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話を聞いたのは、3年ぶりに介護職へ復職したAさん

高校卒業後から介護の世界で経験を積んできたAさんですが、もともとの夢はショコラティエ(チョコレートを専門に扱う菓子職人)になること。20代半ばで介護職を辞め、製菓専門学校に進学しました。
憧れだった洋菓子店で働き始めたものの、手首を負傷。それでも製菓の仕事を続けながら、2026年3月、再びデイサービスで働き始めます。
介護を離れた理由、再び戻ろうと思ったきっかけ、そして現在の働き方について聞きました。
※本記事は、一般社団法人 豊中市介護保険事業者連絡会の協力のもと制作しています。
母の仕事をきっかけに「とりあえず介護やってみようかな」
──高校を卒業してすぐにデイサービスに入職したそうですが、まずはその経緯について教えてください。
Aさん:小学生のころからショコラティエになるのが夢でした。大阪の百貨店でボンボンショコラが並んでいるのを見たとき、子どもの自分にはすごくキラキラして見えて、「こんなすごいものを作れる人がおるんや。私もなりたい!」と思ったんです。
高校生のとき、親に製菓の専門学校に行きたいと言っていたんですけど、家庭の事情もあって、まずは働くことになりました。母が訪問介護の仕事をしていたので、「じゃあ、とりあえず介護やってみようかな」みたいな感じで、デイサービスに就職したんです。
──その後は、雇用形態を変えたり、別の介護施設と掛け持ちしたりと、いくつかの働き方を経験していますね。
最初のデイサービスで働いているとき、グループホームで働いていた知り合いから「手伝いに来てほしい」とお願いされたんです。私自身も、せっかく介護の業界にいるなら、デイサービス以外の施設はどういうふうにやっているんやろうって興味があったんです。

──グループホームで働いてみて学びや発見はありましたか?
グループホームは利用者さんの人数も限られているので、一人ひとりと向き合う時間が多かったですね。認知症にもいろいろなタイプがあるので、「この人にはどう関わったらいいんやろう」と考えることも勉強になりました。
▼認知症グループホームについて詳しくはこちら
──デイサービスとのやりがいは違いました?
うーん……「自分のやりがい」というより、まずはどの施設でも利用者さんに満足してもらえたらそれが一番かなと思っています。それは今も昔も変わらないです。デイサービスなら、むすっとして帰るより、ニコニコして帰ってくれたほうがいいじゃないですか。そういった対応を続けることが、利用者さんやご家族からの信頼にもつながっていくと思います。
「夢を追いたい」だけじゃない。介護職を離れた理由
──最初のデイサービスでは、その後正職員に戻っています。
デイサービスからも雇用形態を戻して働いてほしいと言われました。利用者さんも「あの子は来えへんのか」と言ってくれていたみたいで。それで正職員に戻ったんですが、1年くらいして会社が倒産してしまったんです。
──その後はいったん介護から離れた?
酒販店などでアルバイトをしていました。でも「もう一回介護しようかな」と思って、別のデイサービスに正職員で入りました。そこでは結果的に4年くらい働きました。
2年ほど働いたころ、製菓学校に行こうと考えて学校探しなどを始めました。もともと一番やりたかったことだし、動くなら今しかないと思ったんです。それで3年目に辞めたいと会社に伝えたところ、「どうしてもあと1年残ってほしい」と言われて、1年延ばして働きました。
──長く働いた職場を離れることに迷いはありませんでしたか?
もちろんありました。一緒に働いてきたスタッフも心配でしたし、利用者さんもスタッフに身を預けてくれているので、人がコロコロ変わることに不安を感じる方もいます。だから、後ろ髪を引かれる思いがありました。
ただ、最後の2年くらいは休憩が取れなかったり、ご飯を食べる時間もなかったりするような働き方になっていったんです。定時は17時半だけど、20時に帰る日が続くこともあって、それも嫌やなって。働き方について面談で相談したこともあったんですが、「まあまあ」みたいな感じで笑ってごまかされるだけで状況は変わりませんでした。

