1. 今日の転職経験者はこんな人
2. Fさん(歯科技工士・40歳)の生い立ち
2-1. 幼少期〜小学校時代
2-2. 中学校〜高校時代
2-3. 専門学校時代
3. 新卒で保険診療メインの個人ラボへ
4. 成長できる環境を求め転職
5. 早朝まで働く日々
6. 自身を見つめなおしプライベートスクールへ
7.院内技工士として就職、そして独立へ
8.これからの歯科技工業界について
9.(番外編)生活・お金の話
1.今日の転職経験者はこんな人

ー本日はよろしくお願いします。まず年齢・出身・職業を教えてください。
40歳で東京出身です。今は歯科医院で歯科技工士として働いています。
ー転職は何回しましたか?
3回です。現在は独立に向けて色々と準備を進めています。
ーご自身をどんな性格だと思いますか?
周囲からは「生真面目だね」と。
自分では、1つの作業に没頭してしまう性質なのかなと思います。仕事上でも「そんな部分誰も気にしてないからいいよ!」と言われるような細かいところまでこだわっちゃいますね。
2. Fさん(歯科技工士・40歳)の生い立ち
2-1. 幼少期〜小学校時代
ー幼少期の記憶で印象的なものは?
小さい頃はお世辞にも優秀だったとは言えない子でした。
ひたすらに無気力で勉強もしないし、遊びなどにもそれほど熱中せず、子どものくせにいつもダラダラとしていたそうです。
ー習い事などもせず?
一応、水泳と習字は親にやらされていました。本当にいやいやでしたが。
当時は無気力すぎて「大丈夫か?何かしらの問題が……?」と親や先生に心配されていました(笑)。
2-2. 中学校〜高校時代
ー中学校からは変わられたんですか?
いや、その後もそれほど変わりませんでした。朝家を出ても学校へは行かずにそのままサボることの方が多かったですね。
制服を着て家を出るんですけど、こっそりカバンに忍ばせていた私服にすぐ着替えてブラブラと遊びに行ってました。
そんな生活ばかり送っていたので、一般的な全日制高校には進学できず、単位制の高校へ進みました。必要単位数さえ取得すれば卒業できるので、例えば数学の授業をまったく取らなくても卒業できたりと、混沌としていて楽しい高校でした。
ー昔のエピソードを聞いているかぎり「生真面目」とは程遠いような。
そうですね。むしろ正反対だったんじゃないでしょうか?今のような性格になったのは、社会人になってしばらく経ってからですね。
ーそんな状況から歯科技工士を目指すようになったきっかけが気になります。
親から「歯科技工士は儲かるらしい」という話を聞いたからですね。また当時はバブルが弾けた直後だったこともあり、何かしら手に職をつけられたら強いかなと思ったんです。
医療関係なら将来も安泰だろうし、私自身は手先も器用な方だったので「この仕事ならいいかも」と考え3年制の専門学校へ進学しました。
2-3. 専門学校時代
ー歯科技工士の専門学校は3年制が一般的なんでしょうか?
2年制と3年制がありますが、2年制のほうが一般的なんじゃないですかね。
今とは状況が変わっているかもしれませんが、当時は2年制の学校にすればよかったと後悔しました。職場では「学校で教わったこと」はほとんど通用しなかったので、「1年でも早く現場へ出たほうが成長できたじゃないか!」と。
ー学校ではどんなことを学ぶんですか?
詰め物、入れ歯、矯正器具などの作り方ですね。職場では通用しなかったとはいえ、もちろん歯科技工の基礎は勉強できました。ただ、同じ技工物を作るにしても、歯科技工所によってやり方がまったく違ってくるんです。
なので、本当に大事な部分はやっぱり実際に働いてみないとわからないんです。私なんかは優秀な方ではなかったので、最初の1年間は本当に何もできずに給料泥棒でした。
3. 新卒で保険診療メインの個人ラボへ
ー新卒で就職した職場はどんなところでしたか?
歯科技工物には大きく分けて自費診療のものと保険診療のものがあるんですが、そこは保険診療をメインに取り扱っている個人ラボでした。あ、ラボというのは歯科技工所のことです。
その職場に決めた理由は、家から近いから。周りの友人もそんな感じの適当な理由で就職を決めていたと思います。
ー歯科技工業界は労働環境が厳しいという声も耳にしますが、当時はどうでしたか?
