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密着した人
鍼灸師 久保和也さん(32)
埼玉県出身、3児の父。鍼灸の大学を卒業後、西洋医学に基づいた整骨院・鍼灸院で働く。妊娠期の不調に苦しんでいた妻が東洋医学に救われたことが契機となり、東洋医学に基づいた鍼灸を学び直し独立。2021年9月に「クボ鍼灸院」を開業。
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【8:50】出勤・開店準備

東京スカイツリーのお膝元、押上にある「クボ鍼灸院」。徒歩圏内にある自宅から歩いて出勤します。
院長の久保さんのほか、従業員は妻と受付のパートスタッフのみ。着替えたらすぐに開店準備を進めます。


店先にのぼりを出し、ゴミ捨て、床掃除、施術道具の用意、レジの入金をします。

この日の予約人数は11人。そのうち10人は再診のため、前日にスタッフが用意しておいたカルテを確認し、一日の流れを把握します。

【10:00】午前の営業

本日1人目の患者が到着し、そのまま施術室へ。施術着に着替えたら仰向けで寝てもらいます。

久保さん「(前回)鍼受けてみて大丈夫でしたか?」
まずは問診からスタート。体調の変化や近況について聞きます。相手の返答内容だけでなく、顔色や声色などにも注目。東洋医学では望診、聞診、切診、問診の「四診」を用いて診断します。
tips|東洋医学の診断方法「四診」
望診(ぼうしん):目で見て診断すること。相手の動作や顔色、眼光、皮膚や舌の状態などを診る。
聞診(ぶんしん):耳や鼻からの情報で診断すること。相手の声色や声量、明瞭さ、問いかけに対する応答などの聴覚から得る情報のほか、体臭や呼気、排泄物の臭いなど嗅覚から情報を得る。
切診(せっしん):体に直接触れて診断すること。脈を診る「脈診」、腹部を診る「腹診」などがある。
問診:質問の受け答えから診断すること。相手の病歴や自覚症状、生活習慣などを問う。

続いて切診に入ります。まずは左右の手首で脈拍を確認(脈診)。脈は体調を表すバロメーターで、速度や強さからその人の状態がわかります。

足先にも触れ、冷えの状態を確認。

ここから鍼を使用します。まずは金鍼(きんしん)という金製の刺さない鍼を用いて、ツボ=経穴(けいけつ)に当てていきます。
久保さん「金は人体になじみやすい素材なので、それをツボ(経穴)に当てて体にシグナルを送るイメージです。今当てているのは呼吸器系につながる経絡で、その機能を高めています」
経絡(けいらく)とは、人間の生きる気力やエネルギー(「気血」と呼ぶ)が流れる通路のことで、さまざまな臓器につながっています。経穴は経絡上にあり、鍼や灸を用いて刺激を与えることで各臓器の働きを高めたり抑えたりする効果があります。


続いて刺すタイプの鍼(ステンレス鍼)で経穴を刺激します。経穴に鍼を刺すこの治療法は東洋医学に基づいた手法で、現在はごく一部の鍼灸院でしかおこなわれていません。大多数の鍼灸院では西洋医学に基づいた鍼灸治療をおこなっています。
tips|東洋医学と西洋医学、それぞれに基づいた鍼灸手法
飛鳥時代に中国から伝播しその後日本で独自の発展を遂げた鍼灸治療は、陰陽五行説をベースに経穴への刺激による治療法として確立しました(東洋医学に基づいた鍼灸治療で「経絡治療」と呼ばれる)。しかし近代化に伴い日本でも西洋医学が普及し、神経や筋肉の働きといった医学的な根拠に基づく鍼灸治療が提唱されるようになり、鍼灸師の国家試験カリキュラムでは西洋医学に基づく内容が中心となりました。そのため現代では多くの鍼灸師が西洋医学に則った施術をおこなっています。
病気になってから治す特性の強い西洋医学の鍼灸は、すでに表出している症状の緩和や治療を目的とします。一方、東洋医学の鍼灸は経絡と経穴を介して内臓の働きを整え体質改善を図り、“未病”という概念から病気を予防し健康を維持することも目的としています。
続いて灸の施術に移ります。今回は妊活にも効果があるという「箱灸」を使います。