憧れだった洋菓子の世界。それでも離れなかったおばあちゃんの言葉
──製菓専門学校へ進学したあとは洋菓子店で働いていたんですね。
そうですね。卒業後は子どものころから憧れていたお店でアルバイトとして働けることになったんです。本当にうれしかったです。
でも、そこで手首を負傷してしまって。焼き菓子の鉄板など、重いものを一人で上げ下ろしすることも多くて、手首を痛めてしまったんです。病院でも「あまり手首を使わないほうがいい」と言われてしまって。そうなると、もうケーキ作りを諦めるしかないのかなと思いました。
お店からは「一度休職してから戻ってきてもいいよ」と言ってもらったんですけど、迷惑もかけられへんしと思って、辞めることにしました。
──そこで製菓の世界自体から離れようとは思わなかった?
それも考えましたが、やっぱりお菓子作りに携わりたいと思ったので、できる仕事を探しました。そこで今働いている洋菓子店に採用してもらったんです。
──現在は洋菓子店で働きながら、デイサービスでも働いていますよね。なぜ介護の仕事をしようと思ったんですか?
おばあちゃんに「あんたは年寄りの気持ちとかもわかるから、介護の仕事に戻ってほしい」と、ずっと言われていたんです。製菓の学校に行く前も「そんなん辞めんときや。もったいないやん」と言われていました。
──その言葉はずっと残っていた。
そうですね。なので、いつかは介護の仕事をしようかなと考えていました。おばあちゃんは、私が最初の洋菓子店で働いているときに亡くなったので、介護の仕事に戻ったことは伝えられていないんです。
それともう一つ、今の洋菓子店のシェフから、お母さまが入っている施設での介護について悩みを聞くこともあって。でも私は現場も知っているので、施設側にも難しい事情があることはわかりました。そういう話を聞くうちに、やっぱり介護業界は人が足りていないんやなと改めて感じたんです。
自分が一番長く経験してきた仕事ですし、そもそも介護が嫌で辞めたわけでもなかったので、「少しでも力になれるなら」と思って、介護の仕事も探すようになりました。
「ここやったら働けるかも」見学で見えた復職の決め手
──介護職を再開することへの不安はありませんでしたか?
3年のブランクがあったのでめっちゃ不安でしたが、介護に戻るならデイサービスと決めていました。あとは通える距離と、もちろん給料も条件として考えていました。あとは応募前に見学できるかという点です。
──以前は見学せずに就職していた?
はい、見学はせずそのまま面接を受けに行っていました。製菓の学校へ行く前に働いていた施設で大変な経験をしたので、もしまた介護施設で働くなら実際の職場を見て決めたいと考えていたんです。
──現在働いているデイサービスの決め手は何だったんですか?
応募前に会社の方とチャットでやり取りしていたんですが、その受け答えの印象がすごく良かったことと、実際に見学に行って管理者の方と話して、「ここやったらブランクがあるけど働けるかもしれへん」と思えたことです。
──見学ではどんなところを重視して見ましたか?
スタッフと利用者さんとの関わり方と、スタッフ同士がどうコミュニケーションを取っているかです。介護はチームでやる仕事なので、連携が取れなかったら事故やけがにもつながると思っています。仲が悪い人同士が集まって、利用者さんの前でもそれが出るようなところでは働きたくないなと。今の職場は、管理者の方をはじめ「みんなで協力しよう」という姿勢があるので、ここに決めて良かったです。
製菓と介護、二つの仕事を続けながら感じていること

──現在は洋菓子店とデイサービスを掛け持ちしています。製菓の経験が介護の現場で生きることもありますか?
スタッフが持ち回りでイベントをやるんですが、7月にはあんみつを作らせてもらいました。そういうところでは、ちょっと活かせたかなと思います。
──洋菓子店とデイサービス、二つの仕事をする今の働き方についてはどう感じていますか?
今が一番いいかなと思います。洋菓子店では手首のけがのことを理解してもらっていますし、デイサービスに戻るときにもそのことを伝えて、「いいよ」と言ってもらえました。どちらにも理解してもらいながら働けているので、ありがたい状況ですね。
でも、将来的にはどちらか一つに決めなあかんのかなという気持ちはあります。介護では、今までの経験を生かして介護福祉士を目指す道もありますし、製菓では製菓衛生師を取りたいという気持ちもあります。今はこのまま二つの仕事を続けながら、もうちょっと考えようかなと思っています。
──最後に、介護の資格や経験を持ちながら、復職を迷っている人に伝えたいことはありますか?
まずは、見学に行ってほしいです。自分が前の職場を辞めた理由と向き合って、見学先でそこがクリアできそうかを見ることも大事だと思います。
あとは、踏み出す勇気ですよね。やってみなきゃわからないことだらけだと思います。介護といっても、職場が変われば人も変わります。だから、一度見学してみて、やってみる。それが一番かなと思います。
取材協力:一般社団法人 豊中市介護保険事業者連絡会
一般社団法人 豊中市介護保険事業者連絡会とは
豊中市の介護事業者による団体。事業者同士のネットワークづくりや研修、地域住民に向けたイベントなどを通じて、地域の介護を支える活動に取り組んでいます。同団体と株式会社メドレーは、豊中市における介護人材不足などの課題解決を目指す連携協定を締結し、DX支援などの取り組みを進めています。