スラムダンクをリハビリの観点で読む
週刊少年ジャンプ(集英社)1990年42号から1996年27号まで連載された、井上雄彦によるスポーツ漫画『SLAM DUNK(スラムダンク)』。2022年には映画『THE FIRST SLAM DUNK』として、アニメ化されなかった続編が上映されました。
原作のクライマックスである湘北高校対山王工業戦。主人公の桜木花道(以下、桜木)は大ケガを負い、最終話ではリハビリをしている様子が描かれています。
ここで素朴な疑問です。
作中で桜木のケガは「選手生命に関わる」と言われますが、実際にはどんな症状なのか。復帰に向けてどんなリハビリをしているのか。そして復帰は叶うのか……。
そこで、リハビリの専門職である理学療法士(PT)と作業療法士(OT)とともに漫画を読み返したところ、思わぬ発見がありました!
手元に単行本がある方は第30巻と第31巻を見返しながら読むとさらに楽しめますよ!
話を聞いた人
橋本 明宏さん(理学療法士)
理学療法士歴20年。中学1年から社会人までバスケを続ける。山梨県内の整形外科に勤務しながら小・中学バスケットボールクラブで選手指導、高校バスケットボール部のスポーツトレーナーを務める。
Aさん(作業療法士)
作業療法士歴19年。小学6年から社会人までバスケを続ける。現在は関東近郊の病院に勤務し、脳梗塞などの脳血管疾患をもった方のリハビリに従事している。
専門職は桜木のケガをどう読み解くのか
──橋本さんとAさんは高校バスケ部の先輩と後輩だそうですね。
Aさん:橋本さんは僕の一つ上の先輩です。僕は作業療法士なので、スポーツのケガについては理学療法士の橋本さんが専門です。
橋本さん:僕は理学療法士をしながら小中学生にバスケを教えたり、高校バスケ部のスポーツトレーナーをしたりしています。
──今回専門職の目線でスラムダンクを読み返してもらいました。桜木のケガやそのリハビリ方法についてお聞きします。
Aさん:背中が「ピキッ」ときてるじゃないですか。なので背椎分離症(せきついぶんりしょう)かなと思いました。
橋本さん:それはあるかもね。
──背椎分離症……どんなケガなのでしょう?
橋本さん:背椎分離症っていうのは、背骨の椎体(ついたい)と関節突起が離れてしまう症状で、つまり骨折ですね。
Aさん:関節突起が折れて椎体の配列が悪くなり、それが神経に触るから「ピキッ」となったんじゃないかと。
橋本さん:改めて読み返すと第31巻の14ページとか、「優勝すんだろゴリ!!」って叫ぶところとか、振り返るシーンで「ピキッ」となってるんですよね。ということは脊椎分離症の中でも胸椎分離症(きょうついぶんりしょう)の可能性はありますね。
よく見ると右に振り向いたときに「ピキッ」ときているんですよ。胸椎の5番、6番、7番あたりの右側の分離症の疑いがありますね。
安西先生に「ダンコたる決意ってのができたよ」って言うシーンは左回旋だから痛みが出ていないんです(単行本第31巻 26ページ)。
Aさん:……言われてみるとたしかに。説得力ありますね。
橋本さん:または胸椎の圧迫骨折の可能性もあります。実際にスキーとかスノボで激しく転倒して圧迫骨折する患者さんがいるんですよ。
Aさん:転倒して椎間板がつぶれたということですか?
橋本さん:桜木はまだ16歳くらいでしょ? 椎間板が柔らかいからそうではないと思う。
圧迫骨折が起きやすいのは胸椎の11番12番、腰椎の1番なんだけど、(マネージャーの)彩子さんが「選手生命に関わる」って言ってるんですよね。たしかに脊髄神経に傷がついたら選手生命に関わるんです。
転倒のシーンをよく見ると、ボールを取りにダイブして回転しながら落ちているんですよね。回転の加速度もあるので、可能性として圧迫骨折はありえると思います。
──「ピキッ」は神経に触れた表現なんですか?
橋本さん:痛みの表現なのか骨のきしみかは井上先生にしかわからないところです。骨が折れた状態でプレイをした結果、噛み合っていない部分がズレて「ピキッ」と感じたのか、または神経に触ってズキっときたことを「ピキッ」と表現したのか。
桜木はリハビリの天敵
──桜木のケガが骨折だとしたら、どのようなリハビリで復帰を目指しますか?
橋本さん:理学療法士や作業療法士はドクターの指示で動くのであくまで個人的な意見ですが、骨が折れて支える能力が落ちているので、コルセットで患部に負担がかからないようにします。
橋本さん:骨折するほどの衝撃ということは、筋肉や靭帯の損傷、関節の機能障がいを起こしていることが予想されます。基本的に安静にして、痛みや腫れを除いてから運動療法に移行します。
まずは抵抗運動から始めますかね。脚を持って適度な負荷をかけながら筋力を上げていくイメージです。あとはゴムチューブを使ったトレーニングなどをしていきます。
このように患部に負担がかからないようなリハビリから始めて、体重を支えても痛みがなくなってきたらスクワットやランジといったウェイトトレーニングに移行します。
──下半身から鍛える理由は?
