話を伺ったのは、介護老人保健施設(老健)に勤続16年目のSさん
──介護老人保健施設(以下、老健)に勤続16年目とのことですが、なぜ介護の道に進もうと?
当時、高齢者虐待のニュースがすごく多かったんですけど、そのニュースを見たときにすごい腹が立って。俺自身“おばあちゃん子”だったので。うちは両親共働きで、学校から帰ったらばあちゃんが夕飯作って待っててくれたりして、ばあちゃんとはずっと一緒に生活してたので。「こんなやつらが介護するんだったら、俺が資格取って介護したほうがいいじゃん!」って、そういう“ムカつき”からそっちの道に。
──それで高校生でヘルパー2級(現在の介護職員初任者研修)を?
もともと母親が介護の仕事に携わっていて、高校2年生の夏休みに母親の勤務先でヘルパー2級の講習があるってことで、特例で参加させてもらいました。それで「このまま介護の勉強を続けてみようかな」って思って、親に頼んで福祉専門学校に行かせてもらいました。
専門学校時代の実習先がすべて特別養護老人ホーム(以下、特養)だったんですけど、実習中に初めて“人の死”に立て続けに触れて。それで精神的にやられたのか、体重もガクって落ちちゃったりして結構しんどかったんですよね。
──そのくらいの年だと身近で人が亡くなる経験もあまりないですもんね。
そうなんですよね。
──それでごはんが喉を通らないくらいショックを……。
いや、それがすごい食べてんですよ!
──え?
当時はすごい食べてたのに体重はどんどん落ちていくので、自分でも「大丈夫なのかな?」って心配になるくらいで。
──不思議ですね……。
そんなこんなあって、卒業試験も終わってみんなが就職決まっているなか、一番最後まで就職先が決まんなくて。どうしようか迷ってて。
その頃に母が研修先でたまたま会ったのが今働いている老健の当時の事務長で「見学だけでも行ってみたら?」って。
それで見学させてもらったら、利用者さんはすごく楽しそうだし、職員の人も「何を以ってこういうふうにやっているんだよ」って根拠から一つひとつ丁寧に説明してくれて。それで「ここに就職しよう」と思って、今の会社に就職しました。
──ずっとその老健に16年?
ずっと同じ法人ではあるんですが、老健から認知症グループホームに一度異動して、また元の老健に戻って、っていう流れになります。
コロナ禍で低下したベッドの稼働率
──老健には何名くらいの方が入所しているんですか?
認知症の方が入所しているフロアと身体介護が必要な方が入所しているフロアに分かれていて、1フロア50人、2フロアあるので合計100人ですね。
平均年齢は80代、平均介護度は3.5程度。自分が所属している認知症フロアは圧倒的に女性が多いですね。女性が9割以上で、男性は1割もいない気がします。
──入所期間はどうですか?
バラバラですね。ほかの老健や特養への入所が決まると短いんですが、長い人だと入退院を繰り返しながらトータルで10年くらい入所していた人もいましたね。
──病院と老健を行ったり来たり、ということでしょうか?
そうですね。うちはクリニック併設の施設なので、治療が必要であればクリニックに入院して、また回復したら老健に戻る感じです。それ以外の病院の場合もありますが、いずれにせよ一度入院したら(入所期間は)リセットされてしまうので、トータル10年くらい入所していても、記録上はそうはならないので。
──なるほど。その1回の入所期間は半年くらいなんですか?
そうです。……いや、今は一概にはそうとは言えないですね(笑)。人数がただでさえ少ないので、外に出さなくていい利用者さんは基本的に囲っちゃってるのかなって感じです。今ベッドが本当に埋まってないんですよ。コロナ禍になってから稼働率がかなり下がっていて、今は8割くらいなのかな。
──稼働率が下がったことで入所期間にも影響が出ているということですね。
そうですね。よほど症状が落ち着いていたり、次のところが決まらない限りは退所しないって感じですね。
──給与面への影響はありますか?
給与は大きくは変わってないですね。
──危険手当みたいなものは支給されましたか?
危険手当は介護職はなかったと思います。医療とか看護とかにはあったと思いますけど。
認知症フロアの日常
──昨年2020年の2月に国内初の新型コロナウイルスによる死亡者が出たり、クルーズ船が入港したりして、危機感が共有されるようになったと思うんですが、その頃はどんな対応をしていましたか?