ご多分に漏れずきつかったですね。
給料は茶封筒の手渡しで15万円。社会保険を始めとする福利厚生なんて当然ありませんでした。
だいたい9時から23時頃まで働いて、休日は日曜だったんですけど、私は技術がなかったので寝る間も惜しんで練習していました。
最初のうちは作る技工物が納品レベルに達しないので、及第点に達するまでひたすら練習するしかないんです。先ほど話に出たように、本当に給料泥棒でした。15万円もらえるだけ、ありがたかったんじゃないですかね。友人の初任給は8万円くらいだったと聞きましたよ。
ー転職をした理由は?
「違う職場ならもっと成長できるはずだ」と、その時は考えたからです。
歯科技工士が身に着ける技術には、ある程度決まった順番があるんです。最初は人から見えない奥歯の詰め物から始まり、ブリッジへ、次に前歯の被せ物や差し歯など。その後、自費診療のインプラントやセラミックへと進みます。
しかし、その職場ではブリッジまでしか教えてもらえなかったんです。今思い返せば自分の能力が足りず次のステップへと進ませてもらえなかっただけなんですが、それを環境のせいにしてしまったんですね。
4.成長できる環境を求め転職
ー転職は何年目の出来事ですか?
26歳で転職したので、5年目ですかね。そこから知人の紹介で埼玉のラボへ。社員は社長と私の2人のみ。
ー転職して、ブリッジ以降の技術は身に付きましたか?
ブリッジは習得して、前歯の被せ物もちょこちょことやらせてもらってました。ただ、飛躍的にスキルが伸びたのかと言われるとそういうことではなく、どれも及第点レベルで、うだつの上がらない感じでした。
ー給料は上がりましたか?
18万5千円くらいに上がりました。が、その職場では4年働いていたんですが、その間まったく昇給しなかったです。
ーその職場でも保険診療をメインに取り扱っていたんですか?
そうです。歯科技工業界では自費診療が花形なので本当は自費診療をやりたかったんですが、当時の私には技術もないしツテもないしで雲の上の世界でした。
4年間働いても、そのラボには自費の仕事はほとんど降りてこなかったので「ここにずっといても自費診療の技術が身に付かないことは確かだ」と気付き、転職に踏み切りました。
5.早朝まで働く日々
ーその次はどんな職場へ?
今まで働いてきたのは個人の小さなラボだったんですが、そこはすごく大きなラボでした。ここも知人の紹介ですね。
先ほどお話ししたように、専門学校では主に詰め物や被せ物・入れ歯・矯正について学ぶんですけど、不思議なことにそれぞれのスキルをバランスよく身に着けている歯科技工士ってあまりいないんですよ。だいたいの歯科技工士やラボは、いずれかに特化します。
ただ、その転職先のラボは大きいだけあって、被せ物チームと入れ歯チームがあったんです。私は被せ物特化型だったので、被せ物チームに配属。さらにチーム内でも自費班と保険班に分かれるんですが、私は保険班のサブチーフを任されました。
そこからは地獄の始まりでしたね(笑)。
ー自費班に行くには、やっぱりスキルが高くないと難しいんですか?
もちろんそうです。私の保険班には15人ほどいたんですが、自費班は5人の少数精鋭でしたね。
保険の仕事の方が格段に多いので人手が必要という理由もあるんですが。だいたい、世の中で回っている歯科技工の仕事の8割くらいは保険のものなんじゃないですか。
ーサブチーフとなったのは何年目のときですか?
入って半年くらいだったと思います。
ーそれはやっぱり、これまでの経験とスキルを認められて?
作業スピードが速かったからです。決して技術が高いからではなかったと。あとは、スタッフへの仕事の割り振りが得意だったというのも理由かもしれません。給料は以前より少し上がって、手取りで20万円でした。
ー「作業スピードが重要」ということは、保険の仕事は100点の技工物をじっくり作るというよりも、90点くらいのものを大量に捌く能力が求められるんですか?