橋本さん:下半身のトレーニングをすることで患部に近い体幹のインナーマッスルが収縮してくれるんです。
適度な筋収縮の刺激は骨芽細胞に良い刺激を与えて、骨折の治りを早くするといわれています。この辺を見定めながらリハビリしていきますね。
Aさん:トレーニングで使うゴムバンドの選び方や負荷の強度がまた重要なんですよね。これを間違えると効果が出ないどころか、まったくの逆効果になることもあります。
なのでリハビリは専門家立ち合いのもとおこなったほうがいいんです。桜木は“自分の体を動かす天才”かもしれないけど、治すことに関しては素人ですから。
橋本さん:疲れていても気合いで乗り越える性格でしょうね。そういう意味では桜木はリハビリの天敵ですよね。オーバーワークにならないようやめどきを見定めるのがポイントになると思います。
──バスケットボールを使ったトレーニングはいつから開始できそうですか?
橋本さん:すぐにできますよ。ベッドでバスケットボールを触らせながらYouTubeなどでバスケの動画を観てもらって、イメージトレーニングをしてもらいます。
指先の感覚ってすごく重要なので、常にボールを触っていたほうがいいですね。サッカー漫画で『ボールは友だち』ってあるじゃないですか。そのとおりなんです。
──復帰までにどれくらい時間がかかりそうですか?
橋本さん:骨折の程度によりますが、僕の経験上どんなに早くても3ヶ月、長くて8ヶ月はかかりますね。
専門職だからこそ読み取れる痛みの描写
橋本さん:転倒のあと、桜木の呼吸が「ぜいぜい」になっているじゃないですか。これは胸椎レベルの影響で呼吸が浅くなっていると読み取れますね。
肺が一回の呼吸で酸素を出し入れする能力は、胸郭(心臓や肺が収められている籠状の骨格)の膨らみが関わってきます。肺は膨らもうとするけど骨折部位があって胸郭が満足に膨らまない状態なのでしょう。でも酸素は必要だから回数で補おうとして、浅い呼吸が増えていると考えられます。
橋本さん:桜木がダンクしたあと、フラフラして倒れ込みますよね(単行本第30巻 168ページ)。これは呼吸が乱れているうえに短時間で無酸素で激しく動いたため、軽い酸欠状態になっていると考えられます。
Aさん:右手でのワンハンドダンクのあと、顔が歪んでいるのは激痛だからでしょうね。
橋本さん:赤木が河田をブロックして桜木がルーズボールを取るシーンも見てください(単行本第31巻 78ページ)。ここで腕を挙げているじゃないですか。この動きで「ピキッ」となるということは、広背筋や脊柱起立筋などが収縮して患部である胸椎にストレスがかかっていると推測できますね。
橋本さん:桜木と流川がタッチをするあの感動的なシーンも見方が変わってきます(単行本第31巻 154、155ページ)。めちゃくちゃ強烈に叩き合ってるじゃないですか、激痛ですよこれは。
Aさん:高速で力強くひねっているうえに、強烈にタッチをしてるわけだから痛いでしょうね。試合に出たこと自体が治りを遅らせる危険な行為だけど、あのタッチでさらにダメになった可能性はありますね(笑)。
橋本さん:流川がトドメを刺したとも言えます(笑)。リハビリの視点で読み返してみると、細かい描写のつじつまが合っているのがよくわかりますね。
リハビリを担当するあの女性の職業予測
──最終話で桜木がリハビリに励んでいる様子が描かれています。リハビリを担当している女性の職種は何だと思いますか?
Aさん:白衣みたいな服装から鍼灸師かなと思いました。
橋本さん:俺もそう思った。筋力トレーニングの指導をする感じでもないし、あん摩マッサージみたいにほぐすっていう感じでもない。となるとやっぱ鍼灸師なんじゃないか。
Aさん:桜木は安西先生には無礼なことを言うけど、やり取りをみるとリハビリの先生の言うことは素直に聞いていそうな印象を受けますね。けっこうやり手の鍼灸師かもしれません。
橋本さん:うまくできていることを褒めてやる気を引き出してるんだろうね。ペップトーク(やる気にさせる声かけ)が上手なんだろうな。
僕らがスポーツ選手といい関係を築くには声かけがめちゃくちゃ大事で、そこに技術の差がめっちゃ出るんです。
ケガを治すのに最短で3ヶ月と言いましたが、桜木はバスケを始めてたった4ヶ月なんですよね。バスケって、休んだら元の状態に戻すまでに倍の日数がかかるといわれています。だから3ヶ月間休むというのは、習得した技術をリセットするのに近いんです。
そういう意味でも、桜木もリハビリの先生も早く治したいと思っているのではないでしょうか。
ちなみにうちの妻いわく、あの女性はただの助手で、桜木を呼びに来ただけなんじゃないかと言っていました。
Aさん:その発想はなかった! たしかに患者さんを病室からリハビリ室に移動してくれる助手がいますもん。それにしても想像が膨らむ読み方でしたね、おもしろかった!
橋本さん:え、ちょっと待って……最後の最後「天才ですから」って振り返るシーンを見てください。31巻の14ページと同じ頸部から体幹をひねる動作で痛がっていないですよね。これは治ってきているサインですよ。
参考
- 井上雄彦『SLAM DUNK』 30巻 集英社,1996年
- 井上雄彦『SLAM DUNK』 31巻 集英社,1996年