手間が一番増えたのは消毒かな。あとは職員はマスク、ゴーグルを着用しなければならなくなったので、最初は利用者さんからの反応がちょっと心配でした。
──ものものしい雰囲気が利用者さんを不安にさせないかと?
そうですね。程度の違いはありますがみんな認知症の症状があるので。
新型コロナウイルスについてあんまり説明したところで認識されるかどうかわからなかったんですけど、「今こういう病気が流行っていて、もっと広がるかもしれないんだよ」「だからマスクしなきゃいけない状況になったんだよ」って話を少しずつするようになりました。
ただ「うちに帰りたい」って人にそんな話をしても「そんなの知ったこっちゃない!」って感じだったので、それが大変だったかな(笑)。
──帰宅願望が強い方は多いですか?
うちのフロア(認知症フロア)にはだいぶいます。
雨が降っていなければ、一緒にベランダまで散歩に行って、中庭の花や木を眺めながら少し話をして戻ると、落ち着かれたりするんですけれど。
どうしても「今すぐここから出して!」ってなったら、たまに声をかけながら付かず離れず様子を見守って、本人の気の済むまで館内で行きたいところに行ってもらって、「今日はもう泊まるしかないかな」って折れてくれるのを待つ感じですね。
──それが毎日となるとなかなか大変ですね。
誰かしらが悪役を引き受けて、誰かしらが味方をして、最終的に悪役のほうが引くというようなチーム対応をすると案外すんなりいくんですけどね。
──なるほど。認知症が中等度以上になってくると、新型コロナウイルスについて毎日のように説明が必要になるんでしょうか?
毎日はしませんね。「なんで外に出られないの?」「なんで帰れないの?」って聞かれたら説明することはあります。その場限りの理解ではあるんですけれども、自分が経験したことがないような状況になってるんだってことに対して毎回驚いていますね。
ただ、天気のせいにして「雨が強いからさ」とか「道路が冠水しちゃってさ」って説明をすることのほうが多いです。
──その説明のほうが精神的なダメージは少なくて済むかもしれませんね。
それもあるんですが、そもそも実感が湧かないんですよ。「新型ウイルスが世界中で流行していて──」って説明しても「お前が考えて言ってるだけだろ!」くらいにしか思われないんで(笑)。
──あまり興奮させない、刺激しないみたいなことは普段から意識しているんですか?
いや、それはないですね。
よく「認知症の人を興奮させすぎない」って言われているんですが、認知症ってあくまでも脳の病気を原因とする症状じゃないですか。症状が出ているだけで人間としては変わりない以上、喜怒哀楽が出ないことのほうがおかしいと思うんですよ。だから、怒ったりも悲しんだりも楽しんだりも笑ったりもするっていう状況を作りたい。
だから、相手がけんか腰で来たら「すみません」って謝るだけじゃなく「それは違うんじゃない?」って良くない部分は指摘する。もちろん利用者さんのほうがずっと年上ではあるんですけど、対等な関係を作りながら、一人の人間として認めながら対応することを心がけてます。
──うーん、イメージとギャップがあったので驚きました。やっぱり日常的に認知症の方と接している方でないとわからない部分があるんですね……。
難しいですよね。俺のばあちゃんは特養に入っているんですが、認知症の症状がだいぶ進んでいて、このコロナ禍でしばらく会いに行けてないので、次会ったときには俺のこともたぶん忘れちゃってるんだろうなって思うんですよ。
──!
忘れられちゃうのは悲しいんですけど、ずっとこの仕事に携わってきたから「しょうがない」って受け入れられるところはあります。
ただ、うちに入所してもらってる利用者さんや家族にはそういう思いをなるべくしてほしくないなと思うので、日常的に娘さんや息子さんの名前を出して反応見たりしてます。
もちろん中には忘れちゃってる人もいれば、「子どもはまだ小さいから」って回帰しちゃってる人もいるので、話はなかなか噛み合わなかったりするんですけれども。なるべく忘れてほしくないじゃないですか。
──そうですね。
それに、テレビ面会のときに「誰だかわからないまま終わっちゃいました」だとご家族に悲しい思いだけが残ってしまうので、「でもこの前、娘さんのお名前を出したらこういう昔話が出てきましたよ」ってエピソードを家族の人に話せれば、少しは心が楽になるのかなって思いながら働いてますね。
利用者の“死”とどう向き合うか
──さきほどベッドの稼働率が下がったと話していましたが、入所状況はどうなっているのでしょうか?
