が必要な場面もありますが、みんな踏ん張って残ってくれています。
患者や家族も働き手に? 独自の採用のかたち
──医療業界全体では人材確保が大きな課題となっています。相良病院の採用戦略について教えてください。
相良医師:医師の採用に関しては、今のところ困っていることはありません。というのも、離島医療や全国展開など、さまざまなチャレンジを見て「おもしろそうだ」と感じて、ありがたいことに多くの医師から「ここで働きたい」と声をかけていただいています。
当院で院長を務める大野(真司)医師は、以前、がん研有明病院の乳腺科の副院長を務めていました。その経験や専門性に魅力を感じて入職を希望される医師も多く、鹿児島県外から来られる方のほうが多いくらいです。

──医師の求人に困らないというのは非常に珍しいことですね。では、医師以外のコメディカル部門についてはいかがでしょうか。
坂元さん:正規雇用者でいえば、およそ8割が中途採用です。公式サイトや求人媒体を通じた応募もあれば、職員紹介制度をきっかけに入職される方もいます。特徴的なのは、全体の1割ほどが患者さんやそのご家族、職員の関係者だということです。
──治療や入院をきっかけに入職されるんですか?
坂元さん:そうなんです。入院期間中は病院が長く過ごす場となり、「ここで体験した看護を自分も患者さんに還元したい」「自分も同じように寄り添いたい」と考えてくださる方がいるんです。実際に面接でそう話してくださる方もいました。
──採用までを見据えて治療をしているわけでは……?
相良医師:まさか、そこまではありません(笑)。「治療に感銘を受けたから働きたい」と言っていただけるのは純粋にうれしく思います。
坂元さん:実際に、私の身近な親戚も事務職で入職しました。もともとはアパレル業をしていて「働く目的を見出せない」と悩んでいたんですが、私から「病院ではこういう取り組みをしているよ、挑戦してみない?」と声をかけたんです。私自身も異業種からの転職でしたので、これをチャンスとして捉えたみたいで。今では勉強しながら前向きに取り組んでいます。

職員が働き続けたくなる環境を整備
──医療機関に共通する課題のひとつが、「入職してくれた人をいかに定着させるか」です。その点、相良病院では企業主導型保育園の設置や独自の定期健康診断など、職員へのサポートが手厚く感じました。
相良医師:職員が安心して長く働けるよう、労働環境の整備にはとくに力を入れています。まず保育園ですが、職員の子どもだけでなく地域の子どもも受け入れられるよう、企業主導型保育園として整備しました。そうすることで運営を安定させつつ、職員が必要なときにすぐ子どもを預けられる環境を確保できています。
“手厚いサポート”という観点ですと、パートを含めて全職員に人間ドックのフルコースを受けてもらっています。ほかにも、福利厚生で歯科口腔外科を受けられますし、今度は美容医療も開始しますので、職員価格で提供していく予定です。

──美容医療まで。そうした福利厚生も採用につながりそうですね。
坂元さん:当院は女性職員の割合が非常に高いので、そこも1つのメリットになればと思っています。また、健康面や美容面だけでなく、メンタルサポートとして外部機関によるストレスチェックのサポートもおこなっています。
──メンタルサポートを院内の医師ではなく外部に委託するのはなぜでしょうか?
坂元さん:もともとは院内の産業医が担っていましたが、院内の人間に話すよりも、専門性のある外部機関の方に話すほうが個人の負担が軽くなるのではないか、という意見が出たんです。2024年に導入したばかりなのですが、これまで赤信号だった2部門の数値に改善が見られています。
病院は個人ではなく組織で働く職場ですので、「個人で悩みを抱え込まない」ということに重きを置いてサポートし続ける環境が大切です。良い結果が見えてきて、風通しの良い環境がつくれるようになってきているのかな、と感じました。
経営と医療をつなぐ独自の組織体制
──採用やメンタルサポートなどを運営・推進するのが、坂元さんが統括する事業本部なのでしょうか?

坂元さん:事業本部は病院運営を支えるバックオフィス全般を担っています。特徴的なのは、単なる事務処理ではなく、病院全体の採用や人材育成、将来の事業展開まで含めて一体的に考えていることです。採用もまずは本部が受け付け、そこから各部署とつないでいく形を取っています。
──一般的な病院の事務部門とは少し違う印象を受けます。
相良医師:相良の場合、本部のフットワークが軽いのが特徴です。多くの病院では事務部門は現場のサポート役にとどまりますが、うちでは経営企画も含めて「次にどう展開していくか」を現場と一緒に考える体制になっています。
もともとは院内に事務所を構えていましたが、本部の範囲を超える業務まで持ち込まれる傾向にありました。そこで別棟に本部を設置し、独立した拠点にすることで業務を整理しやすい体制にしました。経営と現場の間に立ちながらスピード感を持って動けるのは、この体制を整えたからこそです。
坂元さん:そのおかげで、現場の職員も「依頼すれば動いてくれる」という安心感を持てるようになっています。結果的に、働きやすさや定着にもつながっているのだと思います。
理想の実現に向けた今後のチャレンジ
──ここまでさまざまな取り組みを伺ってきましたが、課題と感じている部分はありますか?
相良医師:栄養士や調理師の採用に関しては、思うよう進まない時期が続きました。ただ、労働環境や待遇を見直すことで、少しずつ解決に向かってきています。
採用にしろ運営にしろ、問題のない時期はないものの、改善を重ねながら新たな挑戦に取り組める環境だと感じています。
──今後、力を入れていきたい取り組みについて教えてください。
相良医師:まず、鹿児島、宮崎、札幌、京都の各施設で良い医療と経営をおこなうことが大前提です。そのうえで、自由診療の分野を伸ばし、検診を中心とした「未病」へのアプローチや、美容医療にも挑戦します。ひとつの病院ですべてを完結させるのではなく、地域の施設と連携しながら医療を展開していく形をつくっていきたいですね。
坂元さん:実際に、熊本の産婦人科とも連携を進めています。これまで当院から医師を派遣していましたが、相互に人材が行き来する協力関係を強めていくイメージです。地域に縛られず、グループ全体で質の高い医療を共有することが、これからの大きなテーマになると考えています。
相良医師:熊本や福岡からも患者さんが通いやすいように、各地の乳腺センターの整備も進めています。遠方の患者さんにもアクセスしやすい環境を整えることが重要です。その意味では、自由診療の幅を広げることは私たちにとって大きなチャレンジになっていますね。

──最後に、理事長ご自身が医療に取り組むうえで大切にしている思いをお聞かせください。
相良医師:私たちの取り組みは、理想と現実のギャップを埋めるための挑戦なのだと思います。例えば、がん専門医が少なく、十分ながん医療を受けにくい地域があることに強い問題意識を持ってきました。
正しい取り組みを制度に落とし込み、持続可能な医療として広げていきたい。これからも、その思いで取り組みを続けていきたいと考えています。
取材協力:社会医療法人 博愛会 相良病院