2022年2月開始の介護職の賃上げ補助金とは
2022年2月から「介護職員処遇改善支援補助金」が始まりました。いわゆる「介護職員の月額給与、平均9,000円アップ」の政策です。業界関係者の間では「満額の9,000円はもらえないのではないか」「事務手続きの負担が大きい」といったさまざまな憶測や意見が飛び交いました。
制度開始から約3ヶ月が経ち、実際の介護事業所ではどのような対応が取られているのかを取材しました。
介護職員処遇改善支援補助金の支給条件
- 処遇改善加算Ⅰ~Ⅲのいずれかを取得していること
- 2022年2月分から賃金改善を実施すること
- 補助金の全額を賃金改善に充てること、かつ、賃金改善の合計額の3分の2以上をベースアップ等(「基本給」または「決まって毎月支払われる手当」の引き上げ)に充てること
詳しくはこちらの記事で解説
「給与規定を改定しケアマネなども上がるように」(福)新生福祉会の場合
最初に話を聞いたのは、社会福祉法人新生福祉会で理事長を務める山中康平さんです。新生福祉会は瀬戸内海に位置する生口島で、特別養護老人ホームやデイサービス、訪問介護事業所など14の介護・福祉事業所を運営しています。
話を聞いた人
社会福祉法人新生福祉会 理事長
山中康平さん
──今回の賃金改善政策について知った際、まず最初にどういった感想を持ちましたか?
山中さん:「ああ、また上がるんだ」というのが最初の感想でしたね。介護施設を運営する経営者として、また現場で働く介護職員にとってもありがたい話です。ただもっと広い視野で見ると──社会保険料や税金などで若い人たちの負担が増すことを考えると、複雑な思いもありました。
それでも職員の処遇改善につながるのであれば、当然取得すべきだろうと考えて申請しました。
──法人内での分配はどのように決めましたか? 今回対象となるのは、利用者への直接的な介護を担当している職員のみです。同じ介護職でもケアマネジャーや相談員には支給されないようですが……。
補助金の分配範囲は政府の基準に合わせて、対象サービスで働く介護職員のみとしました。
ただ、うちの法人では今回の支給対象に入っていない居宅介護や福祉用具貸与もやっています。差が出てしまうので、そこで働く職員たちはどうしよう……と迷いました。
結果的に、法人の給与規定を改定することで、ケアマネジャーや相談員などほかの職員たちの給与水準も上げられるようにしました。
──その負担分は法人の持ち出しですか?
そうなります。
──今回の交付額は収入の約3%(一人あたり月額平均9,000円)と言われていますが、実際の支給額はいくらになりましたか?
平均すると一人あたり9,000円程度になるんですが、サービスによって交付率が異なるので、7,000円から1万1,000円程度までばらつきがありました。
この交付率がうまく設計されているなと思いました。「この人員配置だと職員さん大変だろうな」と思うところには多めに交付されて、「ここは結構余裕ありそうだな」というところには少なめに交付されるようになっていたので。
介護職員処遇改善支援補助金の交付率
サービス区分 |
交付率 |
---|---|
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2.1% |
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1.0% |
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1.0% |
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0.9% |
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1.4% |
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2.1% |
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1.6% |
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2.0% |
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1.4% |
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0.8% |
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0.5% |
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0.5% |
参考:厚生労働省「介護職員処遇改善支援補助金の概要」
──気になるのは、そこから“実際に給与として支給される額がいくらになったのか”です。要件では「補助額の3分の2以上をベースアップ等に充てる」と決まっていますが。
うちの法人では、法定福利費*だけ差し引いて、残りは全額職員にお渡しすることにしました。なので一人あたり平均8,000円程度です。
──勤務形態などで差はつけましたか?
労働時間に応じた差はつけました。例えばパートさんの場合、週1日勤務と週3日勤務が同額では不公平だと思うので。
勤続年数や役職による差はつけませんでしたね。勤続2年目の方も、5年目の方も、同じ金額です。
──今回の補助金は、給与明細上ではどういった項目名になるんでしょうか?
2、3月分は一時金での支払いなので「その他手当」で、4月以降は「処遇改善手当」として付けています。
──今回の賃上げについて、職員の方たちからはどんな反応がありましたか?
やっぱり皆さん喜んでいたと思いますよ。
とくに軽費老人ホームや養護老人ホームで働いてる職員からは「自分たちは対象外だと思っていたので、嬉しかった」という声を聞いてます。軽費老人ホームや養護老人ホームは、処遇改善加算や特定処遇改善加算では対象外だったので。
──2022年10月以降は臨時の介護報酬改定がおこなわれ、新加算「介護職員等ベースアップ等支援加算*」に引き継がれますが、こちらは申請予定ですか?
