LIFE(科学的介護情報システム)の概要と普及状況
LIFEは「Long-term care Information system For Evidence(科学的介護情報システム)」の頭文字を取った通称で、2021年度の介護報酬改定により運用が開始された新しい制度です。
LIFEは利用者一人ひとりのADLや認知症の状態、栄養状態、口腔機能など心身の状態に関するさまざまな情報を登録することで、累積されたデータベースからケアに関する提案(フィードバックデータ)が受けられる仕組みになっています。
介護事業者はLIFEの導入に併せてデータの提出とフィードバックデータを活用することで「科学的介護推進体制加算」をはじめとした各種加算が得られるようになりました。このためLIFEを導入する事業者数は急速に増加しています。
科学的介護推進体制加算の算定要件
- 入所者・利用者ごとの心身の状況等の基本的な情報を厚生労働省に提出していること
- サービスの提供に当たって、1に規定する情報その他サービスを適切かつ有効に提供するために必要な情報を活用していること
独立行政法人福祉医療機構(以下、WAM)が実施したアンケート調査によると、「すでにLIFEを利用している」事業者から「近いうちに利用申請予定」の事業者までを含め、全体のうち8割強の事業者はLIFEの導入を進めています。一方で「利用申請する予定はない」と回答している事業者は2割弱いる結果となりました。
導入が急速に進められる一方で、同アンケート結果からはデータの入力作業が現場職員の業務を圧迫していることをはじめ、問題点を指摘する声も数多く見受けられました。
今回は、LIFEを取り巻く現状や今後の見通し、現場職員がどのように科学的介護と付き合っていけばいいのかという点について、介護業界のテクノロジー事情に詳しい竹下康平さんにインタビューをおこないました。聞き手は、介護福祉士の中浜崇之さんです。
話し手
竹下 康平さん
1975年青森県生まれ。株式会社ビーブリッド代表取締役、一般社団法人日本ケアテック協会専務理事ほか。SE、システムコンサルタントなどを経て、2007年より介護業界でのIT業務に従事。介護業界のICT活用の促進を目的に、行政や業界団体向けの講演活動や各種メディアでの情報発信にも力を入れる。
聞き手
中浜 崇之さん
1983年東京都生まれ。学生時代の一日デイサービス体験をきっかけに介護の世界へ。介護福祉士として施設長やデイサービス立ち上げを経験するほか、全国での講演活動やイベント主催など多方面で活躍中。
介護業界の課題とLIFEの意義
中浜さん:2021年4月からLIFEが始まりました。僕の周りの介護関係者からも賛否両論……というか、「正直負担になっている」という声をよく聞いています。竹下さんは元エンジニアとして開発側の事情もわかり、介護業界でICT推進を進める立場でもあるわけですが、現在のLIFEをどう見ていますか?
竹下さん:LIFEはまだまだ発展途上で、とくにフィードバックデータの精度については今後の改善に期待、というのが正直な所感です。WAMが公表したLIFEを導入した事業者によるアンケートの回答を見ても、LIFEに意義は感じていながら、同時に課題を指摘する内容が目立ちました。
現在のLIFEは「根拠のある質の良い介護」を浮き彫りにするための前段階──データの収集段階とも捉えられます。この類いの仕組みは一定のデータ収集が整えば強いので、そのために元となる大量のデータが必要です。まだしばらく時間はかかると思いますが、今後データが集まり、しっかりとゴールが定義されれば、実用的で有効な仕組みになっていくと思います。
中浜さん:ではLIFEがうまく活用されるようになれば、実務においてどういった変化が起きると思いますか?
竹下さん:これまで政府や保険者が持つデータでは「どのサービスを1ヶ月にどのくらい利用したか」という大枠しか把握できないので、ケアの中身まで振り返れる内容にはなっていなかったんですよね。それがLIFEができたことによって、これまで個々の介護事業所や介護職員のスキルや経験則頼みになっていた領域に、介護の効果を測る“メジャー”ができ、LIFEが定義する「根拠のある質の良い介護」を客観的に明示できるようになった。
その結果、LIFEを活用することで“集合知”としてケアの質のベースアップ(底上げ)を図ることができるようになります。
中浜さん:例えばこれまで一人前の介護職員になるのに10年かかっていたところを、LIFEを土台にして習得することで、最初のステップを短縮できるようになる、といったイメージ?
