看護界のレジェンド・坂本すがが受け継ぎたい「看護師としての心得」

これからの看護師に必要な力とは何か。元日本看護協会会長であり、東京医療保健大学副学長の坂本すがさんが、マネジメントの本質から教育の未来までを語ります。

看護界のレジェンド・坂本すがが受け継ぎたい「看護師としての心得」

目次

助産師としてキャリアをスタートし、日本看護協会会長を経て、現在も看護教育の第一線で活躍する坂本すがさん。その半生は「人に寄り添う心」と「現場を良くする情熱」に貫かれています。

本稿では、看護界をけん引してきた坂本さんの言葉から、看護の本質と看護師に必要な心得をひもときます。

東京医療保健大学 副学長 坂本すが

東京医療保健大学 副学長 坂本すが

和歌山県出身。1976年関東逓信病院(現・NTT東日本関東病院)入職。同産婦人科病棟婦長などを経て、看護部長を経験。2006年、東京医療保健大学看護学科学科長・教授に就任。2011年6月から2017年6月の6年間、公益社団法人日本看護協会会長を務める。2017年6月より現職。

著書に『わたしがもう一度看護師長をするなら』(医学書院)、『スタッフが離職しない病院・看護部のつくり方』(メディカ出版)などがある。

自然の中で芽生えた“ワクワク”の原点

──坂本さんの著書やこれまでのインタビューを拝見すると、共通して「ワクワクしながら楽しく仕事をしよう」と語っておられます。まずは、その考えの原点をお聞かせください。

坂本さん:私は和歌山県の龍神村(現・田辺市)という山あいの村で育ちました。自然に囲まれ、近所の友だちと毎日のように遊ぶなかで、おもしろいことをどんどん見つけながら、困っている子を気にかける、そんな感覚が自然と身についていたように思います。

末っ子だったのでリーダー気質ではありませんでしたが、自分より小さい子を大事にしたい気持ちは強かったです。7歳のとき、4歳の女の子を連れて屋根に上がり景色を見せようとしたら、母にこっぴどく怒られたこともありました。

そのときから「誰かを喜ばせたい」とか、「一緒に楽しみたい」という気持ちがありました。その感覚が、私がよく口にする“ワクワク感”や、楽しもうという意識につながっているのだと思います。

──坂本さんが今でも語る“ワクワク”は幼少期に育まれたのですね。では、看護の道を選ばれたのはどのような理由からでしょうか?

もともとは物理教師を目指していたのですが、大学受験に失敗しました。そこで母から「保健師になったら?」と勧められ、まずは保健師を志しました。しかし行政的な仕事は自分には合わないと感じ、結果として助産師の道に進みました。

師長になって“やっと”看護に目覚めた

インタビューにこたえる坂本すがさん

──坂本さんが初めて師長を任されたのは関東逓信病院(現在・NTT東日本関東病院)の産科病棟だったと伺いました。

それまで人の上に立ったことがなかったので、「病棟のマネージャーとして何ができるんだろう」と少し不安でした。

私が師長として最初に取り組んだのは、病棟のスタッフに「この病棟をどう変えていったらいい?」「私たちはこれから何をしたらいいのか」と聞くことです。でも、出てくる意見がバラバラでした。

そこで、当時人気のあったテレビ番組『クイズ 100人に聞きました』をまねて、100人の患者さんに何をしてほしいかを尋ねました。最も多かったのは「おいしい食事が食べたい」という声です。

ならば入院食の改善に取り組もうと、何度も事務次長のもとに足を運び、栄養士さんたちの協力もとりつけました。最初は嫌がられましたが、「患者さんの声なんです」と何度も頼み込み、ついに了承を得ました。

入院食は自費ですから、病院の負担ではなく妊婦さんに少し多めに出してもらって、その分食事をおいしくするという点もポイントだったかもしれません。あとは、当時(平成初期)は病院ランキングが注目されていたことも追い風になったと思います。

──入院食の改善とは、具体的にどのように変えたのでしょう?

それまでの入院食は1日700円で、ご飯とおかず、ヨーグルト程度の食事しか出ていませんでした。あとはアイスクリームでカロリーを補うようなもので。それを特別病棟と同レベルの、たしか1日3,000円くらい(3食分)の食事に変更したんです。食材にもこだわり、まるで料理店のような食事を提供できるようになりました。

結果として患者さんは大満足! スタッフも「自分たちの取り組みで病棟が変わった」と手応えを感じていました。

私自身も、キャリア13年目にして「みんなで力を合わせるとおもしろいことができるんだ」と実感しましたし、そのとき初めて「看護の仕事が向いてるかも」と感じたんです。

──師長になってから「看護師に向いているかも」と感じたんですか?