私がいたところでは、正直に言うと70点くらいのもですよね。とりあえず商品としてのレベルに達していればOKという感じで。
声を大にして言っていいことではないと思うんですが。
ー先ほど「地獄の始まりだった」と言っていましたが、実際にどういった部分が?
仕事はたくさん取ってくるラボだったんですけど、そのぶん忙しかったのと、社長がすごく厳しくて怖い人だったからです。もうね、さんざん殴られましたよ。
ー今では大問題になりそうですね。忙しさとしてはどの程度ですか?
朝7時くらいから働き始めて、会社を出るときには朝日が昇っていました。翌朝4時とかですね。それがほぼ毎日。なので睡眠時間は多くて3時間といったところでしょうか。基本的にはラボで寝泊まりしていました。
ーそれは身体を壊しそうですね。
3年くらい働いたところでドクターストップが掛かってしまいました。全身に蕁麻疹が出て、顔とかも変形してきてしまい。メンタルは強いほうだと自負しているのですが、身体がついてこなかったんですね。
そのラボでは社会保険が完備されていましたが、その保険料をペイするために身体を壊すほど働かなければならないという本末転倒感がありました。
ちなみに私を紹介してくれた知人は、まだそのラボで働いているみたいです。強靭なメンタルと肉体の持ち主ですよね。
6.自身を見つめなおしプライベートスクールへ
ードクターストップが掛かった後の流れは?
歯科技工士そのものを辞めるという選択肢もあったんですが、もう33歳にもなっていたのでこの年から別業種は厳しいかなと断念しました。
そこで、身体の療養とスキルアップも兼ねて歯科技工のプライベートスクールに1年間通うことにしました。お金もある程度溜まっていたし、時間もできてちょうどよかったので。
ープライベートスクールというのは?
日本の歯科技工技術を支えてきたような著名人が、プライベートでやっているスクールです。私の行ったスクールの先生はもう70歳を過ぎていますけど、技術的には世界に通用するイチローみたいな存在でした。
そこでは自費診療についてしっかりと学ぶことができるので、お金と時間に余裕がある歯科技工士は若いうちから行った方がいいと思います。できれば専門学校を卒業してすぐくらいに。
7.院内技工士として就職、そして独立へ
ープライベートスクールを卒業後、今の職場へ?
そうです。転職サイトに登録していたところ、スカウトされました。
ー現在の職場は歯科医院なんですよね?ラボと医院で働き方の違いはありますか?
ラボでは、そのラボに特化した仕事ばかり受けるので専門性が高まります。一方、医院ではその医院で発生した仕事を全部引き受けることになるので、広く経験を積むことができると思います。とくに今の職場の場合、歯科技工士は私しかいないのでそれが顕著ですね。
また、院内技工士の1番のメリットは「患者さんの口腔内を直接見ることができる」という点にあると思います。やっぱり、模型に合わせて作るのと、実際に患者さんの口を見ながら作るのでは出来上がりが雲泥の差ですよね。とくに歯の色を合わせるのはすごく難しいので。
ー歯科技工士が1人しかいないのは大変そうですね。
転職して3年くらいはものすごく努力しましたね。自費でセミナーに通ったり、各地の学会へ参加したり、書籍や雑誌を読み漁ったり。自分の技術や知識が求められているレベルに追い付いてきたかなと感じたのは4年目くらいでした。
最初の3年間で、そういった自己研鑽に350万円くらい使ったんじゃないかな。
ー今のお給料はどれくらいですか?
額面で30万円くらいです。もろもろ引かれて手取りは22万円ほどですね。賞与は年2回寸志程度ですが支給されます。

ー現在独立の準備中ということですが、なぜ独立を考えたんですか?
単純に独立したほうが収入が上がるので。歯科技工士の独立って珍しいことじゃないんですよ。むしろ大半の歯科技工士は独立して、1人で歯科技工所を経営しています。
ーそういえば学生の頃は無気力だったと話していましたが、いつ頃から努力に目覚めたんでしょうか?