新規の入所は減っています。入所ニーズが強いのが胃ろうやIVH(在宅中心静脈栄養)が入っているような医療依存度が高い人たちが中心で、新たに受け入れられないんですよね。
医療依存度の高い人を受け入れると加算ももらえるらしいんですが、人員がそこに割かれることでほかの利用者さんのリスクが高くなってはいけないので、「そういうことはしたくないです」ってはっきり上にも伝えてます。
なので入ってくる方はロングもショートも基本的にリピーターの方。コロナ禍で家族のレスパイト(休息)目的で入ってくる人もいるんですけれども、そんなには多くないですね。
──退所のほうはどうでしょうか?
特養も入所者を増やそうと必死みたいで、そっちに入所が決まって退所する方も多いですね。それから、発熱とか肺炎とかコロナの症状ではないんですけれども、コロナ禍になってから亡くなる方が立て続けにいて。
16年もいると人の死が「悲しい」とか云々思う前に……。そうだな「悲しい」っていうのがあとから来るようになりましたかね。ほかの利用者さんもいる以上、プロとしては泣いている暇なんてないので、悲しみをずっと引きずることもできないのがしんどいっていうのはたまにありますね。
──時間差で、忘れたころにふっとやってくる?
ありますね、いや本当に。夜勤中におむつ交換に行くときに「あっ、そういえばいないんだよな」って思ったり。それと同時に死に直面する頻度が多すぎると、自分の感情がだんだん欠けていくような気もしていて。そういう話も同僚だったりとか、ストレスチェックに来てくれる元上司に話したりはしてるんですけれども。
──ストレスチェックはどのように実施されているんですか?
半年に一回くらいかな? ストレス傾向を測るためのチェック項目が並んだ紙があるので、あてはまる状態にチェックを入れて提出するんですけど、その結果「ストレス傾向が高い」って判断されると本部の人が直接話を聞きにくることになっているみたいです。今のところ、自分はそんなに高いストレス傾向が出たことはないのかな?
──じゃあ、そのストレスチェックに来ている元上司の方は、Sさんのケアではなくてほかの職員でストレス傾向が高い人のケアのために来ているんですね。
そうですね。あとはそれとは別に定期的に様子を見に来てくれるんですよ。とくに話がなければすぐに帰っちゃったりすることもあるんですけど。自分の面倒を見てくれていた人がそうやって来てくれて、少し話をするだけでも気持ちが楽になるところはありますね。
──施設での看取りも増えましたか?
看取りはもともと「ターミナル同意書」をもらったうえで対応していたんですけれども、やはり数は増えましたね。
──看取りはどのように対応しているのでしょうか?
一番最近亡くなられた方は、家族だけで過ごせるように2床部屋を空けて「息が止まった」っていう報告を家族からもらったうえで死亡確認をして──って、最後まで家族が付き添えて本当によかったなあって思うんですけれども。
コロナ禍では亡くなるときに家族が付き添うことができない場合もあったので、そこのところはちょっと悔しかったり悲しかったり。少なくとも「誰でも付き添える」わけではなくて、子どもはまだしも孫になると厳しいかなっていう……。
ただ、利用者さんが亡くなると「ターミナル委員会」で看取りに関わったスタッフ──主にナース、ケアワーカー、ケアマネ、リハビリ職にアンケートを取るんですけど、「これができてよかった」っていう良い意見が圧倒的に増えました。
最近ターミナルが続いたというのもありますが、スタッフ一人ひとりが「こうしたい」という意見を出して、その意見に賛同したスタッフ全員で動いた結果かなと思います。
ただ、老健は「ターミナルありき」ではなく「在宅復帰ありき」の施設なんです。認知症フロアには在宅復帰を目指せる人がほとんどいないのが実情なんですが、特養に行くにしろ、ほかの老健に行くにしろ、その人が快適に暮らすために、日常生活を送るなかでの課題を一個一個消していくことに力を全振りして、その余力でターミナルができたらいいよねっていうことはミーティングでも伝えてます。
介護のゴールと金髪の理由
──老健って病院に近いイメージだったんですけれども、今日の話を聞いて「ちょっと違うのかな」と思いました。
そうですね。治療の場というよりは生活の場に近いですし、あとはリハビリがあるので多職種連携がしやすい施設だと思ってます。一人の利用者さん、家族を中心にして、ケアマネ、ケアワーカー、リハビリ、医師、看護師、相談員、栄養士、少なくとも7つの職種が連携できるのが強みだと思います。
──「医療職の方と介護職の方で上下関係ができてしまう」という話を聞くことがありますが、それはどうですか?
