この記事をまとめると
・労災保険とは、業務または通勤中のけがや病気に対する補償制度
・労災保険は治療費の自己負担額がゼロ
・事業主は加入が必須。保険料は事業主が全額負担する
1. 労災保険とは?
労災保険は正式名称を労働者災害補償保険といい、通勤中や仕事中のけがや病気、障害、死亡に対して、本人やその遺族のために必要な給付をおこなう保険です。
けがや病気に対する給付と聞いてまず思い浮かぶのが健康保険ですが、けがや病気が通勤や仕事に起因するもの=労働災害と認定されると健康保険ではなく労災保険の補償対象となります。労災保険の場合、治療費の自己負担額がゼロになるなど健康保険よりも手厚い補償を受けられます。
労災保険は従業員を一人でも雇う事業主は必ず加入しなければなりません。事業主の業種や規模、形態(法人であるか個人であるか)は問いません。また、正社員だけでなくパートやアルバイトの方も加入対象となります。労災保険の保険料は事業主が全額負担します。
労災保険に加入するには事業主が労働基準監督署(労基署)に保険関係成立届を提出することになっています。たとえ加入手続きがおこなわれていなくても、事業主が従業員を一人でも雇う限り保険関係は成立していますが、仕事を探すときには求人情報に「労災保険」の表示があることを確認しましょう。ジョブメドレーの場合は「待遇」の欄に記載があります。

tips|個人事業主として働く柔道整復師も労災保険に「特別加入」できるように
経営者や自営業者、個人事業主(フリーランス)などは労災保険に加入することができません。しかし、一定の要件を満たす場合には、保険料を自ら負担することで任意加入することができます。これを「特別加入」といいます。
これまで個人事業主で特別加入が認められているのは、仕事中にけがをするリスクの高い運送業や建設業、林業、漁業などに限られてきましたが、2021年4月から新たに「柔道整復師」も特別加入できるようになる見通しです。個人事業主として業務委託契約で働く柔道整復師の方にとっては朗報です。
柔道整復師以外にも、美容師や鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師などに業務委託契約の求人が増えています。多様な働き方が認められるようになるなか、仕事中のけがや病気にいかに備えるかは引き続き課題となりそうです。
─参考:厚生労働省|第92回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会
社会保険とは、けがや病気、休業、失業、障害、老齢、死亡などのリスクを社会全体で支え合う仕組みです。厳密には健康保険、介護保険、厚生年金の3つが社会保険(狭義の社会保険)に、労災保険と雇用保険の2つが労働保険に当たりますが、求人情報にある「社会保険完備」の「社会保険」はこれら5つすべてを指します(広義の社会保険)。社会保険は誰もが必要となりうる必要最低限の保険ですので、要件を満たす人は必ず加入しなければなりません(強制保険)。

2. 労災保険の給付対象
労災保険の給付対象となる労働災害(以下、労災)には、通勤災害と業務災害の2種類があります。どのようなときに通勤災害や労働災害と認められるのか、具体例を挙げながら解説します。
・通勤災害と認定されるもの
通勤災害とは通勤によって被ったけがや病気などを指します。
ここでいう「通勤」とは事業主に報告している通勤経路と手段のことです。私用でこの経路から外れたり、電車通勤と申告しているのに自転車で通勤したりして事故に遭った場合には通勤災害と認められません。
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ただし、私用であっても次のような場合は(経路から逸脱・中断している間を除き)申告した経路に戻ったあとに限り、通勤災害と認められます。
逸脱・中断の例外(経路に戻ったあとは「通勤」となる例)
- 投票に行く
- 職業訓練に行く
- 家族の介護に行く
- 日用品の購入に行く
- 診察・治療のために病院に行く
・業務災害と認定されるもの
業務災害とは業務によって被ったけがや病気などを指します。
就業中に発生したものについては原則業務災害と認められますが、休憩中に発生したもの、個人的な事情によるものは業務災害と認められません。ただし、休憩中であっても施設や設備の管理状況が原因であれば業務災害と認められます。
また、特定の業務に従事していることによって発症する可能性の高い病気、いわゆる「職業病」も業務災害として労災保険の給付対象となります。労働基準法では業務上疾病、医学用語では職業性疾病と呼ばれます。さらに、働きすぎが原因の脳・心臓疾患、上司からのパワハラや同僚からのいやがらせが原因の精神障害も業務災害として労災保険の給付対象となります。
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医療・福祉業界に多い業務上疾病は腰痛や感染症です。とくに感染症は全業種の発生件数の6割を占めており、医療・福祉業界特有のものといえます。
保健衛生業 | 全業種に占める割合 | |
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負傷に起因する疾病 (うち腰痛) |
1,750件 (1,648件) |
29.1% (32.1%) |
病原体による疾病 | 69件 | 61.1% |
重激な業務による運動器疾患と内臓脱 | 22件 | 18.6% |
異常温度条件による疾病(熱中症など) | 21件 | 2.0% |
手指前腕の障害および頸肩腕症候群 | 17件 | 8.1% |
強い心理的ストレスを伴う業務による精神障害 | 14件 | 24.1% |
─参考:厚生労働省|平成31年/令和元年 業務上疾病発生状況等調査
tips|職場で新型コロナウイルス(COVID-19)に感染したらどうなる?
