医療ドラマの監修で大切なことは? 現役医師に聞く「フィクションとリアルのバランス感」

医療を題材にしたドラマで必ずといっていいほど話題になるのが、リアリティとフィクションの“ギャップ”です。限られた時間や環境のなか、ドラマ制作に協力する医師は何を考え、決断しているのでしょうか。十年以上医療協力に取り組む現役外科医が考える、歩み寄りの大切さとは。

医療ドラマの監修で大切なことは? 現役医師に聞く「フィクションとリアルのバランス感」

目次

2024年放送の『となりのナースエイド』は、ナースエイド(看護助手)の主人公・桜庭澪が、天才外科医・竜崎大河らと共に日々奮闘するサスペンスドラマです。専門用語はもちろん、器具や設備の使いこなしまで専門的知見が求められる医療ドラマでは、医療従事者による協力が欠かせません。

ドクターX(2021年放送)や医龍(2006年放送開始)など多数の制作協力を経験し、今回手術指導を担当した現役外科医・杉本真樹さんは、医療ドラマの現実味について「そんなにとがめなくてもいいのでは」と振り返ります。その真意を尋ねました。

話を聞いた人

杉本真樹さん_アイコン

杉本 真樹(すぎもと・まき)

医学博士、帝京大学沖永総合研究所教授・イノベーションラボ室長。Holoeyes株式会社創業者CEO。臨床の傍ら起業し、体内を3Dで把握できるVR手術支援ソフトの開発や、医療ヘルスケア事業の支援に取り組む。Microsoft Innovation Award 2017優秀賞、GOOD DESIGN AWARD2022、令和4年東京都ベンチャー技術大賞優秀賞などを受賞。2024年放送の医療ドラマ『となりのナースエイド』でダヴィンチ手術の医療協力・出演を務めた。

医療ドラマ手術指導の舞台裏

──今回、天才外科医役の手術指導や、手技トレーニング用の最先端機材の提供などの医療協力を務めています。

杉本さん:この作品の舞台は、最先端の設備、精鋭の外科医が結集しているという病院です。若きエースが最新の手術をおこなう場面もあり、実際に最新鋭の設備を活用したいと相談を受けたことがきっかけでした。

医療監修は臨床を離れた人が務めることもありますが、私は30年外科医を続けているので自分の研究室に実際の手術機器があります。ですので、まずは制作スタッフの方々に実際の機器に触れてもらいました。それが天才外科医・竜崎大河のトレーニング室のイメージにもつながったようです。

──その竜崎大河が、従来の開腹手術ではなく手術支援ロボット「ダヴィンチ」を使って手術に臨むシーンでは、杉本さん自身も出演されました。実際の機器を使用したこの撮影はどのように実現したのでしょうか?

手術支援ロボット「ダヴィンチXi」
手術支援ロボット「ダヴィンチXi」。内視鏡や鉗子を接続するアームがついた対患者用カート、内視鏡映像を映すモニター、医師が座って操作するコンソールの3つの装置で構成される

まず、手術支援ロボット「ダヴィンチ」はどこの病院にもあるわけではありません。ドラマ撮影用に患者がいない状況で稼働させること自体ハードルが高いですし、1本30万円ほどのアームは使用回数が決まっていて、際限なく使えるものではないんです。

当初撮影を予定していた病院にあったのはダヴィンチXという最新の一つ前の世代で、かつ心臓手術が専門でした。ドラマでは膵(すい)臓の手術という設定のため、その病院の先生も困っていたようでした。そこで、私が勤務している病院では最新のダヴィンチXiで膵臓の手術をおこなっていますし、実際のロボット手術チームの医師や看護師も揃い、撮影に協力することになりました。