竹下さん:そうそう。介護には“絶対にテクノロジーではカバーできない領域”があって、そこが介護職員の専門性と呼ばれる部分。その専門性を早く伸ばしていくためにも、LIFEでベーススキルを効率的に習得していける点に価値があります。
ちなみに、これは医療業界においてはすでにやっていることです。医師たちの裏には過去の臨床データなどの集積から成る膨大なビックデータがあって、それをもとに個々の医師が判断して、患者に説明して、治療に当たっている。それと同じことを介護業界でもやっていこうという話なんですよね。
LIFEを活用できている事業所とは
中浜さん:実際のところ、LIFEをうまく活用できている事業所は存在するんでしょうか?
竹下さん:僕がよく知っている小田原福祉会という社会福祉法人は、LIFEをうまく業務に組み込んでいて、まったく職員たちの負担になっていないと聞きます。というのも彼らはもともと、入居者の情報を事細かくデータに蓄積・分析し、そのデータをもとにカンファレンスで意見交換をおこない、次のケアマネジメントに繋げていく……ということを1990年代からずっと実践し続けているんですよ。
中浜さん:1990年代から! すごいですね。
竹下さん:だから職員たちにとっても「科学的介護って急に登場したけど、データを活用してケアに活かしていくのは当然」のことのようなんです。これまでやっていた独自のデータ記録法がLIFEに置き換わったというだけ。彼らからしてみれば、ほかの事業所の経験頼みの介護のほうに違和感を感じるのだと思います。
中浜さん:なるほど……。小田原福祉会さんはかなり先駆的な取り組みをされていたと思いますが、ほかの多くの施設はその段階にはないですよね。
竹下さん:そうですね。ただ先ほども言ったとおり、LIFEというメジャーができたので、「LIFEを振り返りのツールとして活用する」ことは一つ有効だと思いますよ。フィードバックデータはまだ実用性に欠けるかもしれませんが、その手前のデータ入力の部分については、一人の入居者の状態を経年比較したりだとか、法人内で近い状態にある入居者同士を相対評価で比較して、その違いには何が起因しているのか分析したりするのは意味がある。それこそ小田原福祉会が何十年も続けてきた“自前のAI”と同じ取り組みをするわけです。
中浜さん:たしかに今はデータを入力することだけでいっぱいいっぱいになってしまっていたり、返ってきたフィードバックデータを見て「使えないじゃん」ってガッカリしたりするだけで終わってしまうところも多い気がします。でも、データ入力そのものの過程を活かすというのも一つ重要なんですね。
竹下さん:はい。とくにLIFEの運用がうまくいっている事業所の共通項を最近見つけました。特定の情報に対し責任を持つ“データオーナー”を決めて役割分担していることです。例えば栄養に関するデータは管理栄養士が、ADLに関するデータは作業療法士や理学療法士といったリハ職が、自立支援に関するデータは施設ケアマネが担当するなど、それぞれの職種の得意分野ごとに管理するデータを決めて取り組んでいます。
ただし事業所の規模や人材の有無によっても適当な体制は変わってきます。職員全員で入力作業をおこないデータオーナーのみがチェックするところや、入力からチェックまですべての作業をデータオーナーがおこなうところなど、それぞれの事業所に合った体制を取っているようです。
また、先日伺った事業所では「フィードバックデータは見ないでLIFE加算だけを取る」と割り切った方針を取っていました。それは自分たちの確立されたケアの中に、中途半端にフィードバックデータを取り入れることで現場が混乱しないようにするため。そのうえで加算分はしっかり職員の給料に還元すると決めているようです。
LIFEの活用が難しい事業所も存在する
竹下さん:そういった運営上の工夫はありつつも、ある程度は人員体制に余裕がないとLIFE導入が現実的ではない──科学的介護に取り組みやすい事業所とそうでない事業所というのは確実にあります。特養(特別養護老人ホーム)や老健(介護老人保健施設)を運営するような比較的大規模な法人にはできても、最少人員で小規模デイサービスを1拠点運営しているような法人にとっては難しいですよね。
