
1.「心羽えみの保育園石神井台」に行ってきた

ユニークな特徴やコンセプトをもつ施設特集の第6弾。今回の取材先は、東京都練馬区にある「心羽(しんば)えみの保育園石神井台(しゃくじいだい)」です。
茨城県が拠点の社会福祉法人 清心福祉会を母体とし、今回お話を伺った高橋園長・高橋事務長夫妻が中心となり2017年4月に開園した認可保育園です。開園後まもなく同年8月にはキッズデザイン賞を受賞しています。
最寄り駅の西武池袋線「大泉学園駅」から10分ほど歩くと、緑のツルをまとった園舎が見えてきます。
2.園舎コンセプト「ときめきファーム」

エントランスで出迎えてくれた高橋園長
—はじめまして、本日はよろしくお願いします。緑がたくさんある保育園ですね!さっそくですが、園舎のコンセプトから教えてもらえますか?
高橋園長:園舎コンセプトは、「ときめきファーム〜触って、感じて、学ぶ〜」です。練馬区は昔から農業が盛んで、農業によって発展を遂げてきました。都市化が進んだ今でも石神井台には広い農地が残っています。このエントランスがあるピロティの壁や外壁材にも「関東ローム層」の土を使っているんですよ。

ピロティ。赤褐色の壁に関東ローム層の土を使用している
—この土地の特徴から由来して「ファーム(農園)」がコンセプトなんですね。

園舎2階のデッキから園庭を見た様子。写真左手の階段を使って、2階と園庭の行き来ができる
園庭には実のなる木をたくさん植えています。レモン、オリーブ、ザクロ、ジュンベリー、ブルーベリー、ラズベリー、洋梨、いちじくの木を植栽していて、このまえは洋梨を収穫して子どもたちとジャムをつくりました。

ジュンベリー摘みの様子
畑もあるので、夏の時期はピーマン、トマト、きゅうりなどを育てていました。2階のテラスではルーバー部分を活用してゴーヤを育てたり、練馬大根を干したりします。
※ルーバーとは、細長い板を隙間をあけて並べたもの

2階テラス。外部から中は見えにくいが、中からはルーバーの隙間から外が見えやすい
—実がなる木や野菜がたくさんあって、食育も盛んなんですね。
はい。この土地の歴史や特徴を活かした「子どもの感性を育むファーム」にしたいと思ったので、自分たちで育て、作り、食べられる木や野菜をたくさん植栽しています。
実がなる木を選んだもう1つの理由としては、園名の「心羽“えみの”」は「笑み」を語源に、「子どもの笑顔が“実”になって、人生が花開きますように」という願いを込めているからです。

ダイニングルームの扉を開けて園庭を見た様子
園庭と園舎内はすぐに行き来できる設計になっています。1階の「ダイニングルーム」は2面フルオープンのガラス扉で、扉の外はデッキテラスです。あたたかい時期はテラスで気持ちよく食事ができますし、ガラスなので外で遊んでいる子と屋内で遊んでいる子の様子がお互いによく見えます。
—とても開放的で気持ちがいいスペースですね。

ダイニングルーム
3.保育方針と特徴

エントランスの木の展示
—では園内もご案内お願いします。エントランスにあるこの木の展示は、園の保育方針でしょうか?
当園の保育方針ではなく、厚生労働省が定める「保育所保育指針」の中で示されている「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」を見える化したものです。去年(2018年)に改定されたばかりなので、職員や保護者の方がいつでも立ち返って見られる位置にと思い、エントランスに貼り出しました。
当園で掲げている保育方針は3つあります。「子どもの自発性を引き出す」「人のかかわり力を育てる」「生きる力の基礎を培う」です。

3〜5歳児の保育室

部屋の反対側から見た様子
こちらは3〜5歳児の保育室で、3歳児24名、4歳児25名、5歳児33名がいっしょに過ごす「異年齢保育」を2つのグループに分かれて行っています。
—広いお部屋ですね。
そうですね。子どもの興味や発達、目的に応じて環境を変えていけるように、できるだけ壁のない設計にしています。人との関わりを育てる「ごっこ遊びゾーン」「ゲームゾーン」、ことばを育てる「絵本ゾーン」「文字ゾーン」というように、ゾーンを分けています。
体育あそびや英語あそびもこの部屋で行いますし、入園・卒園式などの行事もできるよう、スポットライトや垂れ幕もありますよ。

体育あそびの様子
—2つのグループに分かれて、どのように活動するんでしょうか?
全学年担任制ですが、3〜5歳児は2つのグループに分かれて「チーム保育」も行っています。各グループ内で保育士は「リーダー」「サブ1」「サブ2」「アシスタント」という4つの役割を分担します。
「リーダー」は先頭で遊びや活動をリードします。その遊びや動きにのれない子を「サブ1」が遊びにのっていけるように盛り立てたり、動きにのれるようサポートしたりします。さらにその中にも入れない子を「サブ2」がいっしょに過ごします。「アシスタント」は活動で使用する材料の準備など、環境を整えます。
その日の日誌はいちばん子どもの様子を見ていた「サブ」が書きます。そしてこの役割分担は週ごとにローテーションするので、今週「サブ」だった人は次は「リーダー」になり、「サブ」のときに書いた記録を翌週の保育計画に活かしていくんです。
—スポーツチーム顔負けのフォーメーション…!日々の保育内容が確実に良いものになっていきそうですね。