──気心の知れたメンバーとの共演だったんですね。

そうですね、手術中の「検体出ます」というセリフも脚本の段階から私が提案させていただき、実際に演技もしました。互いに動きや流れもわかっているので普段どおりというか、急きょ日曜日にフルスクラブで集合したので気分は休日出勤でした。手術シーンで医療的におかしいところがあってはいけませんし、それを防ぐのが私たちの責務ですから、必要とあらば出演することも一つの方法だと思います。

ドラマの撮影は、実際の手術と同様に常に時間との戦いです。撮影時間だけで手技からガウンの着脱に至るまですべてを完璧に仕上げようとしたら間に合わなくなってしまうでしょう。時間内に最善を尽くすこと、そして時間内でできること・できないことの判断をすることの大切さを、医療監修をするたびに実感しています。

インタビューにこたえる杉本真樹さん

どこまでリアリティを追求すべきか

──ストーリーの設定と、現実のギャップは医療ドラマにはつきものです。初回放送ではマスク未着用で桜庭澪が手術室に入るシーンなど、SNSで波紋が広がる場面もありました。この「折り合い」をどう考えていますか?

医師から見れば気になることはありますが、医療現場のリアルとドラマの絶妙なバランス感が大切です。ドラマ作品がフィクションの場合は架空の設定もあり得るため、作品本来の価値観を尊重するほうがいいと感じます。医療監修の立場で非現実的だとマウントを取らなくてもいいと思いますし、これは視聴者にもいえることかもしれません。

例えば手術室にマスク未着用で入るのは、実際の医療現場では避けるべきですが、感染予防の観点からは、開腹前で患者との距離もあるなら声を出すこともリスクは高くないでしょう。

マスクではありませんが、日本国内では手術室で靴を履き替えたり、カバーをつけたりすることが一般的です。しかし感染対策上は効果がなく、汚れていなければ履き替える必要はないと手術医療の実践ガイドライン(日本手術医学会、2019年)などで示されています。すでに諸外国では靴を履き替えない運用がされていますが、相対的にナーバスな傾向はあるのかもしれません。

手術指導風景
模擬患者模型を使い手術指導をおこないつつ、自らも出演した

──たしかに、100%現実を忠実に描き切ることは難しいですね。そのなかでも気をつけたいことはありますか?

もし実際の医療現場を再現するとしたら、手術シーンであれば手袋を二重に着用します。現在手袋は1枚ではなく二重の着用が推奨されています。なぜかというと、針などを刺してしまったときの防御としてはもちろんですが、もし穴が空いた場合、1枚のみと違って2枚の手袋なら間に液体が入ったことがよくわかるからです。

ほかにはメスの扱いも十分に注意すると思います。実際の手術では最初の受け渡しから最後にトレイに戻すまで、危険ですからなるべく刃を下に向けたまま扱います。撮影で使うのはもちろん本当には切れないものなので、意識しないと意外と気づかないことかもしれません。

こういった「一見些細だけれど外科医だからこそわかること」をしっかり伝えたいですね。

──安全につながる部分はやはり注意を引かれますよね。では、手術シーンの撮影でリアリティにこだわったことがあれば教えてください。

今回ダヴィンチXiを用いた手術は「膵頭十二指腸切除術(すいとうじゅうにしちょうせつじょじゅつ)」でした。これは膵頭部付近にできたがんの治療としておこなわれる標準的な手術です。患者はSNSのインフルエンサーの若い女性で、芸能活動のために腹部に大きな傷を残したくないという設定でした。開腹をしない方法、天才外科医が臨む最新の術式という要素からも、この手術が適していると考えました。

膵臓の構造とがんの発生しやすい場所

──映像では、手術が進むと患者の体から切除した部分が取り出されましたね。

そうなんです、一瞬本物かと思いませんか? あれはうまくできていて、検体(切除した部分)を入れる滅菌バッグや道具は本物なんですが、中に臓器のような柔らかめの樹脂に血糊を混ぜたものを入れているんです。手で持ったときのぶらぶらとした感じや、ずしっとした重さも本物そっくりですね。

ほかには皮膚切開も実際の人体に近い触感の樹脂模型を使い、切開すると皮膚模型が切れ血糊が流れ出るようにしました。リアルな大きさや質感を伝えて、大道具や小道具のスタッフの方々と一緒に作りました。

“若き天才外科医”は実在する?

