目次
話を聞いたのはこんな人

知識ゼロで飛び込んだ医療業界
──まずは簡単に自己紹介とご経歴を教えてください。
ゆうさん:現在37歳で、妻と子ども3人と関西で暮らしています。
高校卒業後にアパレル業界で働き、27歳で医療業界に転職しました。医療事務の委託会社に入社し10年ほど勤めたあと、昨年オンライン診療を運営するIT企業に転職しました。現在はフルリモートの医療事務として働いています。
──アパレルから医療とは、大きく業界を変えられたんですね。
アパレルの仕事自体は楽しかったんですが、契約社員だったこともあり、もっと安定した仕事に就いたほうがいいと思ったんです。求人情報誌を見ていたら、たまたま地元の急性期病院の医療事務の求人(正社員)を見つけました。医療事務についての知識はゼロでしたが、どうせなら人の役に立つ仕事をしたいと思っていたので「これだ」と思って応募し、採用してもらえることになりました。
──未経験でもスムーズに採用されたんですね。就職先はどんなところでしたか?
病院の直接雇用だと思っていたんですが、実際に入社したのは病院の医療事務を受託する会社でした。求人票で見た急性期病院には、その会社の社員として勤務することになりました。
その会社には10年間勤務して、3つの病院を経験しました。それぞれの病院の特徴はこんな感じです。
- 1つ目の病院:300床規模の急性期病院。事務スタッフは100人程度
- 2つ目の病院:150床規模の地域密着型ケアミックス病院。事務スタッフは30人程度
- 3つ目の病院:300床規模の急性期病院。事務スタッフは70人程度
初めての仕事は、夜間の救急外来の受付でした。専門用語はまったくわからないし、慣れない夜勤は体力的にキツかったです。それでも人の役に立てているのはうれしくて、大変ながらもやりがいを感じられました。
業務の幅は徐々に広がり、外来だけでなく入院の会計、算定業務など医療事務としてのひととおりの仕事を経験したあと、管理職として10〜20人ほどのスタッフのマネジメントもするようになりました。
医療事務の部署立ち上げが「10年間で一番過酷」
──それぞれの病院の在籍期間はどれくらいでしたか?
1つ目の病院では5年ほど、その後異動して2つ目の病院で3年ほど働いたあと、3つ目の病院では立ち上げを経験しました。
──「立ち上げ」とは何でしょうか?
私が所属していたような委託会社は、医療事務業務を病院から受託するための競争入札に参加し、受託が決まるとゼロから部署を立ち上げる仕組みになっています。前の委託会社から引き継ぎを受けたあと、スタッフを社内外から集め、新たにマニュアルなどの制度を整え、病院のスタッフとの関係を構築するんです。これら一連の立ち上げの責任者を任されました。

──新規部署の立ち上げとは、かなりの大仕事ですね。
長時間残業が当たり前の毎日で、この10年間で一番過酷でしたね……。正直、長くは続けられないと思っていましたが、徐々に体制が落ち着いてきたところで後任に任せることができ、2つ目の病院にまた戻ることになりました。
──10年も続けていると、「仕事を辞めたい」と思う瞬間もあったのでは?
ありますね。実は、最初の異動は「辞めたい」と上司に相談した結果だったんです。当時は忙しい職場でしたし、自分よりも経験豊富なスタッフを管理する立場にプレッシャーを感じていました。それを上司に相談したところ、「それなら落ち着いた環境の病院へ移ってみようか」と提案され、異動することになったんです。
今思えば、このような異動は委託会社で働くメリットかもしれないですね。直接雇用だったらその職場に居続けるか辞めるかの2択になりやすいですが、異動という選択肢があったおかげで、10年間もひとつの会社で続けられました。
──一度は退職まで考えたのに、その後立ち上げの責任者を引き受けるとは、よく覚悟されましたね。
チャンスをいただけたら、ひとまずやってみる性格なんです。あとは最初の病院でつらい時期もありましたが、2つ目の地域密着型の病院では穏やかな職場環境だったので、一度リセットされたのかもしれませんね。
立ち上げの経験も、今振り返れば良い経験をさせてもらったと思います。「またやりたいか」と聞かれたら、そう簡単に首を縦には振れませんが(笑)。
──立ち上げ後、もともと居た2つ目の病院に戻って、その後はどうなりましたか?
2つ目の病院に戻ってからは、引き続きマネジメントや採用業務の責任者を続けました。スタッフたちから「あんた戻ってきたんか」と言われるような気心の知れた環境なので、落ち着いて仕事に向き合うことができました。
そして、この10年間でマネジメントから採用、新規立ち上げとひととおりを経験し「やり切った」と思えたので、転職することに決めました。
──その転職先が、現在フルリモート勤務しているオンライン診療の会社ですか?
そうです。実はこれまで通勤がかなりの負担になっていました。最初は地元の病院でしたが、2つ目・3つ目の病院は車で片道1時間ほどかかっていたんです。平日は家族と顔を合わせる時間があまりに短くて、どうにかしたいと思っていました。
フルリモートで働ければ、医療事務以外の仕事でもいいと思っていましたが、結果的に医療事務の仕事で採用してもらえました。
年収は下がっても実質プラス? フルリモートの医療事務とは
──フルリモートの医療事務は珍しいと思いますが、どのように見つけましたか? また、選考過程で特徴的なことがあれば教えてください。
とにかく求人が少ないので、複数の求人サイトに登録して、地道に探し続けました。実際に見つけたフルリモートの医療事務求人は5件程度で、すべてに応募し、そのうちの1社で採用されました。
選考は書類選考、リモート面接1回、算定の実務テストという内容でした。面接では「Slackなどのチャットアプリが使えるか」とは聞かれましたが、ITに関しての専門的な質問はそこまで多くはなかったです。どちらかというと、医療事務としての現場経験に関する質問が多く、実績を重視されました。
──経験者が求められたんですね。フルリモートでの業務内容や働き方はどうですか?
オンライン診療の算定業務を担当しています。資格証の確認などの受付業務は別のスタッフが担当しています。
勤務中は同じチームのスタッフと常時ビデオ通話をつなぎながら作業をします。お互いの様子が見えるので、相談したいときはすぐに声をかけられて、対面と変わらない感覚です。また、チャットツールで連絡することもできます。
朝8時にパソコンをつけて始業し、定時の17時には仕事が終わります。すぐにプライベートの時間に切り替えられるので、もう前の働き方には戻れないですね。平日ほとんど話せなかった子どもたちとの時間も十分取れるようになりました。

