1.公認スポーツ栄養士Iさんプロフィール

公認スポーツ栄養士とは?
公認スポーツ栄養士は、トップアスリートから一般のスポーツ愛好家まで幅広い人を対象に、栄養・食事に関する自己管理能力を高めるための栄養教育や食環境の整備などをおこなう、スポーツ栄養の専門家です。スポーツチームに所属する公認スポーツ栄養士は、監督やコーチ、トレーナー、医療スタッフたちと連携しながら、競技者が試合や練習で力を発揮できるようサポートします。
公認スポーツ栄養士は公益社団法人日本栄養士会および公益財団法人日本スポーツ協会によって認定される民間資格であり、2019年10月時点で374名の有資格者がいます。取得要件には「管理栄養士であること」などのほか、3年間に及ぶ各種カリキュラム(講習会、筆記試験、実技試験、インターンシップなど)を修了する必要があり、狭き門となっています。
詳しくは、日本スポーツ栄養学会の公式サイトをご覧ください。
2.本業で社内抜擢されサッカーチーム専属の栄養士に

——Iさんには約1年半前に、管理栄養士の転職活動や面接対策についてお話を伺いました。前回の転職活動時には企業のスポーツチームへの転職が叶わなかったとのことでしたが、現在はプロサッカーチーム専属の栄養士として働き始めたんですよね?
そうなんです。うちの会社が新たに女子サッカーチームとスポンサー契約を結ぶことになりまして。今年(2021年)から私と同僚の薬剤師が、それぞれスポーツ栄養士、スポーツファーマシストとしてチームに派遣されるようになりました。
スポーツファーマシストというのは、選手が禁止薬物を摂取しないように、アンチ・ドーピング分野を専門とした薬剤師のことですね。
——Iさんはずっと陸上選手のサポートを続けてきたと以前伺いましたが、サッカーにも興味があったんですか?
それがサッカーにはまったく興味がなくて(笑)。オフサイドも知らなかったので、一からルールを覚えたんですよ。
うちの会社がスポンサーになったことと、社内で公認スポーツ栄養士資格を持っているのが私だけだったので、その流れで……って感じなんですよね。
——そうだったんですね! 現在は何人のチームを見られてるんですか?
メインで見ているトップチームは24人体制です。まだサッカー一本で食べていけないので、平日は日中フルタイムで働きながら19時から21時までが練習。土日は遠征もしくはホームゲーム……というすごくハードな生活です。
トップチームの下には育成世代の高校生チームと中学生チームが70人ほどいて、彼女たちとその保護者に向けた食育講座なども時々実施しています。
——トップチームはかなりハードな環境ですね……! Iさんはどのくらい選手と共に過ごして、どんなサポートをされるんですか?
直接選手たちのもとを訪れるのは、平日夜の練習か週末のホームゲームのタイミングで月2回くらいですね。最近はPCR検査を受けてないと選手との接触NGで会いづらい状況もありましたが。
サポート内容としては、試合中の選手の様子や疲労具合を見てハーフタイムで取るドリンクを変えたり、スタミナをつける食事の提案をしたりします。
選手個人とは必要であればSNSで個別サポートする契約にもなっているので、食事や体調面での相談にも乗っています。プロテインやサプリメントを取り入れている選手が多いので、「これ摂っても大丈夫ですか?」と相談を受けたら、私は栄養面から、薬剤師はドーピングの観点から摂取して問題ないかを判断します。体重コントロールがうまくいっていない選手がいたら、食事を一から見直すように提案することもあります。

——1日3食分のメニューを栄養士が提案するわけではないんですね。
そうですね。クラブチームとして選手たちへの食事提供はできていないので、選手は3食とも自炊です。
平日は練習が終わって帰宅したあと22時頃からの夕食になるので、いかに“早くて簡単で栄養価の高い食事”を取れるかってところが勝負ですね。よくそういった要望をもらうので、おすすめのレシピをまとめて教えたりもしますよ。

それから女子チーム特有のこととしては、月経などの悩みを抱えているメンバーも少なくありません。なので私は栄養面からフォローして、薬剤師は市販の痛み止めやピルの提案といった観点から彼女たちをサポートすることもあります。
ちなみに一緒に動いている薬剤師も女性なので、同性同士だからそういった相談でもしやすいメリットはあると思います。
——同じ女性として、同性のスタッフがいるのはとても有難いと思います。Iさんは監督やトレーナー、ほかの医療スタッフとも関わることはありますか?
一番関わるのは監督ですね。SNSでもよくやり取りしますし、選手たちと個別連絡をするときにも、必ず監督はトークグループに入っています。
トレーナーは3人いて、選手の体づくりをサポートするフィジカルトレーナーとは関わる分野も近いのでよく意見交換しますね。選手のケガ予防やケアをするアスレティックトレーナーは、SNSグループでケガ人の情報などを頻繁に上げてくれています。
チームにはスポーツドクターもいて、整形外科の先生なので外傷をメインに診てもらっています。ただ内科系に関しては詳しいスタッフがあまりいないので、選手たちのメディカルチェック(健康診断)をするときは、私や薬剤師が中心になって血液検査の数値などもチェックしています。
3.一発合格率1〜2割の公認スポーツ栄養士の資格取得
——スポーツチームのスタッフになるうえで、やはり資格はあったほうが有利なんでしょうか?
資格の種類にもよりますし、取得して必ず有利に働くわけじゃないですけど、必要な知識を効率よく学んで、その証明として持っておくにはいいと思いますよ。
スポーツ栄養分野でいえば、公認スポーツ栄養士が一番コンパクトに学べると思います。これまで専門学校や大学で学習してなくても、カリキュラムのなかでサポートに必要な基礎知識を一気に身につけられるので。ただ、比較的難易度は高いと思います。
まず受講人数に制限があって、抽選と書類選考を経て受講できる人は毎年70〜80人くらい。そこから3年間いろいろな講習や試験、インターンシップをクリアしていく必要があるので、ストレートに合格できる人は1割から2割とも言われてます。4年以内に受かればいいので、2年目以降も再チャレンジして徐々に合格していくって感じですね。
——1割から2割! ということは合格者は10人前後? なかなかハードルが高いですね……。
私はストレートに合格できたんですが、受講資格を得る前の書類選考では一度落とされました。ちょうど転職した年で仕事が決まっていなかったのが敗因だったかも……と今振り返れば思います。
あとやっぱり知識だけあっても実践で使えなきゃ意味がないので、経験が重視されますよね。私の場合、前職のメディカルフィットネスクラブでインストラクターをやっていたので、栄養面だけじゃなくて運動指導の経験もあるっていうところがプラスになったんじゃないかなと。
4.副業は実業団チームのサポートと講師業