医療・介護従事者が新型コロナウイルスに感染した場合、業務外で感染したことが明らかでない限り、原則として労災認定されます。
<医療・介護従事者が労災認定された例>
- 新型コロナウイルスに感染していた患者を診察した医師
- 不特定多数の患者に問診・採血をおこなっていた看護師
- 利用者が新型コロナウイルスに感染していた訪問介護員
- 職場でクラスターが発生した理学療法士
それ以外の方については、同僚や利用者など業務中に接した人が感染していた場合(業務中に感染したことが明らかな場合)や不特定多数の人と接する機会の多い業務に従事していた場合(業務中に感染する蓋然性が高い場合)に労災認定されています。
<医療・介護従事者以外が労災認定された例>
- 職場でクラスターが発生した保育士
- 潜伏期間中に毎日数十人の処方箋の受付をおこなっていた調剤薬局の事務員
なお、最新情報は厚生労働省のWebページでご確認ください。
>厚生労働省|新型コロナウイルスに関するQ&A(労働者の方向け)
─参考:厚生労働省|新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に係る労災認定事例より
3. 労災保険の給付の種類と金額
労災保険の代表的な給付について解説します。通勤災害の場合は「◯◯給付」、業務災害の場合は「◯◯補償給付」と給付の名称は変わりますが、内容は同じです。
・治療が必要なとき
けがや病気の治療が必要なときに、症状が治癒するまで治療にかかる費用の全額を受け取れます。
療養の給付 | 労災病院や労災保険指定医療機関で治療を受ける場合、かかる費用の窓口負担がない(現物給付) |
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療養の費用の給付 | 上記以外の医療機関で治療を受ける場合、かかる費用の全額を給付 |
・治療のために仕事を休まなければならないとき
けがや病気の治療のために働くことができず、収入がないときに、休業4日目から過去3ヶ月間の平均賃金の8割程度を受け取れます。
休業(補償)給付 | 休業4日目から休業1日につき、給付基礎日額の60%相当額を受け取れる |
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休業特別支給金 | 休業4日目から休業1日につき、給付基礎日額の20%相当額を受け取れる |
・障害が残ったとき
けがや病気が治癒したものの障害が残ったときに、障害の程度に応じて年金や一時金を受け取れます。
障害等級 第1級〜第7級 |
障害(補償)年金 | 給付基礎日額の313日分(第1級)〜131日分(第7級)の年金を受け取れる |
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障害特別年金 | 算定基礎日額の313日分(第1級)〜131日分(第7級)の年金を受け取れる | |
障害等級 第8級〜第14級 |
障害(補償)一時金 | 給付基礎日額の503日分(第8級)〜56日分(第14級)の一時金を受け取れる |
障害特別一時金 | 算定基礎日額の503日分(第8級)〜56日分(第14級)の一時金を受け取れる | |
障害特別支給金 | 342万円(第1級)〜8万円(第14級)の一時金を受け取れる |
・亡くなったとき
亡くなったときに、遺族の人数に応じて年金や一時金を受け取れます。
受給権のある 遺族がいるとき |
遺族(補償)年金 | 給付基礎日額の245日分(遺族4人以上)〜153日分(遺族1人)の年金を受け取れる |
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遺族特別年金 | 算定基礎日額の245日分(遺族4人以上)〜153日分(遺族1人)の年金を受け取れる | |
受給権のある 遺族がいないとき |
遺族(補償)一時金 | 給付基礎日額の1,000日分の一時金を受け取れる |
遺族特別一時金 | 算定基礎日額の1,000日分の一時金を受け取れる | |
遺族特別支給金 | 300万円の一時金を受け取れる | |
葬祭料(葬祭給付) | 次のいずれか高い金額
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tips|第三者行為災害における支給調整とは?