中浜さん:たしかにWAMのデータを見ても、導入率が高いのは特養や老健などで、グループホームや小多機(小規模多機能型居宅介護)などの小規模事業者では低くなっていますね。
竹下さん:なので理想を言うならば、次回の介護報酬改定では「褥瘡マネジメント加算の条件にLIFEのデータ入力を必須とします。ただし利用者数が◯人以上いる施設に限ります」というように適用範囲を事業規模に合わせてくれたらいいと思っています。さらに小規模事業者にとっても、データ提出はせずともフィードバックデータの閲覧はできるようになったら尚良しですね。
中浜さん:それいいですね! どうしても「加算を取らない」選択は肩身が狭いというか、良くない選択をしているような気持ちになりやすいと思うので。
竹下さん:おっしゃるとおり。「加算をつける」ということは、つまり国策として推奨している流れなので、真面目な経営者ほど「加算は取らなくちゃいけない」と考えやすいんです。かと言って「私たちは良い介護をしているから、加算は取れないけど頑張ろう!」となると、収入減となってしまい格差が生まれてしまいます。
中浜さん:難しい問題です。よそから指示されなくても独自で素晴らしい介護を実践している事業所もありますし……。
竹下さん:そう、そこは本当に重要な視点だと思います。LIFEは「介護スキルのボトムアップ」としては優れているけれど、その一方で「平均点思想」になってしまうデメリットも併せ持っています。介護事業所ごとの個性がなくなり、画一化・均質化されていく恐れもある。
業界を見れば、独自に編み出した介護を実践しながらアウトカム評価(結果の評価)でしっかりと成果を出している事業所もたくさんあります。現在のLIFEはデータ提出の部分……結果ではなく取り組みそのものを評価する形になっているけれど、結果での評価もしないと、彼らのような独自のやり方で良い介護をしている事業者たちの足を引っ張ることになってしまいます。それは避けなくてはいけないし、そういったユニークな取り組みも評価されてほしいと思います。
2024年度の介護報酬改定の見通しと介護職員の未来
中浜さん:次回2024年度の介護報酬改定で、LIFEはどんな動きを見せると思いますか?
竹下さん:すでに検討会も発足していますが、次回の介護報酬改定ではLIFEの対象範囲が拡大されて「訪問介護」や「居宅介護支援」も加算対象に含まれてくると予想されます。
さらに私が懸念しているのは、現在は取得できている加算がLIFEに取り組まなければ取得できなくなってしまう恐れがあるということです。とても難しいとは思いますが、介護事業所が今後も生き残るためにも、LIFEは今のうちから始めておいたほうがいいということを伝えたいですね。
中浜さん:先ほど竹下さんがおっしゃっていた「事業規模に応じてLIFE加算の対象を限定的にする」という案が成立する可能性は低いのでしょうか?
竹下さん:いや、なくはないと思いますよ。実態調査の結果で小規模事業者の導入率が低い点や負担が集中している点に注目が集まったり、業界団体やメディアが声を挙げることで、厚生労働省でも見直しが図られるかもしれません。
中浜さん:では最後に、科学的介護の推進が進められていくことで、介護職員の未来はどうなっていくと予想しますか?
竹下さん:国は科学的介護の推進により、データに基いた介護の提供、さらに介護人材の専門性向上を目指しています。時間はかかるでしょうが、少しずつそこに近づいていくと思います。さらに日本全体の少子化によって介護の担い手はより希少性が増すので、需給バランスからも介護職員の価値は高まり、専門性の高度化もあって、高単価化していくことが予想できます。
中浜さん:今はまだ課題も多いLIFEですが、将来的には介護業界を支える大きな柱に育ってくれると信じたいですね。
参考
- 厚生労働省|科学的介護