——経験というと、副業で陸上選手を長年サポートされてきた経験も大きそうですよね。
そうですね。一番長くサポートしてきたチームは、ボランティアから始まって11年間サポートしました。うちの会社は副業OKなので、今では有償契約として別の実業団チームと個人選手をサポートしてます。
幅広い競技を見られる栄養士さんは結構いると思うんですけど、私は陸上に特化してきたからこそ頼まれる仕事が多いなと思います。陸上選手ってたくさん食べるけど身体は絞らなきゃいけないので、ほかのスポーツと比べて結構特殊なんですよね。
私自身も学生時代からずっとマラソンを続けている競技経験があることと、かつ陸上コーチの資格も持っているので、選手たちに対して「カーボローディング*でこうやって食事を取ると、こんな感覚で走れるよ」みたいに競技者目線でもアドバイスできるのは強みかなと思います。
*カーボローディング…エネルギーを長時間体内に蓄えるための食事法のこと。持久力が必要とされる競技などで取り入れられる。
もし自分でプレイできないなら、せめて試合を観に行ったりして競技者を観察したほうがいいと思います。私もサッカーはできないので、試合に行けないときはYouTubeのライブ配信をチェックするようにしてます。
——副業でサポートしている実業団チームに対しては、今はどんな関わり方をされてるんですか?
ニューイヤー駅伝に出ている10人くらいの男子チームを見ています。「寮の食事がおいしくないから改善してほしい」というのが最初の要望だったので、委託先の栄養士さんと調理師さんと一緒に献立の見直しから始めました。
今では2ヶ月に1回寮を訪問していて、献立介入のほか、選手との個別面談や全体講義もやっています。あとはSNSでの個別相談も都度受けてますね。
——かなり盛りだくさんに聞こえるんですが、本業と副業のバランスってどうなってるんですか?
基本は本業メインですよ。副業でチームに行くのは2ヶ月に1回ですし、献立チェックも時間があるときに30分〜1時間くらいでパパッて返信するとか。なので週に数時間の稼働くらいですね。
あとは講師業が年に2、3回くらいありますね。例えば消防隊員の方向けに熱中症対策の講義をしたり、スポーツ指導者を目指す方や、もっと広くスポーツ愛好家の方向けの講習会とか。
——そういった仕事はどこから依頼が?
知り合い経由や紹介が多いです。実業団チームで言うと、今のコーチがもともと知り合いでした。講師業は紹介で頼まれることもありますし、日本スポーツ栄養協会が仕事を斡旋していて、講師を引き受けてくれる公認スポーツ栄養士の募集をかけています。
あと一時期は自分から営業してたこともありますよ。自分の経歴やスキル、大学院での研究内容などを紙一枚にまとめて「スポーツ栄養士いらない?」って知り合いに聞いてました。
——人脈も大事なんですね。実業団チームとの契約はどんな形で結ばれるんですか?
スポーツチームとの契約って結構あやふやなんですよね。年契約のところもありますし、私の場合は「1ヶ月にこのくらいのサポート内容でいくら」って決めてます。相手から予算をもらって「その金額なら訪問回数は◯回で、SNSでの相談も乗れます」みたいな感じです。
私は本業もあるのでそこまで厳密にならずに口約束で決めちゃってますけど、フリーランスの方とかはちゃんと契約書を交わしたりしたほうがいいかもしれませんね。
——どのくらいの指導料なのか伺ってもいいですか?
今のチームは、1回の訪問で献立指導を入れて4万円です。そのチームのトレーナーさんと同額にしてもらいました。SNS相談分はまた別でもらってます。
ちなみに以前見ていたチームは2ヶ月に1回の訪問、献立指導がメインで年間50万円くらいでした。サポートする人数や関わり方、それからチームの財政状況などにもよるので、相場っていうのもなかなか難しいんですけど。
——なるほど。では最後に、これからスポーツ栄養士として働きたいという人は、どんなことを意識していけばいいでしょうか。
選手たちの食事を作る、つまり調理込みのスポーツ栄養士の求人なら結構あると思います。ただ大量の食事作りはハードなので、調理に追われてしまって栄養指導がなかなかできないという声は結構聞きます。
なのでスポーツ栄養士と一口に言っても、選手たちとどう関わっていきたいのか、自分はどんなスポーツ栄養士を目指すのかという軸を明確にしておくことが大切だと思います。私も大量調理の経験、スポーツチームの指導をボランティアから始めたことなど、いろいろな経験を積むなかでやっていきたい方向が見つかってきたので。たくさん動いて、考えながら自分の行く方向性を目指していけたらいいですね。