現在、テレビ朝日系列で放送中のドラマ『ザ・トラベルナース』。手術の現場で医師を補助し、一定の医療行為も可能な「診療看護師(NP:ナース・プラクティショナー)」として、アメリカで活躍していた那須田歩(岡田将生)と、スーパーナースの九鬼静(中井貴一)が、反発しつつも協力し合い、患者ファーストの信念で医療現場を改革する物語です。
ドラマでリアルな医療シーンを再現するためには、医療従事者の協力が欠かせません。今回はその制作の裏側を探るべく、プロデューサーの大垣一穂さんと看護監修の伊東都さんに話を伺いました。そこから見えてきたのは、医療の現場に真摯に向き合う制作陣の情熱と、視聴者に“リアル”な医療を届けたいという強い思いでした。
話を聞いた人
プロデューサー 大垣一穂さん
テレビ朝日『ドクターX ~外科医・大門未知子~』をはじめ、数々のドラマを手がけるベテランプロデューサー。医療ドラマでは、出演者や監修者の選定、取り扱う症例のリサーチからシーンの再現提案まで一貫して監修し、リアリティと説得力のある作品づくりに注力している。
看護監修・看護指導 伊東都さん
助産師としてキャリアをスタートし、民間病院の脳外科・消化器外科病棟、ICUで経験を積む。現在は総合病院の看護部長を務める。日本看護協会の認定看護管理者であり、緩和ケア認定看護師資格も保持。看護現場の知識とスキルをもとに、医療ドラマのリアルな看護描写を支える。
プロデューサーと看護監修の使命
──大垣さんはプロデューサー、伊東さんは看護監修としてドラマに関わっています。それぞれの具体的な役割について教えていただけますか。
大垣さん:私は作品内で扱う症例を調べたり、医療監修や看護監修をどなたに依頼するか決定したりしています。また、監修者をはじめさまざまな医療従事者の取材を通して作品の構成を練り上げています。
伊東さんは、『ドクターX』シリーズなどの医療監修でお世話になっているセコメディック病院の新村核先生にご紹介いただきました。
実は伊東さんのことは紹介を受ける以前から存じ上げていました。作品を立ち上げる際、看護監修をどなたに依頼するか探したところ、伊東さんの人命救助に関するニュースを拝見したんです。
──人命救助をされたとは、どのような経緯だったのでしょうか?
伊東さん:もう数年前のことですが、車で通勤中、白煙を上げて暴走するトラックを見かけました。追い越しざまに運転席を確認すると、運転手の男性がハンドルを握らずにぐったりと倒れていたんです。そのとき、別の方がトラックに自分の車をぶつけて停止させてくれたため、急いでドアを開けて運転手の様子を確認しましたが、呼吸がない状態でした。周囲の方々の協力もあり、救急車が到着するまでの間に一命を取り留めることができたんです。
新村先生のご紹介に加えてそういった経緯もご参考いただき、 看護監修を担当させていただくことになりました。
参考:通勤中“奇跡の連携” 暴走するトラック目撃 自車にぶつけ停止、救出 看護師が心臓マッサージ 3人に印西署が感謝状|千葉日報オンライン
──勇敢なエピソードですね……! では、看護監修として具体的にどのようなことをされていますか?
伊東さん:台本をいただいたら、その内容が医学的・看護的に整合性が取れているかを確認しています。例えば、現場での動きに違和感がないかや、薬品名の確認などをおこなっています。薬品によっては内服薬はあっても点滴が製造されていないケースもあるため、細部まで確認し、適切な提案をしています。
──撮影現場に立ち会われることもあるのでしょうか?
伊東さん:ええ、前作の第1話目から看護指導も担当していますので、現場に立ち会って直接動きを指導することもあります。また、台本に記載されていないものがセットに配置されていた場合は、そのシチュエーションに違和感がないかを確認しています。
例えば、床頭台(病室のベッドサイドに設置される収納台)に洗面器が置かれていたら「最近は洗面器を使う場面が減ってきているので、ないほうがよりリアルです」といった具合です。
ただし、現場で「あれはおかしい、これはおかしい」と細かく指摘しすぎると混乱を招いてしまいますから、最善の落としどころを見つけながら提案させていただいています。
大垣さん:監督・役者・監修の持つイメージのすれ違いが起きないよう、撮影の前にしっかりと話し合いをおこなってから動きを決めています。
ザ・トラベルナースは看護師の日常を描くことに力を入れている作品ですので、リアルさの追求は欠かせません。しかし、テレビドラマの放送時間が限られていますので、治療や手術シーンの一部分しかお見せできない場合が多いです。だからこそ、ダイナミックに見せるところと、あえて省略する部分をうまく使い分け、監督の描きたい世界をサポートするのが私たちの役割ですね。
プロの演技に心が動いた瞬間
──以前、中井貴一さんに撮影の様子を伺ったところ、「看護師のリアルな動きを表現するよう努めている」とおっしゃっていました。そのため、監修の方には動きの細部まで指摘していただいていると。
伊東さん:私からもさまざまな提案をさせていただきますが、中井さんをはじめ俳優のみなさんからご提案やご質問をいただくことが多いです。
例えば、足の位置や手の動かし方、指の向きひとつで看護師としてのリアルさが変わりますので、そうした点を細かく指導させていただいています。役者さんから「この場面では目線をどう運べばいいですか?」といった質問をいただくこともあり、細部まで作り込もうという姿勢に感銘を受けています。
伊東さん:それと、どの役者さんも飲み込みが早くて驚かされます。新人看護師でも難しく感じるような動きを、セリフを言いながらしっかりとこなしていくんです。それを限られた時間で覚えるんですから、プロの役者さんはすごいなと感心させられますね。
──とくに印象深い看護シーンはありますか?