医療保険は医師をトップにしたヒエラルキーが強いと思うんですけれども、介護保険導入後は利用者さんを中心に他職種が連携するっていうのを体現するために動いてるんですよ。実際できているかどうかは別としても。
利用者さんが自分のやりたいことを追求できる生活がゴールなので、別に階級とか上下関係とかどうでもいいと思ってて。相手が誰であろうが「ちょっと納得いかないし、なんでそれができないのかわかんない」ってなったら説明を求めるし。
っていうことを俺がやり続けていれば、それに続く人はもっとうまくやるかもしれないじゃないですか。なのでそれをずっとやり続けて、結局金髪なっちゃったっていう(笑)。
──それで金髪になっちゃったんですか(笑)。金髪にしたのはいつなんですか?
いつですかね、もうずっとこんな感じなので。入職したときは黒かったんですが……。その当時の職場環境にすごくムカついてたんですよ。口ばっかりの職員が多くて一人で動くことが多くて「なんかこの状況がムカつくな」って。それを口で伝えるのも面倒臭くて、金髪にしたら目に見えて「あっ、この人は今すごく機嫌が悪いんだな」っていうのが伝わるかなって。
──反抗期みたいですね(笑)。
ずっと反抗期ですね(笑)。
──それでそのスタイルが気に入ったんですか?
いや、自分が気に入っているというより、もう利用者さんから求められます。「黒いの増えたね」「なら、染めに行くわ」って。
──利用者さんほうが抵抗がないんですね。
そうですね。白髪染めをしてる方もいるので「あんたそれ染めてるの? きれいに染まってるね」ってコミュニケーションのきっかけにもなるんで。
──なるほど。
だからほかの人も全然変えていいと思うんですよ。別に髪の毛の色で仕事してるわけじゃないでしょ?
──医療や介護のような専門職には「介護職はこうあるべき」「医療職はこうあるべき」みたいな“べき論”が多いと思うんですが、髪色に限らず、いろんなスタイルが認められたほうが間口が広がっていいんじゃないかなと個人的には思います。
いや本当にそう思います。
介護の“介”は「元気になるきっかけを作る、媒介する」、介護の“護”は「守る」っていう意味なので、「介護とは?」って聞かれたら「その人を守りながら元気になるきっかけを作る仕事」ってことになる。だから「介護の仕事ってヒーローじゃね?」って思うんです。
で、アニメを引き合いにすると、『僕のヒーローアカデミア』では一人ひとりが個性を持っていて、その個性によって戦い方が決まってくるように、介護の現場ではどういうふうにしたら利用者さんの生活が良くなるかとか、助けられるかってことを職員の個性を使ってやってるんですよ。
──なるほど。介護される側の“らしさ”はよく聞きますけど、介護する側の“らしさ”ってあまり聞かないですよね。最後に老健で働くやりがいについて教えてもらえますか?
大きい小さい関係なく、元気になるきっかけを作れたときですかね。
「元気になる」っていうのは「笑顔を見せる」とは別物で。正直、馬鹿話とか変顔とかすればいくらでも笑わせられるので。
そういうことじゃなくて、できなかったことができるようになった、さらに上手になった、っていうときがやっぱり嬉しいですね。
もちろんできないままのこともありますけど、そういう場合は少しでもこの人が力を使える環境、少しでも介助の負担を減らせる環境を整えて、それがしっくりはまったときにはやりがいを感じます。
──それはやはり日常動作の中でわかりますか?
そうですね。「今までここを支えてたのに、あれ? できてるじゃん!」みたいな。「本当?」って本人が気づいてないときとか超嬉しいですね。
利用者さんが忘れちゃっててもこっちは「つい何ヶ月か前はできなかったんだよ。でも今できるようになってるじゃん。すごいよ!」ってすごく喜んで褒めることができる。
当の本人はなんだかよくわからないんだけど「できるようになって褒められてるんだったらいいか。ちょっと嬉しいし」って反応です(笑)。
──いい雰囲気ですね。そういう仕事の基本みたいなところはコロナであろうがなかろうが変わっていないんですね。
そうですね。そういう芯の部分はコロナであろうがなんであろうがまったく関係ないかな。