──家族の時間が取れるようになったんですね。反対に、リモート勤務によるデメリットはありますか?
ずっと座りっぱなしなので、腰が痛くなることですかね(苦笑)。また、業務内容としては少し物足りなさを感じることもあります。オンライン診療では風邪や皮膚トラブルなどの比較的軽度の症状で受診されることが多いので、算定内容もあまり変わり映えしない傾向があります。
それでも、少し余裕のある働き方が、今の自分にはちょうどいいです。
──給与面も気になるところです。リモート勤務になり変化はありましたか?
転職して年収は50〜60万円ほど下がり、400万円くらいです。ただ、前職はかなりの残業をしたうえでの金額でしたし、通勤でガソリン代を月2万円ほど自己負担していました。今は残業がほぼゼロで、長距離通勤によるガソリン代や車の維持費もかかりません。そう考えると、年収は下がっても実質的にはプラスになっていると思います。
男性の医療事務として働くということ
──医療事務は女性が多い職業ですが、男性が働くうえで、性別による違いを感じることはありますか?
受付に立っていると、とくに高齢の患者さんからは「あら、男性の受付なのね」「男の人って珍しいわね」と、よく言われます(笑)。
男性であることがマイナスに働いたことはほとんどなくて、むしろ良い面もあるんです。受付に私が立つ日は、大声で怒鳴るような患者さんが減りました。男性の医療事務がいるだけで、カスタマーハラスメントの抑止力になるのは大きなメリットだと思います。
──院内の治安が保たれるのは職場全体としてもありがたいことですね。女性中心の職場では人間関係で悩む人もいると思います。その点はどうでしたか?
私の居た職場環境が恵まれていただけかもしれませんが、人間関係で苦労したことはあまりないんですよね。もしかしたら、男性だからこそ女性特有のグループや派閥に関係なく立ち回れていたのかもしれません。
どの職場でも、先入観を持たずに自分からコミュニケーションを取ることを大切にしていました。周りのスタッフから噂話を聞いたとしても、その話が本当なのかは実際に本人と話してみないとわかりません。周囲の反応に惑わされずに、自分から心を開いて相手と関わることが、良い人間関係を築くコツだと思います。
採用を経験したからわかる「受かる人」の特徴
──前職では採用も担当していたとのことですが、医療事務の採用では何を重視していましたか?

面接で一番重視していたのは、「今いるスタッフとの相性が良さそうか」という点です。どれだけ優秀でも今の職場に合わない人が入ってしまうと、チームワークが悪くなってしまいます。加えて、その人の話し方や表情、会話のキャッチボールができているかといった、コミュニケーション力も見ていました。
経験や資格は、入社後にいくらでも身につけられます。しかし、その人の持つコミュニケーション力や人柄は簡単には変えられないので、面接ではその点を見極めるように意識していました。
──そうは言っても、もし同じような条件や人柄で「経験者」と「未経験者」がいた場合は、やはり「経験者」のほうが有利ですか?
職場の採用方針によると思いますが、未経験の人を採用することも珍しくありません。経験者の場合、「前職ではこうだった」と前職でのやり方に固執してしまう人が時々います。それなら、真っさらな状態の未経験者に入ってもらうほうが、受け入れる側にとってもやりやすい面があるからです。
──では、年齢によって採用されやすさに違いはありますか?
私なら年齢よりも人柄を重視しますね。現場とマッチしていれば、経験や年齢は問いませんでした。実際に採用していた年齢層は10代から50代まで幅広く、とくに多かったのは子育てがある程度落ち着いた40代、50代でした。
AI時代の医療事務の今後
──昨今のAIの普及によって、医療事務の仕事がなくなってしまうのではないかという声もあります。これについてはどう考えていますか。
単純な入力作業や照会作業といった定型業務は、AIに変わっていくでしょう。ですが、すべての業務がAIに置き換わることはないと思います。
診療報酬の算定ルールは、解釈の余地が大きいです。文言自体があえて言い切らない書き方をしていて、あやふやな表現もあります。そのため、患者さんのそのときの状況や検査結果に応じて、解釈が変わります。この状況を読み取る力や、人の解釈による判断は、AIにはまだ難しいと思います。AIが候補を出してくれるところまでは進むと思いますが、最終判断は人間がやらざるを得ません。最終的には、人間とAIの役割が半々くらいになるのではないかと考えています。
──人間の仕事は役割を変えながらも残り続けるんですね。では最後に、医療事務の仕事に興味がある方や、これから挑戦してみようとしている方に向けて、メッセージをいただけますか?
医療事務がどんな仕事なのかネットで口コミを調べてみると、大変な面ばかりを目にすることもあると思います。ただ、ネガティブな声は大きく取り上げられやすいということを知っておいてほしいです。
実際に自分の目で確かめてみて、もし本当に合わない職場だったら、そのときは辞めてもいいです。「また次を探して、やり直せばええやん」というくらいの気持ちで、気負いすぎずに挑戦してみてはどうでしょうか。