話を聞いたのは訪問美容師6年目の吉田樹詩子さん

「カルチャーショックを受けた」訪問美容師との出会い

──長年サロンで働いていた吉田さんが、訪問美容師になったきっかけは?
ある日、美容師をやっている友人に「手伝ってほしいから来て!」と呼び出された場所が、老人ホームだったんです。このときに初めて訪問美容師という存在を知りました。
友人に言われるがままカットをしたんですが、とにかくカルチャーショックの連続で。伺った老人ホームには認知症の人や要介護度が高い人も多くて、コミュニケーションをとるにも一苦労。カット中もじっとしているとは限らなくて……。
一日を終えた感想は「疲れた。しんどかった」でした。
──では、そのときには「訪問美容師になろう」とは思わず?
その日はそういう考えにはならなかったです……!
ただ、時間が経つにつれて「あれで良かったのかな」「私は満足させてあげられたんだろうか?」「次呼ばれたときは、もっと良いサービスを提供したい!」って思うようになったんです。
ちょうど出産後にサロンに復帰してから、シンプルに「おしゃれになりたい、かっこよくなりたい」って思うお客さんへの施術に、モチベーションを感じられなくなってきていて。
老人ホームのことを振り返って「生活しやすくする美容や、生きるための美容を提供する働き方があるんだな」って考え始めました。それから徐々に訪問美容師の学校を調べたり動画を見たりするようになって。
──沸々と興味が湧いてきたんですね。
でも、訪問美容師になったきっかけは兄なんです。
老人ホームを訪れたあと、兄が大病をしたんですよ。なんとか一命は取り留めましたが、退院後もしばらくは介護ベッドで過ごさなきゃいけなくて。私は兄のために訪問美容の道具を買い揃えて、ベッドの上で洗髪や散髪をしていました。
その後兄が復帰して、必要なくなった訪問美容の道具を眺めているときに「世の中にはこの道具を、訪問美容を必要としている人がいるんだよな」「施設にも病院にも行けない人もいるんだよな」って思って。それで、訪問美容師になると決めたんです。
訪問美容師の働き方はさまざま。その仕事内容とは?
──改めて、訪問美容師がどんな仕事か教えてください。
高齢、介護が必要、病気、ケガなど、さまざまな理由でサロンへ行けない人の所へ訪問して、ヘアカットなどの美容サービスを提供します。訪問先は施設、病院、利用者さんの家などさまざまです。
高齢者や要介護者以外にも、産後すぐの方や身内の介護をしている方など、なかなか外出ができない方も対象です。
あとは結婚式場や芸能関係の現場でヘアメイクをするのも、訪問美容師の働き方の一つですね。

右:施設でのカットの様子

右:利用者さん宅でのパーマの様子
──いろんな働き方があるんですね。移動は車ですか?
私は車ですね。訪問美容師って荷物が多いんですよ!
道具が重いので夏は汗だくだし、体力勝負の仕事です。こんなふうにキャリーケースに道具を詰めて、シャンプー台も持っていくことが多いです。


右:ルームシャンプー
ルームシャンプーは座ったままシャンプーができる物で、家庭用の掃除機に取り付けて使用する

訪問時には厳選して持っていく
──たしかにこの荷物で電車に乗るのは大変そう……! では、訪問美容師の一日の流れを教えてください。
フリーランスの美容師としてサロンワークをする日もあるんですが、訪問美容だけの日はこんな感じです。

──訪問美容師として働いていて、「サロンワークと違うな」と思うところはありますか?
一番は「こうでなければいけない」って枠を、自分で外していかないといけないところですかね。
──「枠を外す」ですか。
サロンだと完成イメージに沿って「丁寧に、より美しく」を心がけると思うんです。
でも訪問美容の場合は、病気の関係で長時間座っているのがつらい人、高齢でお手洗いが近い人、知的障害があって暴れちゃう人もいて。そうすると、丁寧に時間をかけることがベストとは限らないんです。
だから利用者さんに合わせて15分で終わらせることもあれば、暴れちゃう人なんかは5分で済ませることもあります。中には先端恐怖症でハサミを近づけるのを嫌がる人もいますから、そのときにはトリマーを使って刃を見せないようにカットします。
「利用者さんが求めることは何か、利用者さんにとって良い方法は何か」をサロンの常識から外れて、探っていかないといけないんです。
──奥深いですね。
サロンでは聞かないような言葉──「死にたい」とか「早くお迎えに来てほしい」とか、言われることもあるんですよ。
──えっ……!
私も最初はびっくりしちゃって「そんなこと言わないで、前向きにいきましょうよ」って言ってたんですけど、利用者さんからしたら、誰にも言えないことをただ聞いてくれるだけで良いんですよね。
病院の看護師さんや施設の介護スタッフさんは忙しそうで、なかなか本音を話しにくいんだと思いますし、ましてや身内に「死にたい」なんて言えないじゃないですか。
──それが髪を切っているときには、本音をこぼしてくれると。
なので傾聴・共感を心がけています。「そう思うことってありますよね」とか「実は私もそう思ったことがあるんですよ〜」とかね。誰かに話すだけで、すごくスッキリするみたいです。

