1.お話を伺ったのは、在宅薬剤師歴3年目のTさん

──まずはじめに、Tさんのプロフィールについて簡単に教えてください。
6年制の薬学部を卒業後、急性期病院の病院薬剤師として6年間勤務しました。その後大学院に進学し公衆衛生分野などを学びながら、学業と並行して在宅薬剤師の仕事をはじめました。
現在は薬剤師として2つの仕事を掛け持ちしています。在宅薬剤師としては、非常勤の週2日ペースで勤務中です。
2.在宅薬剤師の仕事内容
──訪問先としては、どのような利用者が多いのでしょうか?
薬局全体としては、在宅7割・施設3割ですが、私の担当はほぼ在宅で、高齢者の方がメインです。
薬剤師が自宅や施設を訪問するサービスは、介護保険上は「居宅療養管理指導」、医療保険上は「在宅患者訪問薬剤管理指導」と呼ばれていて、医師がその必要性を認めた方のみ利用できます。身体が不自由で来院・来局が難しい方のほか、ご自身での内服管理が困難なため訪問が必要と判断される方も多いです。
うちの薬局は現在5つの病院・クリニックと連携しているので、連携先の医院を受診される患者さんが対象になります。
診療報酬上、訪問回数は原則月4回までと決まっていて、実際の訪問回数としては週1回か2週に1回が多いです。末期の悪性腫瘍の患者さんや中心静脈栄養をおこなっている患者さんの場合は、週2回(月8回)通うこともあります。
──1日のスケジュールについて教えてください。

終日訪問する日のスケジュールだとこんな感じになります。訪問件数は少なくて10件、多いときだと15件くらい。朝の準備と昼休憩、夕方の監査以外は、基本的にずっと外出していますね。
月に数回は社内勉強会を開催しているので、その場合だと半日訪問、残り半日は社内にいるという日もあります。
──調剤作業の時間がありませんが、Tさんは調剤作業はされないんですか?
私の場合は今は調剤業務には入っていなくて、監査のみ担当してます。
ちなみに調剤作業は分業化を進めています。事務の方ができるピッキング作業は事務の方が担当し、薬剤師は薬剤師にしかできない調剤や監査に入ることを優先しています。
──なるほど。訪問時の流れについて教えてもらえますか?
訪問時は薬剤師1人という薬局も多いそうですが、うちの場合は薬剤師と事務の2人体制で訪問しています。必要な荷物を社用車に積んだら、運転は事務さんが担当し、薬剤師は移動中に患者さんの薬歴や過去の記録を確認します。
到着したら、患者さんやご家族に挨拶をして、残薬をチェックして飲み忘れがないかを確認。あわせて次の1週間や2週間分の薬をお薬カレンダーやお薬ボックスにセットしていきます。
そのあとは患者さんの状態をアセスメントします。「薬は飲めているか」「何か変わったことはないか」などの問診と、血圧測定などのバイタルチェックも。足のむくみが気になるなどの悩みがあれば、ご本人に許可をとって視診や触診することもあります。
──訪問看護のような一面もあるんですね。
そうですね。あと、家の中の様子をよく見るようにしています。「前回来たときよりも部屋が片付けられていないな」とか「配食のお弁当を残されてるな」などの気づきが得られるので。
生活環境には患者さんの健康状態や心理状態が表れるので、問診では「変わりない」と言っていても本当は心配事があったり、認知症の症状が進行していたりする可能性があります。
だから何気ない会話をすることも大切ですね。問診で改まって聞くと教えてもらえないことでも、ちょっとした会話から新しい情報を聞くことができます。例えば最近よく行く散歩コースの話題から、どのくらい運動しているのか知るきっかけになったり。
──自宅に伺うからこそ気付けることも多いんですね。ご家族の方ともコミュニケーションはとりますか?
とりますよ。ご自分で服薬管理ができない場合はご家族にお願いして管理してもらうことも多いです。
あとは薬剤師と患者さんが話している間に、事務の方がご家族と話をして、家族から見た患者さんの様子について伺うこともあります。
1軒あたりだいたい20〜30分くらいで訪問終了という感じです。
──自宅を訪問するとなると、帰り際に引き止められるようなことも?
「ちょっとお茶飲んで行って」みたいなことですよね? ありますあります(笑)。ただそういった話を切り上げるコツは、病院勤務時代にもやってきたので、わりと心得てるつもりです。患者さんは頭に浮かんだ話をとりとめもなく話し続けてしまうので、こちらで話を総括して、納得・共感をしたうえで切り上げます。「つまり、◯◯ということなんですねー。わかります、大変ですよね」みたいな感じですね。
ちなみに出されたお茶菓子などを頂くことは、患者さんの感謝の気持ちを受け取り、信頼関係を築くためであれば問題ありません。
そうやって1軒訪問を終えたら、次の訪問先へ向かう車の中で報告書を作成します。会社支給のPCで専用のクラウドサービスを使って、項目に沿って入力していけば完成します。これをPDF化し、メールで担当の医師とケアマネジャーに送信して完了です。

──ちなみに、当日訪れたら不在だった、みたいなことはありませんか?