通勤中に車に轢かれる、工事現場からの落下物が当たるなど、第三者が損害賠償義務を負っている事故を第三者行為災害と呼びます。この場合の治療費や逸失利益は事故の加害者(第三者)に賠償してもらうのが道理ですので、労災保険の支給調整がおこなわれます。
<労災保険の給付を先に受けた場合>
被害者に代わって政府が加害者に対して労災保険の給付相当額を請求します(求償)。
<損害賠償を先に受けた場合>
損害賠償額のうち同一理由による労災保険給付についてはその差額が支払われます(控除)。
<示談が成立した場合>
それ以降、労災保険から給付を受けることができません。
ただし、特別支給金は保険給付ではなく労働福祉事業として支給されるもののため、支給調整の対象となりませせん。事故の加害者から損害賠償を受けていても満額を受け取れます。
─参考:東京労働局|第三者行為災害について、神奈川労働局|労働福祉事業の種類と内容
tips|労災保険の給付の基準となる給付基礎日額、算定基礎日額とは?
障害(補償)給付や遺族(補償)給付には、“給付”基礎日額を基準に支給されるものと“算定”基礎日額を基準に支給されるものがあります。簡単にいうと給付基礎日額が1日あたりの給与、算定基礎日額が1日あたりの賞与(ボーナス)をあらわし、次の計算式で求められます。
給付基礎日額 = 労災発生日以前の3ヶ月間に支払われた賃金総額 ÷ その期間の暦日数
算定基礎日額 = 労災発生日以前の1年間に支払われた特別給与総額 ÷ 365日
給付基礎日額を計算するときの「賃金」には基本給に加え、残業手当や通勤手当などの諸手当が含まれます。半期賞与や決算賞与など3ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金は算定基礎日額を計算するときの「特別給与」に含まれます。なお、結婚手当や私傷病手当、見舞金、退職金など臨時に支払われた賃金はこのどちらにも含まれません。
4. 労災保険の請求方法
労災保険の給付の請求には事業主の証明が必要ですので、労災が発生した場合はまず事業主に報告しましょう。労災保険の請求手続きは本人か家族が原則おこなうことになっていますが、実際には多くの事業主が代行しています。
所定の請求書を入手したら労災発生時の状況について事業主の証明を、けがや病気の症状について医療機関の証明を受けます。休業(補償)給付を請求するときには、賃金の支払い状況についての事業主証明も必要です。適宜必要な書類を添付し請求書を事業所を管轄する労働基準監督署に提出すると、その調査を経て支給が決定します。
請求書は厚生労働省のページからダウンロードできますが、請求書は給付の種類によって書式が異なるためご注意ください。
>厚生労働省|労災保険給付関係請求書等ダウンロード
労災の場合は健康保険が利用できないため、かかった医療費は支給が決定するまで全額立て替えなければなりません。請求から支給決定までにかかる期間はおおむね1ヶ月*ですが、けがや病気の程度によってはこの間の自己負担が高額になってしまいます。そのため、労災の治療には窓口負担が不要(治療の現物支給)となる労災保険指定医療機関を利用することが一般的です。この場合、請求書は労働基準監督署ではなく利用した指定医療機関に提出してください。
*療養(補償)給付や休業(補償)給付の場合、通勤中・業務中の事故など労災であることが明らかなケースで1ヶ月、精神障害など業務との因果関係を証明することが難しいケースではそれ以上かかります。
療養(補償)給付の請求方法

労災保険指定医療機関は全国に4万以上ありますが、厚生労働省のページで所在地と診療科目から適当な指定医療機関を探すことができます。
>厚生労働省|労災保険指定医療機関検索
5. 労災が発生したらまず事業主に報告を
労災保険の保険料は事業主の全額負担のため、普段から「労災保険に加入している」と意識することはあまりないかもしれません。その一方で医療福祉業界は労災の発生件数が多い業種の一つで、その数は年々増加傾向にあります。労災が発生したときにはまず事業主に報告し、対応について相談してください。労災の治療に健康保険を使うと、労災保険に切り替えるための手続きが煩雑になるため注意しましょう。

─参考:厚生労働省|労働災害統計確定値
また、事業主が労災保険の証明に応じてくれないときは、泣き寝入りせずに次のような相談窓口に連絡することをおすすめします。
労災保険の相談先
・各地の労働基準監督署
労災保険や労働条件、職場の安全・衛生に関することについて相談を受け付けています。勤め先の事業所を管轄している労働基準監督署に連絡しましょう。
・労災保険相談ダイヤル(0570-006031)
労災保険に関する一般的な質問に回答しています。
※相談受付時間はそれぞれ祝祭日・年末年始を除く月曜〜金曜の8:30〜17:15までとなっています。
─参考:厚生労働省|労災保険相談窓口
参考
- 厚生労働省|労災補償
- 厚生労働省|労災保険への特別加入
- 厚生労働省|労災保険給付の概要
- 厚生労働省|職業病リスト
- 厚生労働省|脳心臓疾患の労災認定
- 厚生労働省|精神障害の労災認定基準に「パワーハラスメント」を明示します
- 厚生労働省|労災保険に関するQ&A
- 公益財団法人 労災保険情報センター|労災保険給付請求手続き