右:利用者さん宅でのカットの様子
サロンワークと両立する意義
──「サロンワークをする日もある」とのことでしたが、訪問美容に絞らない理由ってあるんですか?
美容業界は日進月歩で、薬剤やテクニックが日々変わるんです。
サロンで働いているとそういった情報を仕入れやすいですし、最新の薬剤や機器を扱っているところもあるので、訪問美容だけじゃなくてサロンワークもやっています。
──なるほど。サロンワークも訪問美容もフリーランスという働き方を選択したのは?
自分で働き方を選べる点が大きいですね。
扶養外でバリバリ働きたい場合でも扶養内で働きたい場合でも調整しやすいですし。個人的には趣味など自分の時間を大切にできて、それによって生まれた心のゆとりが良い仕事につながると思っています。
訪問美容に関しても、施設への訪問に特化している人、産後ママに特化している人、私のように利用者さんのお家へ行くことが多い人など、働き方が多様なので個人でやることを選びました。
──多様性があるからこその選択なんですね。ちなみに訪問美容師としての売上はどのくらいなんですか?
まだ安定していないのでバラつきがあるんですが、1日2回の訪問を週に2日程度で月に6万円ほどです。
私が提供しているメニューだと、カットが3,800円で、ベッド上での施術になると追加料金がかかります。
正解がないからこそ大変。それでいて楽しい!
──訪問美容師として働いていて、大変だなと思うことは?
利用者さんへかける言葉選びですかね。
利用者さんの病気や障がいについて、前もって知っていれば配慮して話せますが、なかには「教えたくない、触れてほしくない」って利用者さんもいるんです。
そういうときは、身体で気をつけてほしい点だけ教えてもらうんですけど、やっぱり病気って目に見えないので、何気ない言葉で傷つけてしまうことがあるなと思って。
──難しい問題ですね。
例えば「あれ、前よりお痩せになられました?」って一言にしても、利用者さんが摂食障害で悩まれてたらつらい言葉かもしれない。
言葉は薬にもなりますが毒にもなるので、チョイスが難しいなって思います。かといって気にしすぎても何も話せなくなってしまいますし。
──自分の病気について触れてほしくない利用者さんの気持ちも理解できます。でも訪問する側としては、急変したときのためにも知っておきたい情報でもありますよね。
そうですね。なので何か起きたときに対処できるよう、ご家族にいてもらうことが多いです。独居の方だったら、大体ケアマネさんや訪問看護師さんの名刺がわかる場所に貼ってあることが多いので、訪問してすぐに確認しています。
──なるほど。では吉田さんが思う、訪問美容師のやりがいは?
「お願いして良かった」って言ってもらえることですね。
さっき、利用者さんが本音をこぼしてくれるって話をしましたが、利用者さんのご家族のガス抜きになることもあるんですよ。旦那さんの介護をしている奥さんの話を聞きながら、旦那さんの髪を切るなんてこともあって。
──ケアの一部というか、心の拠り所みたいな面があるんですね。
でも意外と「私が利用しちゃって良いんですか?」って問い合わせもあるんです。ケガをした人やご家族の介護をしている人からが多いですかね。「お年寄りじゃないんですけど」って。
だから医療・介護に携わる方を含めてもっといろんな人に訪問美容という手段を知ってもらって、必要としている人にサービスを届けたいですね。
髪を切ることって、身だしなみを整えるだけじゃなくて、衛生状態を保つとか、ご飯を食べるときに髪がかからないようにするとか、生きるために必要なことなんです。
「誰かが訪問美容師を知るきっかけになれば」
──そういえば、訪問美容師が持っておくと良い資格ってあるんですか?
同じ訪問美容師でも利用者層はさまざまですし、一概には言えないんですよね。
「この資格は取っておくべき!」って意見の人もいれば、施設で働いている方なんかは「介護系の資格を取ってくれるのはありがたいけど、美容師さんにそこまで求めていない」とか「介護面は私たちが専門だから」って感じてる人もいるんです。
──意外でした。
利用者層や自分がターゲットとする人に合わせて、技術や知識を身につけたり、必要だったら資格を取ったりしていくと良いのかなって思います。
私の場合は福祉美容師認定資格を取りましたが、本当に人それぞれなんですよね。
──では最後に、これから訪問美容師を目指そうという方へアドバイスをお願いします。
まずは無理をしないこと。自分のペースで一歩一歩できることから始めてほしいです。
現場に役立つスキルを学べるので、訪問美容を専門にやっているサロンで働いてみるのも良いんじゃないかなと思います。私みたいに大きなカルチャーショックを受けるより、少しずつ段階を踏みながら自分に合った働き方か確かめると良いかなと(笑)。
この高齢化社会において、訪問系のサービスはもっと需要が高まっていくと思います。私の話が、誰かのきっかけになったら嬉しいです。