ありますよ。そういう場合は翌日に改めて訪れるなどの再調整をします。
キャンセル料などは発生しませんが、移動時間などはどうしても無駄になってしまいます。なのでできるだけそういったことが減らせるように、前日に電話を入れたり、電話を持っていない方なら日ごろから相手の生活パターンを把握したりするなどの工夫をしますね。
事前に連絡をとっておくのには別のメリットもあります。足りない薬を聞いておけば予め用意して持っていくなどの対応もできますから。
──Tさんは基本的に個人宅の担当が多いとのことですが、行き先が施設になると訪問内容にも変化はありますか?
施設の場合は、それぞれ独自の管理ルールがあるのでそれに従います。例えば入居者分の薬をまとめて管理しているところもあれば、各入居者のお部屋に薬をセットしているところもあります。
あとは個人宅と大きくは変わりませんね。入居者一人ひとりに対して説明もしますし、個人での服薬管理ができない方には職員の方に申し送りをすることもあります。
──それほど差はないのですね。では、訪問時の服装と持ち物についても教えてください。
服装はとくに指定がなく、普段着ですね。個人の常識の範囲内ということになっていて、今のところ服装でトラブルになったことはありません。
ただ、訪問診療では病院で着るような白衣やユニフォームは避けたほうがいいと言われています。権威の象徴とも言える白衣を着てしまうと、医療者との間に上下関係があると思う方もいて、患者さんや家族との信頼関係を築くのが難しくなります。そのため、家庭によっては「白衣は着てこないでください」と事前に連絡される方もいます。
持ち物は、訪問用のかばんが事前にセッティングされています。中身は筆記用具などの基本的なものから、血圧計などのバイタルチェックに必要なもの、薬歴管理や報告書作成に使用するPC……あとはお薬カレンダーに、必要な場合はお薬ボックスも持っていきます。
在宅薬剤師の持ち物リスト
- 筆記用具類(ペン類、はさみ、テープ、付箋)
- ビニール手袋、チャック付きポリ袋、消毒液、スリッパ
- 状態観察に必要な道具(体温計、血圧計など)
- お薬カレンダー、お薬手帳、血圧手帳
- IT端末(パソコン、スマートフォン)
- 名刺、薬局の電話番号を印刷した紙
- 金銭類(現金払い対応用の現金、駐車場・ガソリン代用のカード)
──薬歴管理や報告書の作成以外に、IT化していることはありますか?
ITツールの導入は積極的に進めていて、処方箋を受け取ってから監査までを印刷せずに管理できる状態にしています。
IT化している業務・ツール
- 処方箋の受信:e-FAX(インターネットFAX)
- 調剤・監査・不足などの処方箋状態の管理:Trello(タスク管理ツール)
- 処方箋のチェック:Goodnotes(ノートアプリ)
- 患者ごとの分包方法や定時薬の処方日数管理:Googleドライブ、Googleスプレッドシート
- 電子カルテ:モバカルネット
- 訪問日程の管理:Googleカレンダー
- 報告書の作成:Musubi
- 多職種連携:メディカルケアステーション
──「多職種連携」の言葉が出てきましたが、どのようなやり取りが?
看護師やヘルパーさんと連携することがあります。ただたまたま訪問のタイミングが重なることはありますが、直接的な接点はあまり多くはないですね。
患者さん宅には「申し送りノート」を用意していることが多いので、共有事項があれば各担当者が記入し、互いに目を通すような使い方をしています。
あとは電話で連絡したり、先ほどの多職種連携のツールを使うことも。
ケアマネジャーが招集する「サービス担当者会議」に常勤の薬剤師が出席することもありますが、私は非常勤ということもあってほとんど出席していないですね。
──そうなんですね。少なくともやり取りがあるヘルパーや看護師のほか、訪問リハビリ職の方との接点はありますか?
リハ職の方とはとくに関わりが薄いかもしれません。ヘルパーや看護師とは服薬管理などで接点がありますが、薬剤師とリハ職はちょっと距離があるというか……例えば病院であればすぐに聞けたようなことでも、電話してまで確認はとらなかったり。この職種間の連携不足は課題かもしれませんね。
あと多職種連携でいえば、管理栄養士の資格を持っている事務の社員がいます。その人と一緒に訪問するときは、食事や栄養面についてアセスメントしてもらっています。
──このご時世ですが、新型コロナウイルスの影響を受けて、訪問内容に変化はありますか?
