
医療におけるインシデントとは?
あってはならない事ですが、医療現場では誤った医療行為を実施してしまったり、実施しそうになってしまったりといったミスが発生することがあります。このようなできごとには名前があり「インシデント」と呼ばれています。結果として患者さんに悪影響を及ぼさなかったものがインシデントに分類されますが、再発防止のために報告書の提出が必要になります。
一方、「アクシデント」は過失の有無に関係なく、医療の現場において発生し、被害を与えてしまった事故のことです。医療行為に関わるものだけではなく、転倒や転落なども含まれています。また、患者さんだけではなく医療従事者が被害を受けた場合も医療事故として扱われます。
医療事故調査制度ってどんなもの?
医療事故調査制度とは、事故が起きた医療機関内で調査を行い、再発防止のために民間の第三者機関(医療事故調査・支援センター)が調査報告を収集して分析する仕組みのことです。医療の安全を確保するため2014年6月18日の医療法改正の際に作られた制度であり、2015年10月1日から施行されています。
<制度の対象となる医療事故>
「医療事故(当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるもの)」
インシデントとアクシデントの境目はどこ?
誤った行為をしてしまっても患者さんに及ぼす影響が少ない場合「これってインシデントなの?違うの?」と迷うこともあるかもしれません。しかし、インシデント、アクシデントについては患者に与えた影響のレベルで分類がされています。インシデントとはどのようなミスのことを指しているのか、しっかりと把握しておきましょう。
<インシデント>
レベル0:間違ったことが発生したが、患者には実施されなかった。
レベル1:間違ったことを実施したが、患者に変化は生じなかった。またはその場の対処ですみ、今後に影響を及ぼさないと考えられる。
レベル2:生命に異常はないが今後経過観察を要し、検査の必要性が出た。緊急の治療は必要なかった
<アクシデント(医療事故)>
レベル3:事故により生命に異常はないが、緊急の治療処置が必要となった。入院の日数が増加した。
レベル4:事故により生命への影響が強い。患者に障害が残った。
レベル5:事故が死因となった。
インシデントが発生してしまった時の対応・心構え
患者に影響が出なかったり生命に関わったりすることではなかったとしても、インシデントを軽く考えてはいけません。「なぜインシデントが起きてしまったのか?」という根本的な原因について考え、背景に浮かび上がった問題点や課題を把握しないと、たとえ自分ではなくても同じことが起きる可能性もあるのです。
そのため、病院全体の問題点として取り上げ、医療の安全を確保するためにインシデントの報告書(インシデントレポート)を提出する必要があります。
報告書と聞くとミスを犯したことについての反省文や始末書というイメージがありますが、そうではありません。医療現場におけるインシデントの報告書とは、病院全体で事故の背景や課題を共有して再発防止に努めるための重要なレポート(情報)なのです。
インシデント・アクシデントレポート(報告書)の書き方
インシデント・アクシデントレポート(報告書)が、院内の医療安全や今後の再発防止につながるものだということが分かれば、何を書くべきなのかもおのずと分かってくるはずです。重要なのは、誰が読んでも分かるように時系列で事故の流れをまとめることです。
そのためには、「いつ」「誰が」「何を」「なぜ」「どのように」「どうしたのか」という5W1Hで記載していきます。複数の人が関わっている場合は、まずそれぞれの行動を時系列で書き出してみましょう。そのうえで、お互いが「いつ」「どのように」関わったのかを関連づけていきます。そして、「いつ」「何が」「どのように」起こったのかをまとめましょう。
この時、より具体的にするには数値化できるものは数字を入れて細かく記載していきます。例えば、指示された投与量(〇ml)に対し、誤って(〇ml)投与したなどです。また、時間も把握していれば分単位で記録します。ほかにも、一人で対応したのか二人で対応したのかなど、できる限り数値化していきましょう。
また自分でも「どのように対応するべきだったのか」「どこに原因があると考えているのか」なども記録として残しておきましょう。たとえそれが間違っていたとしても、あとから再発防止対策を考えるときに重要な指針となります。同じ間違いを繰り返さないために、客観的事象だけではなく主観的な意見も必要です。
ただ、ここまでを報告書に記載して終わりではありません。事実経過を明らかにした後は、「なぜ起こったのか?」「なぜその行動をとったのか?」という疑問点や理由を追及し、不明点があればその都度情報を洗い出していきます。これを何度も繰り返し、インシデントの裏に潜んでいる直接的な原因や要因を見つけ出していく作業が必要です。
そして、最終的にはインシデント・アクシデントレポート(報告書)をもとに、院内全体で問題点を共有し、今後の改善や再発防止に活用していくのです。
インシデントの報告書の分析方法
インシデントが起きたら、分かりやすく報告書を書くことが大切ですが、むしろ重要なのはインシデント報告書を分析して今後の医療事故防止に役立てることです。そこで、インシデントの報告書をどのように活用していくのかを具体的に紹介していきます。
1.事象の整理
発生したインシデントの報告書をもとに、概要を時系列で整理していきましょう。この中で、事象を整理するのに不足している情報があれば、その時に起きていたであろう状況の仮説を立てて、情報を補足していきます。
2.直接的な原因、背後要因の明確化
仮説や補足した情報をもとに、改めてインシデント事象の整理をします。そして、インシデントが起きてしまった直接的な原因と背景に潜んでいた要因を明確に洗い出す作業が行われます。
3.対策の検討
インシデントの背景に潜んでいた要因が明らかになれば、それに対しての対策を考えます。また、その対策を実行するためには、「誰が」「いつまでに」「何を」「どのように取り組むのか」まで決めなければいけません。そのうえで、防止対策が実行可能なレベルに達するまで、具体的に検討していくのです。
目を通しておきたいインシデント事例
院内でインシデントを分析し、再発防止に努めるのはもはや当たり前のことですよね。しかし、起きていないインシデント事例については、注意点を見落としている可能性もあります。
そこで、目を通しておいてもらいたいのが、厚生労働省が公開している全国の医療施設で起きたインシデント事例です。
医療事故防止の観点から、特に重要だと考えられる事例が取り上げられており、具体的な内容だけではなく、発生要因、改善策までが記載されています。医療現場において、「どんなことに注意すべきなのか」「インシデントが起きやすい状況はどんなときなのか」などを事前に知ることもインシデント防止になるはずです。
自分の身や周囲で起きたインシデントだけではなく、そもそもインシデントを起こさないためにもぜひ目を通しておきましょう。