はい、その予定です。
──今後の介護報酬制度について、山中さんの意見を聞かせてください。
最初に「また上がるんだ」と言ったんですけど、正直なところ、もう処遇改善加算は止めてほしいですね。処遇改善は条件の縛りが多いので、経営側の判断で柔軟に使うことが難しいんです。例えば介護職の待遇はどんどん良くなっていますが、ほかの職員──ケアマネや相談員、看護師、リハビリ職、事務の方などにも分配したいとなっても、それができません。
今の介護報酬の形では、介護職員の専門性も磨かれづらいと思います。供給が圧倒的に不足しているので、自己研鑽をしなくても、処遇改善によって給料は上がっていきます。
現在の給与の内訳を見ると、基本給は低くて手当で補填しているような形になっていますよね。これでは働く側として、なかなかモチベーションが上がらないんじゃないかとも思います。今後は処遇改善とは違う形で評価される仕組みが考えられるといいのかもしれません。
「施設はチームなので、全職員に分配を」(福)霞会の場合
続いて、茨城県にある社会福祉法人霞会が運営する「特別養護老人ホームふるさと」で施設長を務める冨田晃由さんに話を聞きました。特養にはデイサービスとショートステイが併設されており、法人全体の従業員数は約50名です。
話を聞いた人
社会福祉法人霞会 特別養護老人ホームふるさと 施設長
冨田晃由さん
──まず、今回の賃金改善政策を知った際の第一印象を教えてください。
冨田さん:処遇改善、特定処遇改善に続く第3弾ということで、介護職員にとってはとてもありがたいことだと思います。その反面、事業所側としては申請手続きなどでどうしても事務方の負担が増えてしまうので、介護職員のみが注目されていることへの複雑さも正直なところ感じました。
──と言いますと、補助金の申請をするかしないかでは悩まれたのでしょうか。
実は前年度の売上が厳しくて、毎年おこなってきた(法人独自の)基本給のベースアップができなかったんです。なので代わりといってはなんですが、今回の補助金を活用する形となりました。
──補助金を支給する職員の対象範囲は?
うちの法人では特養、デイサービス、ショートステイの全サービスの全職員を対象にしました。医療職や栄養士、事務なども含めてです。
やはり一つの施設でチームで運営しているので、介護職だけでなく、すべての職員を対象に含めたいなと考えました。
──全職員が対象だとかなり細分化されますよね。分配基準はどのように決めましたか?
全員が対象ではありますが、それでもあくまで介護職員向けに支給された補助金なので、介護職員への分配が多くなるようにしました。
細かい条件は従来の処遇改善手当の分配方法に合わせて、常勤・非常勤、資格の有無、役職の有無によっても差をつけました。
──一人あたりの平均支給額はどのくらいでしょうか。
介護職員で平均4,000円程度で、ほかの職種はその5分の1くらい(約800円)でしょうか。
──やはり全職種に分配すると、金額はぐっと減ってしまいますね。
そうなんですよね。とくにうちの特養はユニット型なので、従来型の特養と比べて配置人数が増える分、一人頭の金額も少なくなってしまうんですよ。
──職員の方々からは、どういった反応がありましたか?
それが実は、とくにこれといった反応は上がってきてなくてですね。中にはこの制度自体を知らなかった職員もいたようですし……。
今回の件については計画書を作成して周知もしていますし、給与明細にも「特別処遇改善」「特別金」などの形でわかりやすく書かれているんですけどね。
──では制度開始の2月以降、採用面接に来る求職者の方からの反応は?
こちらもあまり質問は受けないですね。
「各種処遇改善や補助金には対応している」とこちらから先に説明をしてまして、それで納得いただいているようです。
──同業他社の方たちと今回の賃上げ制度について話すことはありますか?
業界団体の集まりでいろいろな施設の話を聞くと、まずやっていないところはないですね。ほとんどの施設で申請していると思います。
だいたいどの施設長も「作業量は増えるのに、事務職や他職種が上がらないのは可哀相」という話をしていますね。
──10月以降の新加算は申請される予定でしょうか?
はい、使える制度はできるだけ使って、少しでも多く職員に還元できたらと考えています。
──今後の介護職員の処遇改善に関して、改善点や現場での課題感などがありましたら教えてください。
処遇改善がおこなわれる度に感じることですが、その金額が毎回独り歩きしてしまっているなと思います。今回の場合だとメディアで「一人9,000円」という金額ばかりが大きく取り上げられていましたが、実際はうちのように配置基準の影響や他職種へ分配することで、満額支給できる事業所は少ないと思うんですよね。期待ばかり膨らんでしまうので、このあたりは現実的な金額を示してもらいたいと思います。
また介護人材不足を受けての処遇改善ではありますが、一方で介護職員も自分たちのスキルアップ・キャリアアップを考える必要があると思います。「黙っていても待遇が良くなる」ではなく、介護の専門職として求められた結果、待遇が上がり、自分たちの専門性も上げていかなくてはいけない。この意識付けがこれからは必要になるのだと思います。
終わりに
介護保険制度というルールのもとで運営される介護事業所。ルールが少なければ職員の待遇やサービスを充実できる可能性がある一方で、不適切な運営がおこなわれるリスクも高くなります。公共性の高いサービスをおこなううえで、このバランスをどう調整していくかは今後の懸案事項の一つとなりそうです。
また今回の取材では、山中さん・冨田さん共に“介護職員が自身のスキルアップを考えることの重要性”について触れていました。待遇が改善されるのをただ待つのではなく、「介護のプロとして自ら知識や技術を高めていってほしい」という経営側の願いが伝わりました。
今回の賃上げ政策を経て、「なるほど!ジョブメドレー」では、全国的に介護職の平均賃金に変化はあったのか調査しました。こちらも併せてご覧ください。
>2022年介護職の給料は上がった? 月給・時給、都道府県、施設別の平均賃金を大公開
参考
- 厚生労働省|介護職員の処遇改善
- 厚生労働省|社会保障審議会(介護給付費分科会)
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