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休みの「量」から「質」の確保へ
24時間体制で患者や利用者をケアする医療・福祉分野では、変則的なシフトや緊急対応も多く発生します。夜勤明けにまたシフトに入る、帰宅後もオンコール対応があるなど、独特な働き方があるのが現状です。
これまでの働き方改革では、労働時間の上限規制などにより働き過ぎを防ぎ、休みの「量」の確保が進められてきました。労働者の心身を守り、長期的に働くためには休む量だけでなく「質」の確保も欠かせません。
こうした背景から、1987年以来となる労働基準法の抜本的な見直しが議論されるようになりました。
医療・福祉に影響する「勤務間インターバル」と「つながらない権利」
今回、検討されている主な改正点は次のとおりです。
議論されている主な項目
- 勤務間インターバル……終業から始業まで一定時間の休息を義務化。
- つながらない権利……勤務時間外の連絡対応を拒否できる権利の確保。
- 休日の規制……現行の「4週4休」から、13日を超える連続勤務を法律で禁止。
- 週44時間特例の廃止……週44時間の法定労働時間の特例廃止。
- 兼業時間の計算ルール……副業先との労働時間を合算する方式から、事業所ごとに計算する分離方式への見直し。
- 裁量労働制の対象業務の拡大……労使委員会の手続き見直しや対象業務の拡大を検討。
上記のなかでも、とくに「勤務間インターバル」と「つながらない権利」は、医療・福祉の休み方や休む環境に大きな変化をもたらすと考えられます。

当初は、2027年ごろの施行が想定されていましたが、2025年12月に通常国会への提出見送りが決定されました。ただし、先送りと言っても白紙に戻ったわけではありません。
今回の改正議論は、2018年の「働き方改革関連法」成立時に、「施行5年後をめどに、制度を点検し、必要な措置を講じる」ことが法律で義務付けられていたためです。この働き方改革関連法は、労働基準法の改正を含む一連の制度見直しでした。そして、今回の議論もその延長線上にあります。
医療・福祉現場に直結する「勤務間インターバル」や「つながらない権利」といったテーマは、今後制度化される見込みが高く、理解を深め準備を進めていくことが大切です。
制度の導入による影響や整理すべきポイントを、労働法や労務管理の専門家3人の意見を交えて紹介します。
医学的にも休みの「質」が欠かせない理由
今回の改正案で休む「質」の確保へとシフトしている背景と目的を、立正大学で労働法を研究する高橋教授は次のように話します。

高橋教授:週55時間以上などの長時間労働が続くと、心疾患や脳血管疾患、うつ病になるリスクが高まることは研究でも明らかになっています。これまでこうした研究結果が労災認定には活用されてきましたが、労働時間規制には活かされてきませんでした。
過去に起きた過労死裁判の分析からも、週55時間を超える長時間労働が続くと、心疾患や脳血管疾患による過労死のリスクが高まることがわかっています。またこうしたリスクは、終業から始業までの休息時間が短い場合にも高まることが明らかになっています。
終業から始業まで11時間を設けるなどの勤務間インターバルは、労働者の心身を守るうえで不可欠です。
EUでは、勤務時間外にオンラインなどでつながることによる健康リスクが報告されており、すでに法律が整備されています。日本でもこうした流れを受け、休息の質を担保するための規制を求める声が上がっていました。
ただ、現行の議論には課題もあると指摘します。
高橋教授:睡眠科学者の見解では、11時間のインターバルでも足りないと言われています。通勤時間や食事、家事の時間も考えると、7〜8時間の睡眠を確保するには11時間以上が必要と言えます。努力義務から義務化への一歩は前進ですが、日本の通勤事情なども考慮した設計が必要です。
現場で「休ませる」ための仕組みづくりを
法律が変わっても、現場で運用できなければ意味がありません。「つながらない権利」など現代の労働時間管理を研究する青山学院大学の細川教授は、医療・福祉の労働時間について、次のように指摘します。