それほど変化はないですね。来院や来局が難しい方が利用している以上、薬のお届けを止めるわけにはいきませんから。感染症対策は、標準予防策*を徹底しています。
一部の要望があった施設を訪れるときは、これまで2人だった訪問体制を1人にして、1人は車で待機するようにしています。
*標準予防策…感染症の有無に関わらず、医療・ケアを提供する場所で利用者や患者に対して普遍的に適用される感染予防策のこと。手指衛生や個人防護具(マスクやガウン)の着用などで感染リスクを減少させる。
3.在宅薬剤師として働くということ
──続いて、Tさん個人のお話についても伺っていきます。そもそも病院薬剤師から在宅薬剤師になったきっかけは何だったんでしょうか?
病院薬剤師をしていると、患者さんが病気にかかる前や退院したあとの様子はどうしても見えません。その前後を知るには在宅医療の現場を経験するのが一番だと思って、在宅薬剤師になることを選びました。
大学院で学んでいた公衆衛生学というのは、健康なときの疾病予防や、治療したあとに再び病気にかかることを防ぐためにはどうあるべきかを考えるような学問なんです。今の医療現場では、この“医療機関にかかる前後”が課題だと思っていて、この部分の改善に携わりたいと考えています。
──病院薬剤師と在宅薬剤師では、やはり異なる点が多いですか?
実務的にはそれほど大きな違いはないんじゃないでしょうか。患者さんのいる場所が病室か自宅かという違いで、薬剤師としてやることの本質はそれほど変わりません。
ただ、在宅医療は患者さんの生活に密接している分、コミュニケーションの重要性が増します。しっかりコミュニケーションをとって信頼関係を築いたからこそ得られる情報もありますから。
かくいう私もコミュニケーションはどちらかと言えば苦手分野なので、症例と向き合うことの多い病院薬剤師のほうが性に合ってるとは思いますね。
──そうなんですね。コミュニケーションを重視するうえで心がけていることはありますか?
先ほどもお伝えしたんですけど、アセスメントや問診などの必要最低限の会話だけでなく、何気ない会話から相手を理解することですね。
患者さんにとっては、私たち医療者よりも事務の方とのほうが話しやすいというケースも結構あるんです。だから訪問時に患者さんと事務の方が話す内容を聞いて、「こんな感じで雑談するんだな」と参考にさせてもらってます。
──在宅薬剤師になって良かったと思うことは何ですか?
患者さんの実際の生活環境を訪れることで、「どういった過程があって薬が飲めていないのか」を実感を持って知れるようになったところですね。
病院にいたときは、薬を飲めていない患者さんの“結果部分”しか知りえなかったので。
──なるほど。なにか思い出に残っているエピソードはありますか?
心温まるような話ではないですが……以前、訪問した患者さんから「転んじゃったのよ」と報告を受けたときに、脳出血や硬膜下血腫の疑いを考えてすぐに医師と連携を取ったことはよく覚えています。
幸い大事には至らなかったんですけど、転倒リスクの重大さに気づいてすぐに対応できてよかったなと。病院時代に脳外科を担当していた経験が活きて、早期に情報提供ができました。
──Tさんのお話を聞いていると、病院での経験が訪問の仕事でも大いに役立ってそうですよね。
それは大きいですね。薬局でしか勤務経験がない薬剤師が在宅訪問に行くのは、業界としても課題感を持っていて、病院での実地研修の義務化を検討する話もあるようです。
薬局薬剤師の知識が不足しているというわけではないんですが、薬局ではおこなわない作業があることも事実です。例えば在宅では薬局では扱わない注射薬や輸液を扱う機会も多いんですが、経験の浅い薬剤師からそれらの扱い方の相談を受けることもあります。
社内ではそういったところをフォローできるように、定期的に勉強会を開いています。ただ訪問が忙しいと十分に時間がとれないことも多くて、難しいところですね。
──最後に、気になる収入面についても教えてください。在宅薬剤師になってお給料に変化はありましたか?
今はパートなので、時給で2,400円ほどもらっています。在宅薬剤師といっても加算がつくわけではないので、並びとしては薬局薬剤師とほぼ同等だと思います。
病院時代と比べると、俄然上がりましたね。当時は職歴が浅かったこともありますが、時給換算すると1,300円とか1,400円とか、そのくらいだったんじゃないかな……。
とくに今の職場は相場からしても結構高めじゃないかと思ってます。
──本日は詳しく教えていただき、ありがとうございました!