2025年10月から、改正児童福祉法が施行されます。今回の改正では、保育現場の人手不足の解消や、潜在保育士の復職支援を目的に、「保育所・保育士支援センター」の法定化と、「地域限定保育士」の全国展開が盛り込まれました。
こうした制度は現場にどのような影響をもたらすのでしょうか。保育従事者向けの講座や調査などをおこなう公益社団法人日本こども育成協議会の会長・溝口義朗さんに、制度の意義や今後の保育のあり方について伺いました。
話を聞いた人
公益社団法人 日本こども育成協議会 代表理事(会長)
溝口 義朗さん
保育士と幼稚園教諭の資格を持ち、認可保育所での勤務を経験。2009年に東京都あきる野市にて認証保育所ウッディキッズを開設。日々、保育の現場に立ちながら、日本こども育成協議会の会長業務や講義、執筆などをおこなう。
保育士は不足している?
──まずは保育業界の現状についてお聞かせください。保育士の有効求人倍率は全産業平均より3倍ほど高いと言いますが、ご自身の園や協議会に寄せられる声から、人手不足を感じる場面はありますか?
溝口さん:私自身はあまり人手不足を実感していません。協議会にもそうした訴えがとくに多く寄せられているわけではないです。私が運営する保育所は10年以上勤めてくれる職員ばかりで、人手不足を感じることは正直あまりないですね。
ただ、年間数百人規模で採用が必要な大手事業者の場合は、人材の充足が難しいので、人手不足に悩むこともあるかもしれません。

異なる年齢の園児たちが共に過ごす、大家族のような雰囲気が特徴の施設
──では、都市部では人が足りているなど、地域偏在はあると思いますか?
地域というよりも、事業者ごとの事情によるのではないでしょうか。転職が活発になり人材の流動化が進めば、どこかで人が足りなくなるのは当然だと思います。
「国が進めても改善しない、少子化と同じ」
──2025年10月以降に改正児童福祉法が施行されます。まずは、保育士・保育所支援センターの法制化で、どのような効果が期待できるかお聞かせください。
大きな効果はないのではと想像しています。以前から東京都では保育士と保育所のあっせん事業をしていますが、効果があったとは聞いていません。保育士・保育所支援センターにしても、期待する人がいるのか疑問です。
公的制度には限界もあるので、柔軟性のある民間の職業紹介事業者が主導するほうが良いのかもしれません。国がいくら対策を進めても改善しないでしょう。少子化と同じです。
──センターを法制化する目的には、現職者のマッチング以外にも潜在保育士の活用もあります。
どこかしらには保育士資格を持っている人がいるんでしょうけど、センターを整備しても増加につながるわけではないと思います。運転免許証を持っているけど、運転しない人がいるように、保育士資格を取っても、それを仕事に活かしたいと思うかは別の話です。
──たしかに、保有資格と就職先は必ずしも結びつくとは限りませんね。では、地域限定保育士のほうはどう捉えていますか?
「限定的な保育士」というのは不思議な制度です。しばしば専門性や質が話題に出されるわりに、こういう制度を導入したり、保育士の資格は短大でも取得できて試験は4択というのは矛盾しているようにみえます。
保育士を増やしたいのであれば、試験の実施にせよ従事者の資格要件にせよ、合理化できる方法はいくらでもあったはずです。保育士を登録制にしても、働く人が増えたわけではなく、数値化できるようになっただけです。
保育士数、潜在保育士数、離職者数と部分的に見るのではなくて、すべてまとめて制度から見直すのが良いのでは。
──人員基準や資格の有無を見直すべきということでしょうか?
資格がない人も含めて保育に参加できる構造をもっと考えたほうがいいと思っています。私は保育士資格も幼稚園教諭免許も持っています。これらが全く違う分野かというとほぼ一緒ですし、保育の場で使い分けることもありません。違うのは管轄する仕組みと制度だけです。
制度上、保育は福祉、幼稚園は教育という扱いになっていますが、最近では幼稚園も長時間保育を実施するなど、両者の境界線はあいまいです。
そもそも保育には、生涯の人格形成を支える教育的な側面もあります。子どもが生きていくためにどうしたらいいか、どういう人間になるんだなんてことをみんなで考えながら、一緒に過ごす場なんです。そこには、資格の有無や国籍に関わらず、幅広い人を受け入れる環境が必要に感じています。
制度より大切なのは議論と関係性
──今後、安定的に保育士を確保するために必要なことは何だと思いますか?
これまで行政は、制度づくりに注力してきました。そこで置き去りになったのが、保育や教育とは何か、質とは何かという議論です。
無資格者の登用にせよ、地域限定保育士にせよ、必ず問われるのが「質」です。しかし、質って一体何でしょう。数値化できるものなのか、無事故であれば質が高いのかなど、その実態は誰も共通認識として持っていないのではと思います。
保育の現場は、平均化ではなく日々の変化を当たり前としていますし、子どもであればそれを成長と呼びます。保育に確実性を持たせることは難しいんです。こんな難しいことをしているのが保育士です。このことを世の中に認知してもらえれば、保育士の価値をもっと正当に評価してもらえるでしょうし、夢を持ってくれる人も増えるかもしれません。
──では、離職を防ぐために事業所にできることは何だと思いますか?
関係性を築くことだと思います。一緒に働いていたらストレスも怒りも感じるのは当然ですが、職場から感情やストレスを完全に排除するのではなく、伝えるべきことは伝える。そして互いのことを理解し合って、信頼関係を築くことが重要です。
子どもたちだって、「友達の持っているものが欲しいけど、取っちゃダメなんだ」「あの子のおやつも食べたいけど、我慢する」など、自分の中で葛藤が生じることで成長しますから。
もしも働くのが嫌なら、離職していいと思います。暑い、寒いと同じで環境が先にあって自分の感覚が発生するので、合わない環境だとあとから気づくこともあります。大切なのは、そこで経験したことを次につなぐことです。
保育士を離れて違う仕事を経験してもいいでしょう。またやりたくなったときに、リトライできる環境を整えておくことが大切です。
──いつでも保育に戻れると考えれば、心が軽くなりそうですね。最後に、少子化によって保育所のあり方や求められる役割は変わると思いますか?
保育所の必要性は変わらないと思います。ただ、保育所のM&Aも耳にするので、施設数は少なくなっていく可能性はありますが、ある程度で下げ止まります。
子どもは、親以外の人との関わりから、恥の概念や競争心、向上心が芽生えます。非認知能力とは、他者との経験のなかで育まれるものです。だからこそ、保育所には保育士が必要なんです。多様なバックグラウンドを持つ人が、資格の有無に関わらず子どもたちを支える、それが保育の理想ではないでしょうか。