細川教授:医療や福祉の現場には、労働時間のグレー問題があります。例えば、オンコールで待機している時間や、新人看護師が患者の疾患について勉強している時間、若手医師が手技を練習している時間などです。
これらは、実際に患者や利用者と接する時間ではないため、実労働時間と見なされないケースもあります。ですが、業務命令によって待機し、呼び出される可能性が十分ある、または業務上必要なためおこなっているのであれば労働時間に該当し得るというのが私の見解です。
もしこうした時間が適切に管理されなければ、過労死にもつながる可能性があります。まずはどの部署でどのような業務があるか洗い出し、実態把握に努めることが大切です。
そのうえで、どのような形であれば現場は回るかを検討していくのが現実的だと考えます。その際、好事例を収集して参考にすることも有効です。
さらに、医療・福祉従事者の「善意」や「個人の頑張り」に頼らない仕組み化が大切だと話します。
細川教授:今回の改正案の導入で重要なのは「公平性」と「負担の分散」です。医療・福祉に携わる人は義務感が強い人が多く、なかには無理をしてしまう人もいます。そういう人は自ら休もうとしません。
しかし、その結果として心身の健康を損ねてしまっては、本人にとっても、事業所にとっても望ましい状態とはいえません。だからこそシステム化して、無理やりにでも休んでもらう仕組みを作ることが大切です。
例えば、3人のオンコール担当者を設ける場合、ローテーションで「今夜は確実に休める番」をつくるだけで、心理的な負担は大きく変わります。
いつ呼び出されるかわからない状態にあると、心理的な緊張から休息の質が低下することは、医学的にも解明されています。全員が常に待機している状態では、結果として全員の休息の質が下がってしまいます。だからこそ、優先順位付けなどによって「確実に休める時間」を設け、良質な休息の機会を少しでも確保する工夫が重要です。
もし、人手不足で一つの事業所で回しきれない場合は、地域内の異なる法人と連携するなどの体制づくりも必要です。同業者同士で協力し合うことが、結果として地域医療・福祉の維持につながります。
医療・福祉にこそ関係する制度改正
現場ではこの議論をどう受け止めているのでしょうか。医療機関を支援する吉澤社労士事務所代表の吉澤さんは、次のように話します。

吉澤さん:労働法改正の議論について、現場では知らない人が多いと思います。今の現場は診療報酬改定への対応で手いっぱいではないでしょうか。本格的に導入が決まっても「医療・福祉は例外で関係ない」と思っている人が多いと想像します。働き方改革のときも直前になってようやく「これは本気だ」となって、バタバタと対応した病院がほとんどでした。
改正法の実現に際し、以下の懸念点を示します。
吉澤さん:「つながらない権利」に関して医療機関では、夜間の呼び出しを完全になくすことは極めて困難です。看護師や当直医が夜間に主治医と連絡を取るケースは頻繁にあり、患者へ最適な処置をおこなうために連絡せざるを得ないケースは少なくありません。現場にしてみたら、「つながらない体制で患者さんを救えるのか」という疑問が湧くと思います。
一般企業の場合は終業後に連絡を取らないというルールを守ることができても、医療・福祉ではある程度独自のルールが必要ではないでしょうか。
また、「勤務間インターバル」についても、このように話します。
吉澤さん:2024年に医師の働き方改革が導入された際も、一部の医療機関には最低9時間以上の勤務間インターバルが努力義務となりました。ですが、日本企業全体に目を向けると、導入割合*は低い状況です。もしオンコールで呼び出されてそこから勤務間インターバルがリセットされると、翌日のシフトに穴が空いてしまうなどの懸念があります。
*厚生労働省|令和6年就労条件総合調査の概況によると、勤務間インターバル制度を導入している企業の割合は5.7%
一方で、今回の改正を持続可能な組織づくりを見据えた好機と捉えてほしいと話します。
吉澤さん:法改正の目的は労働者の健康を守ることです。これまで、医療・福祉では従事者を人的資源と捉え、辞めたらまた採用を繰り返す、“つぎはぎだらけの組織運営”が一般的でした。ですが、今後は人が資産という発想の転換が必要になってきます。
そのためには、どのようなルールが組織にとって最適か労働者と管理者が一緒に考えることが大切です。誰か一人に負担がいかないよう、人を大切に育て、中長期的に組織の価値を上げていく機会と捉えてほしいです。
休める職場が組織を守る
約40年ぶりとなる今回の改正を、医療・福祉の現場はどう受け止め、活かすべきなのでしょうか。3人に聞きました。
高橋教授:「勤務間インターバル」や「つながらない権利」の導入は持続可能ではないという反発があるかもしれません。しかし、私はその逆が真理だと考えています。労働基準法の前身である「工場法」ができた際も、労働時間を抑制することが経済の発展につながると考えられてきました。
人口減少と労働時間の増加が一緒に議論されるのは、医療・福祉ならではです。他産業と同様にまずはこれらを分けて考え、制度を味方につけ、労働時間に配慮して、誰もが健やかにケアを提供できる職場を築くことが医療・福祉を守る道となります。
細川教授:休みが量・質共に確保できることは、人材の定着にもつながり、結果的に人材不足対策にもなり得ます。こうした悩みを抱えている事業所にとっても、持続可能な組織になるための投資と考えて、前向きに取り組んでいただきたいなと思います。
吉澤さん:労働管理や休息ルールが整備されれば、採用の面ではプラスになる可能性があります。医療・福祉は人が命です。人の健康や生活を支える仕事を担う人がボロボロになっていたら、人は集まりません。明るい労働環境・労働文化の構築を期待しています。
参考
- 厚生労働省|労働条件分科会(第193回)参考資料
- 厚生労働省|労働基準関係法制研究会報告書