──ダヴィンチ手術の一瞬の場面にも、こだわりが詰まっていましたね。ところで、開腹手術からロボット支援下手術までさっそうとこなす「若き天才外科医」。その格好良さに惹かれる人は多そうですが、実際にあり得ることだと思いますか?

私たちの世界では、良い外科医ほど失敗から学ぶといわれています。この「失敗の経験」については思うところがありますね。

昨今、ダヴィンチ手術を含めてロボット手術が当たり前になってきていますし、保険適用の対象も拡大しています。今後この流れは確実に進むでしょう。同時に、若い外科医、ベテランの外科医にもこれまでにない変化をもたらしています。

ダヴィンチXiの操作用コンソール
ダヴィンチXiの操作用コンソール。内視鏡から送られる3D映像を見ながら、手元のコントローラでアームを遠隔操作して手術する

──実際に何が起きているのでしょうか。

一つは外科医の「寿命」を延ばしたといわれています。ダヴィンチ手術では術者は席に座って、おでこを支点にした姿勢で手術を進めます。アームの操作で手ぶれは補正されるうえにモーターのアシストで動かしやすく、視野は精細な3D映像で拡大可能です。

これらは体力の消耗などの外科医のストレスを軽減し、従来なら年齢や体力の問題で引退していた熟練外科医たちが手術を続けられるようになりました。若手から見たら、自分も早く挑戦したいのに機会が奪われてしまう、と感じるかもしれませんね。

──やはり画期的でメリットが大きいように思えますが、ほかに若手への影響は?

スマホ世代にパソコンを苦手とする人がいるように、従来の開腹手術ができないケースがあるようです。

ロボット手術が普及し、前立腺がんなど保険適用の症例では従来の開腹手術や腹腔鏡手術を経験せず、最初からロボット手術で経験を重ねる修練医師も増えていると聞きます。操作に慣れるのは良いことですが、基礎的なことを知らないといざ手術中に大量出血したときなどに対応ができません。

内視鏡の拡大映像は、実際に開腹したときの視野と感覚が異なります。それに、ほかの方法を経験していないと緊急時の手法の切り替え(ロボット手術から腹腔鏡手術または開腹手術に切り替える)も適切な判断が難しくなります。

外科医は失敗から学ぶと言いましたが、厳密には失敗が許されない仕事でどんな状況でもリカバリーに取り組み、ときには患者さんの死と向き合いながら判断力と対応力を身につけます。ガイドラインどおりに無難な治療をすることだけが最善とも限りません。

葛藤から学ぶことは本当に多いんです。“若き天才”に限らず、どんな外科医にも必要な経験ではないかと思います。

共に作品をつくるのが医療監修の役目

──現実を超えた世界を描けるのが、ドラマ作品の醍醐味でもありますね。作品の担い手の一人として、どんな医療監修のあり方を目指していますか?

杉本真樹さん

ドラマ制作のゴールは魅力的な作品を完成させること、医療監修の責務は医療現場の実情を伝え医学的な意見を提案することです。完璧に医療現場を再現することはできませんから、時間内に終わらせることが重要な制作現場で、どこまでできるかを判断・アドバイスするのが医療監修の役割だと考えています。

医療現場の当事者だからといって、リアリティだけを追求して制作陣との間に線を引いてしまうと、作品づくりという同じ方向を向けませんよね。チーム医療のように、一緒に魅力的な作品をつくるメンバーとして制作に参加することが何より大事なことではないでしょうか。

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プロフィール

なるほど!ジョブメドレー編集部員。幅広いジャンルの取材・執筆経験を積み、医療・福祉・働くことをテーマに日々勉強中。2023年介護職員初任者研修を修了。

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