社会人1年目から自分のなかでは努力しているつもりでしたが、はっきりと意識が切り替わったのは身体を壊したときですね。それまではずっと環境のせいにしていたところもありました。
「自分は何も持っていない」「このままでは淘汰されてしまう」とやっと気がついたんです。
8.これからの歯科技工業界について
ー以前、別の歯科技工士さんが「これからの歯科技工はデジタル技術の時代だ」とおっしゃっていたんですが、Fさんはどう考えますか?
その歯科技工士さんと同意見です。とはいえ、まだまだ人の手で作る方が優れている部分もありますよ。歯の繊細な色味の出し方なんかはその代表的な例ですね。
なのでデジタルとアナログのどちらか一方に偏るのではなく、双方の良いところを取り入れ、自身の技術を磨いていくことが大切になってくるのではないでしょうか。
ーそういった技術の導入により、ここ数年の歯科技工業界は大きく変革していると見られます。今後この業界はどうなっていくと思いますか?
正直にお話しすると、このままでは衰退していくのではないかと思います。というよりも現在進行形で歯科技工士のなり手は減少傾向にあります。
私が資格を取得した年の資格取得者は2000人ほどだったんですが、平成30年度の資格取得者はたった798人でした。約20年でそれだけ減少しているんです。
なのでどこかで食い止めないと歯科業界全体が大変なことになってしまうんじゃないかと、個人的には危惧しています。
ーそうなると歯科技工士1人当たりの仕事は増えそうですね。
どうなんでしょうか。そう楽観視できないんじゃないかなと私は思います。
まず歯科技工士の数が減ったからといって、医師が歯科技工士に求めるクオリティは下がりませんよね。それどころかデジタル技術の発展により、今後はより一層ハイレベルな技工物を求められるようになると思うんです。
仕事が割り振られるのを受け身で待っている歯科技工士や、現状維持で技術革新についていけない歯科技工士は仕事が減っていき、技術の高い人やクオリティの安定している大手のラボに依頼が偏っていくことも十分にあり得るなと。
ー歯科技工士として、技術を磨く以外に伸ばした方がいい能力などはありますか?
プレゼンテーション力ですね。営業力と言い換えてもいいかと。自分にどれだけ技術があっても、それを医師に認めてもらわないかぎり仕事になりませんので。
また医師の考えをしっかりとくみ取りながら、その中でどう自分の個性を出していくのか。そういった能力も重要だと考えるようになりました。
医師の言われるがままに作るのならどの歯科技工士でもいいわけで、そこからプラスアルファでどんな価値を生み出せるかが勝負なのかなと。
ーでは最後に、Fさんが危惧する歯科技工士の現状。どうすれば良くなっていくと思いますか?
すごく難しいですね……。
例えばデジタル化を進め、ユニクロのように高機能な技工物を大量生産することで個々の負担を減らすのか。それとも政府が主導となって、歯科技工士ないし歯科業界を保護するための施策を打ち出せばいいのか。すみません、正直なにが正解なのかはわかりませんが、誰かが何かしらの手を打たないと、とは思います。
とりあえず、まずは「歯科技工士」を世の中の人に知ってもらうことからなんですかね。「詰め物や被せ物は歯医者さんが作っている」と思っている方も多いんじゃないでしょうか。
9.(番外編)生活・お金の話
ー家族構成を教えてください。
未婚なんですが、両親の介助が必要なので実家で暮らしています。
ー休日の過ごし方は?
休日は毎週日曜が固定で、土曜は隔週休みなんですが、今は独立の準備にあてていますね。
セミナーへ参加したり、プレゼン資料を作成したり。
ー独立準備や自己研鑽のお金には、毎月どれくらいかかっていますか?
セミナー参加費や書籍代で、5万~10万円くらい。練習用の鋼材なども自費購入なので、それが2~3万円。セミナーが地方である場合は交通費もかかりますよね。
これらプラス、家賃が10万円なので1円も貯金ができない月もあります。
ー独立に向けて、期待と不安どちらが大きいですか?
ワクワクとした気持ちの方が大きいですね。もし私が結婚をして、家庭を持っていたらまた違っていたんでしょうけど。
もし失敗したとしても道連れになる人がいないので、そういう意味ではプレッシャーは少ないですよね。
ー開業するのはとても大変だと思いますが頑張ってください。本日は貴重なお話をありがとうございました!