1階の廊下にある絵本コーナー
—保育室の一角や廊下など、園内には絵本を読める場所がたくさんあるんですね。
はい、うちの園では生活の中心に絵本があるので、各保育室と廊下に絵本コーナーを設けています。たとえば給食の前の時間や、夕方お母さんが迎えに来る前後の時間。活動と活動のあいだの時間で絵本を読むんです。合間の時間で絵本を読むことで、子どもたちの生活の流れを止めずに済みます。
—どういうことですか?
以前、別の園で一斉保育をしていたときは、食事が終わってお昼寝の準備をしている間は子どもたちが部屋の隅でただ待っているような時間が生まれていました。これは大人都合の変な待たせ方なんです。でもこのすきま時間で絵本が読めれば、ただ待つだけの時間は生まれませんし、次の行動に移るまえの気持ちの切り替えにもなります。

年齢や発達にあわせ、絵本や図鑑、迷路の本などを多数用意している
今ではこのスタイルはすっかり定着して、5歳のある女の子は年下の子に読み聞かせまでするようになりました。情感たっぷりにすごく上手に読むんですよ。
—絵本コーナーも、自発性を引き出したり人とかかわったりするきっかけの場なんですね。
4.地域交流と子育て支援

地域交流室。窓からは調理室の様子が伺える
こちらは「地域交流室」です。今はまだ準備段階ですが、将来的に地域の方々に開放するスペースになります。外の通りに面しているのでガラス扉から出入りができます。外にはデッキもあるので、天気のいい日はカフェテラスのように利用してもらってもいいなと。
あとは地元農家さんにこの場所をお貸しして朝採り野菜を販売したり、給食室でつくったおかずを販売して夕食の足しにしてもらったり……など、今後やりたいことをいろいろと構想しています。いまは手始めに、別の場所ではありますが雨の日限定のパン販売をはじめていて、とても好評ですよ。
—地域の人が集まる憩いの場になる予感がしますね!
地域の方と、あとはもちろん保護者もですね。開園中は毎日園庭と園内を開放しているので、地域の保護者たちの「駆け込み寺」のような存在になればと思っています。
子育てで悩んでいたら、この場所を息抜きのコーヒーブレイクに使ってもらってもいいです。わたしや専門スタッフが相談にのることもできます。
—園長先生は、保護者の方や地域の方と接する機会は多いですか?
もちろん多いですよ。門の前で登園してくる親子や地域の方に毎朝あいさつするのがわたしの日課なんです。それこそ雨の日も雪の日も。
登園してくる親子の様子を門の前から見ていると、親子で楽しそうにお話しているなとか、逆に今日はお母さんの表情がちょっと暗いなとか、変化に気づくことができるんです。毎朝顔をあわせてコミュニケーションをとっていれば安心感を持ってもらえますし、もしなにかトラブルが起きてもすぐにわたしが対応に入ることもできます。
お母さんたちが追い込まれることがないように、安心して子育てできるようになればと、常に思っています。
5.開園エピソード

園長先生の旦那様でもある高橋事務長(写真右)にもお話を伺いました
—ご案内ありがとうございました。見どころがたくさんで紹介しきれなそうです。ところで、なぜお二人で園をはじめることになったのか伺ってもいいですか?
高橋園長:わたしは短大卒業後のいち保育士からはじまり、その後は保育主任を20年近く、副園長を3年やってきました。家庭の事情で前の園を辞めたあと、清心福祉会が都内であたらしい保育園を開園したいという話があり、知人がわたしのことを紹介してくれたんです。
—園立ち上げのオファーがあったんですね。高橋事務長ももともと保育関連のお仕事を?
高橋事務長:いえまったくの畑違いで。会計事務所勤めだったので、経営や事務まわりは主にわたしが、保育部分は園長が、と分担しています。
—まさに夫婦二人三脚ですね。開園までの準備期間は、すべてお二人で準備されたんですか?
高橋園長:そうですね、基本的に二人で準備しました。法人のバックアップがついて、この土地の保育園利用のプロポーザル(企画提案の募集)が練馬区から出たので見に来て。いきなりこんな広い土地ではむずかしいよねと最初は話していたんですが、でもやっぱり広々とした環境で保育がしたいよねと話して、企画書を出したんです。そうしたら通ったんですよ!開園までの1年間は本当に怒涛のように過ぎましたね。

—職員の方を集めるのは大変ではなかったですか?
とにかく声をあげました。大変でしたが、長年の横のつながりもあり、いまは情熱を持った優秀な職員が集まってくれています。常勤の保育士や調理師、看護師のほかには、さきほどご紹介した体育や英語の外部講師や臨床心理士、作業療法士が月に2〜4回、定期的に来てくれています。
高橋事務長:園長が園をはじめると言ったら協力したいと名乗り出てくれた人も多いんですよ。
—園長先生の人徳ですね。
6.最後に

—開園して今年で3年目とのことですが、今後に向けた今の気持ちを聞かせてください。
高橋園長:1,2年目はゼロからのスタートでいろいろなことを調整しながら忙しくやってきましたが、最近になってようやく落ち着き、結果も出始めたところです。だからこそ立ち上げ当初のことを思い返し、慣れてきたからこそ気持ちを引き締めないといけないと思っています。
なによりも子どもの気持ちに寄り添うことを大切に。また、大人たちも子どもの成長を通して喜びや幸せを感じ、親や保育者、大人としての役割の大切さにも気づける保育をしていきたいですね。
高橋事務長:この記事を読んで興味を持ち、一緒にチャレンジしてみたいという方がいたら、ぜひ来てもらえると嬉しいです。
—今後のますますの発展が楽しみです。本日はありがとうございました!