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医療・福祉はメンタル不調に陥りやすい?
これまで、なるほど!ジョブメドレーでは、メンタル不調に直面したさまざまな医療・福祉従事者にインタビューをおこなってきました。そこで共通していたのは、「心身の健康に関する知識がある専門職でありながら、自分のことになると、限界を迎えるまで不調に気づけなかった」ということでした。
- 次第に、当たり前のようにできていた点滴準備ですら、何をどうしたらいいのかわからない状態になり、精神科を受診したところ「うつ状態」と診断され、休職することになりました。(看護師のYさん)
- 職場を思うと、喉の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われるようになりました。(元医療ソーシャルワーカーのSさん)
- ある日突然幼稚園に行けなくなったんです。眠れないし、食べることもできないしで病院に行ってみたら、うつ病と診断されました。(保育士・幼稚園教諭のSさん)
医療・福祉の精神障害請求件数は5年で約2倍に
厚生労働省が公表している「過労死等の労災補償状況」によると、医療・福祉業種の精神障害による労災請求件数は過去5年間で約2倍に増えています。

また、日本看護協会がおこなった「2024年病院看護実態調査」では、病気による1ヶ月以上の連続休暇を取得した正職員がいた病院のうち、「メンタル不調者がいた」と回答した病院は80.7%でした。
専門家「医療・福祉は感情面の負担が著しい」
医療・福祉職がメンタルヘルス不調に陥る原因は、個人の性格や根性の問題ではなく、医療・福祉分野ならではの構造にあると専門家は話します。過労死や睡眠を専門的に研究してきた大原記念労働科学研究所の佐々木司さんに、メンタルヘルス不調の原因と対処法を聞きました。
話を聞いた人

公益財団法人 大原記念労働科学研究所 研究部 上席主任研究員 佐々木司さん
千葉大学大学院自然科学研究科を修了後、Institute of Circadian Physiology協力研究員、Karolinska Institute客員研究員を務める。2001年より現職。
社会に欠かせない医療・福祉の仕事。メンタル不調は、その業務特性に起因すると佐々木さんは話します。
佐々木さん
「医療・福祉の仕事は感情労働です。これは米国の社会学者アーリー・ホックシールドが提唱した概念で、仕事のなかで自分の感情を調整しながら他者と関わる労働のことを指します。
医療・福祉の現場では患者や利用者、その家族に向き合い、不安や怒りを向けられることもあります。身体的な疲労以外にも、感情をコントロールし続けることで、感情面の負担が常に発生しています。
こうした負担が蓄積すると、感情エネルギーが枯渇してしまいメンタルに不調を来してしまうのです」

見過ごせない「夜勤」と「長時間労働」の影響
感情面の負担に加え、24時間体制やオンコールなどの労働環境の影響も大きいと指摘します。
佐々木さん
「16時間夜勤は、諸外国で『ダブルシフト(2回分の勤務)』と呼ばれ、日勤の2倍に相当する過酷な労働です。海外では日中の16時間勤務はあっても、生体リズムに反する夜勤を含む16時間勤務はほとんど見られません。
近年、夜勤自体も女性にとって乳がんのリスク要因となる可能性が指摘されており、諸外国では避けられる傾向にあります。このように、長時間・夜勤体制は心身にとって極めて負担の大きい労働といえます。
また心理社会医学の研究では、自分のペースで仕事を進められない職種ほど、その負担をより大きく感じやすいことが明らかになっています」
これらの働き方による負荷の大きさは、過労死の認定基準にも反映されています。

知識があるのに自分の不調に気づけない理由
知識があるはずの医療・福祉従事者は、なぜ自身のメンタル不調に気づきづらいのでしょうか。佐々木さんは次のように指摘します。
佐々木さん
「医療・福祉従事者は、体のことを学んできたという自負があります。また、職種によっては周囲に相談できる専門家(同僚や先輩)がいるという安心感もあるかもしれません。そうしたことが、結果として『自分は大丈夫』という過信につながり、SOSを見逃す要因になることがあります。
また、患者や利用者に常に向き合っていることも影響しています。相手への使命感や自己犠牲の精神が強いほど、自身の疲労を後回しにし、客観的な判断を難しくさせてしまうのではないでしょうか」
さらに、業務をおこなう体制も影響していると話します。
佐々木さん
「多職種連携やチームワークは、医療・福祉分野では必須です。近年の業務は複雑化しているため、一つの業種で解決するのが困難な事例が多くなっています。自分の業務が終わっても『あの患者さんはその後どうなったか』『引き継ぎは十分だったか』などと気になり、心理的に仕事から離れにくいのが実情です」
限界を迎える前にできること
医療・福祉職のメンタル不調は、過酷な労働環境や専門職ゆえの責任感、チーム体制など複数の要因が絡み合って起こります。では、限界を迎える前に個人としてできることはあるのでしょうか。佐々木さんは大きく2つのことを意識してほしいと話します。
仕事を意識的に切り離す「心理的ディタッチメント」
佐々木さん
「医療・福祉分野では、日勤以外にも準夜勤、深夜勤、夜勤、オンコールなどさまざまな勤務形態があり、労働時間が不規則になることもあります。そのため、仕事とプライベートのオンとオフがつけづらく、心身の回復時間が十分設けられないのも実情です。
心身の健康を損ねればケアの質や安全にも関わってくるため、終業後は『心理的ディタッチメント(仕事から心理的に距離を置くこと)』を意識的に設けることが大切です。
そのためには、終業時に明日のタスクをメモして仕事から一旦離れるなどのルーティーンを設けることや、趣味や運動など仕事とは関係のない時間を設け、回復活動を意識することも有効です」
「専門職」である前に「労働者」の意識
佐々木さん
「専門職以上に、自分も労働者という意識を持つことが大切です。医療・福祉の仕事は患者や利用者の命や生活に関わるため、使命感や自己犠牲により頑張りすぎてしまう人もいます。
心身の健康を確保し適切な休息を取ることは、労働者としての権利であると同時に、患者や利用者の安全を守るためことにもつながります」
個人の意識変容と同時に、管理・教育側ができることとして、次のように話します。
佐々木さん
「働き方改革の進展により、医療・福祉の現場でも定量的な労働時間は改善しつつあります。管理側としては、平均的な労働時間を見て安心するのではなく、一部の人に負担が偏っていないかの配慮も必要です。
また、メンタルに不調をきたしている職員の早期発見には、産業保健スタッフの充実とアクセスしやすい環境を整えることが大切です。同時に重要だと考えているのが、看護や福祉の専門学校などの教育機関において、学生のうちから睡眠や休息、産業保健の重要性を伝えていくことです。
そして何より、持続可能な組織として存続していくためにも、医療・福祉従事者を使い捨てにしないということに尽きると思います」