ええ。それまで助産師の仕事を一生懸命してきましたし、赤ちゃんの誕生に立ち会えることもうれしかった。でもそれとは別のワクワク感があったんです。

病棟での食事改革を経験して、チームで仕事をすることのおもしろさや、看護の奥深さを感じました。それと同時に、これまで何かに真剣に向き合ったことがあっただろうか、とも考えました。その問いに自分自身でうまく答えられなくて、「よし、こんなに奥深い仕事なら徹底して看護に向き合おう」と思ったんです。

「看護管理が上手な人」とは?

インタビューにこたえる坂本すがさん

──看護師長や主任といった管理職の方は、マネジメントに悩むことも多いと思います。そうしたなかで、スタッフがワクワクしながら働けるような看護管理とは、どのようなものだとお考えですか。

結局のところ、「人とは何か」をつかんでいる人が良い看護管理をしています。つまり、スタッフ一人ひとりの得意なことを見極めて、力を引き出せる人です。言い換えれば、「組織に貢献できる良いところを見つける力」と言えるでしょう。

逆に、方法論ばかりに走ってしまうと成果は見えにくい。いまの看護界では「目標管理」「ビジョンに基づく経営」といった、難しい理論や“言葉遊び”にとらわれながらマネジメントを学ばされる現場もある。そうした姿を見ると、正直気の毒に感じることもあります。私はむしろ「一生懸命遊ぶ感覚で仕事をすればいい」と思うんです。

──一部の現場では、看護マネジメントが迷走していると?

そう思います。大事なのは「一年を振り返って、あなたは何をしましたか?」と聞いたとき、自信を持って答えられるものがあるかどうかです。

「患者満足度を上げよう」といった曖昧なスローガンでは、具体的に何をすればよいのかわかりません。でも「患者さんが喜ぶことを一つでも多くやろう」と考えれば、誰にでもすぐに取り組めますし、やっていておもしろい。

病院は専門職の集まりですから、それぞれが仕事をしてくれます。難しい理屈ではなく、気持ちよく仕事ができる環境を整えながら、シンプルに患者さんの喜びにつながることを一つずつ積み重ねる、そんな「真っ当な看護」「真っ当な医療」に取り組んでほしいですね。

だからこそ教育の場でも、人をどう見てどう伸ばすかが問われていくのだと思います。

eラーニングで広がり、現場で深まる学び

インタビューにこたえる坂本すがさん

──時代の流れとともに、教育現場にもeラーニングが取り入れられていますよね。こうした新しい学び方をどのように評価されていますか。

eラーニングもAIも、役立つならばどんどん活用すればいい。一方で、辞書を引いたり地球儀を回したり、「調べる」「探す」といった行動の積み重ねで得られる発見や驚きがありますよね。そうした営みが失われるのではないか、という不安も理解できます。

──坂本さんには看護職向けのオンライン動画研修「ジョブメドレーアカデミー」を監修していただいていますが、より効果的に活用する方法は何だと思いますか?

映画や動画を見る時間を少しだけ学習にあてる、といった形で気軽に取り入れるのがいいと思います。ただ一つ大切なのは、動画を見て終わりにしないこと。「自分はこう考える」とプラスする姿勢です。テクノロジーはあくまで手段、本質は人間がどう考えるかです。

結局、eラーニングで学びの「広がり」は得られますが、「深さ」をどう確保するかが課題です。動画で学んだことをもとに議論し、仮説を立て、行動に移す。その繰り返しこそが、これからの学びに必要になります。そしてその積み重ねが、看護師としての自信をより確かなものにしていくのだと思います。

坂本さんが看護師たちに伝えたいこと

インタビューにこたえる坂本すがさん

──坂本さんが考える「これからの看護師に必要な力」とは何だと思われますか。

看護師はもともと真っ当な看護をしています。患者さんのことを一生懸命考えているのです。だから特別に大それたことをしなくてもいいんです。原点を忘れず、自信を持って誠実に看護をすればいいんです。

長年、途上国や難民支援に取り組んできた笹川保健財団の喜多悦子先生は「日本の看護師が世界で最も優れている」とおっしゃいました。繊細なケアを自然に実践できるのは日本人の気質だと。その強みを誇りに思っていい。DXやAIといった新しい仕組みも入ってくるけど、それに振り回されるのではなく、自分たちが大切にしてきた看護を信じて続ければいいのです。

──本日はありがとうございました。最後に一つ質問です。坂本さんが『わたしがもう一度看護師長をするなら』を書かれたのは2011年のことです。2025年の坂本さんがもう一度看護師長をするなら、どういったことにチャレンジしたいですか?

坂本すが『わたしがもう一度看護師長をするなら』(医学書院)

看護組織はピラミッド型、つまり部長・師長・主任・スタッフといった階層的な仕組みですが、それを崩してみたいですね。役職をなくし、グループで患者さんを支えるやり方で、オランダの「ビュートゾルフ」はまさにそれです。ベテランも新人も一緒になって考え、判断したらおもしろそうだと思います。

指示待ちではなく、みんなで意見を出し合ったほうがワクワクするし、患者さんの安心につながるんじゃないかなと思いますね。看護職は専門性の高い職業だから、そういった運営ができる気がします。

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