大垣さん:シーズン1の痰を取り出すシーンです。患者さん(柳葉敏郎)の喉に大きな痰が詰まってしまって、医師を急かしながらも、最終的に静さんが処置するシーンです。
よく静さんは「人を見て人を治す」と言いますが、このドラマには、看護師が看護師の枠を超えて、医療の力を含めて患者さんを治そうとする医療改革的な側面もあるのかなと思います。
伊東さん:私は中井貴一さんがエンゼルケア(死後の処置)で浴衣を着せるシーンが印象に残っています。患者さんが亡くなったあと、看護師が浴衣を着せることがあるので、スタジオで一度だけ練習をしました。その様子を録画され、あとはご自身で練習を重ねて撮影に臨まれたそうです。本番では驚くほど手早く、美しく、正確に着付けをされていました。
大垣さん:ドクターXでは患者さんが亡くなることは少ないですが、ザ・トラベルナースはシーズン中に1回か2回、患者さんが亡くなる物語が描かれます。そんな場面で、看護師がどのように対処し、何を感じているかを伝えたいんです。
リアルとエンタメの狭間に描く看護現場の真実
──ドラマの現場でリアルを追求しすぎるとエンタメ性が薄まり、エンタメに傾倒すると現実離れしてしまうのではないかと感じています。そのバランスはどのように調整しているのでしょうか。
大垣さん:制作側としては、出演者のキャラクターを尊重しながらも、時にはハチャメチャな演出も加えたいという思いがあります。例えば、病室でお酒を飲むのは絶対にタブーですが、キャラクターの個性を表現するために、こっそりとお酒を飲む設定にすることもありますね。そういった演出は伊東さんの提案を踏まえて、最終的に監督が判断しています。
伊東さん:シーズン1で認知症の患者さんをテーマにした物語があり、病院内のシーンで裸足で歩く設定を提案しました。視聴者にとっては少し意外に感じるかもしれませんが、実際の病院でもそのような光景が見られるんです。看護師がスリッパを持ちながら側に付いていて、落ち着いたところで履かせるようにしています。この提案を受け入れていただき、実際のシーンでも看護師が側に付いてスリッパを持つ様子が描かれました。
ただ、実際に医療現場でおこなわれていることでも、今の世の中に受け入れられるかは考慮する必要がありますので、きちんと根拠を持ってご提案し、視聴者にとっても違和感がないよう意識しています。
ドラマが医療業界に与える影響
──大垣さんはドクターXの制作に12年携わってこられました。これまでの経験をザ・トラベルナースにはどのように活かされていますか?
大垣さん:これまでたくさんの症例や治療法を調べてきたので、作品に反映することでどのような反響があるのか、ある程度想像できるようになりました。ただ、新たな手術や治療法が常に生み出されるので、「前と同じでいいや」ということは何ひとつありません。学び続けることが大事だと思います。
ドクターXでは視聴者はもちろん、医師の方々にも「こんな治療法もあるのか」と、知っていただけたらいいなと思っていました。ザ・トラベルナースは若い人にも観ていただいて、男女問わず看護師になりたいという人が増えたらと願っています。
──以前岡田将生さんに話を聞いたところ、「看護師になりたいという男性が増えている」とおっしゃっていました。実際に男性看護師は増えてきているのでしょうか?
伊東さん:私の勤務する病院は男性看護師の割合が増えてきていますし、男性からの応募も増えています。看護学校や看護大学に進学する男性が増えているのかもしれません。
今年の新卒の採用面接では、「いずれはナースプラクティショナーとして働きたい」という人がいました。学校でさまざまな知識を身につけたと思いますが、おそらくザ・トラベルナースを観て、「こんなこともできるんだ!」と知ったのではないかなと思います。
──ザ・トラベルナースがなかったら、ナースプラクティショナーの仕事はもちろん、資格の存在すら知られていなかったかもしれませんね。
伊東さん:私が世の中に向けて「看護師は楽しく、やりがいのある仕事ですよ」と訴えても、振り向いてくれる人はごく少数でしょう。しかし、ドラマとして描かれることでこんなに大きな反響があるんだと驚きました。
静さんがよく言う「人を見て人を治す」という言葉には深く共感します。劇中で医師たちが「この患者に施す治療はない」と匙を投げても、静さんは違うんです。対話を通して患者さんの生きる力を引き出したり、落ち込む人に寄り添ったり。どんな状況でもできることがあるんだと、監修を通じて改めて感じさせられます。
──では最後に、ザ・トラベルナースの今後の見どころを教えてください。
大垣さん:歩さんと静さんのコンビのスタイルですね。歩さんが静さんに引っ張られるなかで、どのように感化され、成長していくのかを見ていただきたいです。
また、今作から加わった出演者もたくさんいますので、院長との関係性や、若手看護師の成長物語も楽しんでいただけると思います。伊東さんの視点からはいかがでしょう?
伊東さん:看護師役の方々の視線や所作にぜひとも注目していただきたいです。とくに視線 ですね。患者さんと目を合わせることはとても大切で、声かけをするときは必ず目を見てくださいとお伝えしています。そこに看護師の優しさや、患者さんを気にかける思いが現れますので、視聴者のみなさんにもその思いがうまく伝わればいいなと思っています。
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