並行して灸を据えていきます。ヨモギの葉からできたフワフワの「もぐさ」を指先で成形して小さな円錐を作り、経穴の上に載せます。その頂点に点火した線香から火を移すと、じわ〜っともぐさが燃えて煙が立ちます。


燃えきって肌に火が届く前に、素早く指先でもぐさを取り去ります。その際、空気を遮断するように鎮火させるため、熱さは感じないのだそう。

これを同じ経穴で数回繰り返し、さらに肩や手足を中心に別の部位でもおこないます。
最後に箱灸の温まり具合を確認し、頭皮を軽く揉みほぐします。もう一度脈拍を確認したら約40分の施術が終了です。

着替え終えたタイミングでお茶を提供し一息ついてもらいます。その後、次回予約を確認し、会計を終えて見送るまでが一連の流れです。予約が詰まっている場合、久保さんはすぐに次の施術に移り、対応はスタッフに引き継ぎます。
このあと午前中は男性患者、妊婦の女性患者の施術を終えました。問診から切診、鍼、灸の基本的な流れは同じで、各々の体質や症状に合わせて部位やアプローチ法をカスタマイズします。
【12:00】昼休憩

予約の合間を縫って簡単な昼食を取ります。この日は近くのお惣菜屋さんで購入したおにぎり弁当をいただきました。
ところで、もともとは西洋医学の鍼灸治療をおこなっていたという久保さん。東洋医学の鍼灸師になるに至った経緯について聞いてみました。

久保さん「きっかけは妻の妊娠期の不調です。それまでいくつかの治療院で鍼灸師として働いてきましたが、情けないことに当時の僕の力では妻の不眠や無気力といった症状を良くしてあげることができなかった。そこからいろいろな先生を紹介してもらって、最終的に行き着いたのが東洋医学に基づいて治療をしている先生でした。それで僕自身も妻のように困っている人を救いたいと思って、東洋医学の鍼灸ができる治療家になったんです」
東洋医学は未だ解明されていない部分が多く、戦後の医療の西洋化により衰退していった歴史があります。しかし何千年もの間人々の実体験をベースに蓄積された経験医学としての効果は確かにあり、その復興に努めたいと話してくれました。
【12:40】午後の営業

夕方までスタッフは久保さんのみ。施術ごとのベッドメイキング、カルテ記入、事務作業などを一人でおこないます。

久保さん「カルテは施術内容はもちろんですが、会話した内容を記録することを大事にしています。前回来たときからどんな変化があったのかを聞きたいし、相手も他愛のない話を覚えてもらえると嬉しいですよね」

続いて新規患者の対応をします。飛び込み客はほぼおらず、WebサイトやSNSの口コミを見て予約する人が大半だそう。
初診では問診にしっかり時間をかけます。問診票をもとに既往歴や現在の症状、悩み、生活習慣などを細かくヒアリングしたうえで施術に入ります。
久保さん「鍼灸院にはこれまで病院の治療や薬、マッサージを試しても治らなかった人が来ることが多いので、いわば“最後の砦”なんです。本当につらい症状を抱えていて問診中に泣かれてしまうことも少なくありません。だからこそ症状だけじゃなく、その方の体質や生活の悩みなど、根本的な原因になっている部分まで踏み込んで聞きます」
【15:30】動画撮影

SNS用の動画を撮影します。「熱そう」「痛そう」といったネガティブなイメージも抱かれやすい鍼灸治療について知ってもらうため、久保さんはTwitterやYouTubeにも力を入れています。鍼灸のほかにも、ストレッチや筋トレ、漢方などの健康にまつわる情報を幅広く発信しています。
【16:00】一時閉店

16〜18時までは一時閉店し、保育園の迎えに行ったあと家族全員で夕食を取ります。子どもたちと過ごせる貴重なひと時です。
【18:00】夜の営業
18時以降は仕事や家事を終えて来院が増える時間帯です。受付のパートスタッフにも入ってもらい、20時半までの2時間半ノンストップで5名の施術をおこないました。



【20:30】閉店作業

レジの精算、売上金の管理、施術で使用した道具の片付けをします。営業中に書き終えなかったカルテがある場合はまとめて記入します。
【21:00】退勤

着替えて戸締まりをしたら退勤です。お疲れさまでした!
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