話を聞いたのは、10年以上のブランクを経て復職したPさん
新卒の歯科衛生士として3年間働いたあと、転職と結婚のため臨床を離れたPさん。10年以上のブランクを経て歯科衛生士に復帰した経緯や当時の心境について話を聞きました。
新卒3年で臨床を離れ教育機関へ
──Pさんは新卒で入った歯科医院を3年ほどで退職されたんですね。
Pさん:当時の院長は歯科医師会の偉い方で、新しく歯科衛生士の専門学校を作るという話になったんです。そこで私のことを新任教員として推薦していただき、現場を離れて専門学校に勤めることになった……という経緯でした。
──臨床経験3年で専門学校の教員になれるんですね。授業も受け持つんですか?
いえいえ! いわゆる科目の授業──解剖学だとか生理学、薬理学などの授業は、外部から歯学部の客員教授を招いて講義していただきます。
私がやった専任教員というのは、学生向けのアドバイザーのような存在です。国家試験に向けて過去問題を一緒に勉強したり、困ったことがあれば相談に乗ったり、実習先との橋渡しをしたり。
──なるほど、学生相談課の職員みたいな存在なんですね。
そうですそうです! だからあんまり年が離れていても上から目線になってしまうので、学生たちより少しだけ先輩で「国家試験合格を目指して一緒に頑張ろうよ!」と言えるような職員が必要だったんじゃないかなと思います。
──臨床を離れることへの不安や躊躇はありませんでしたか?
それはなかったですね。私も若かったので、新しいこと・やったことがないことにすごく興味を持って、迷わず挑戦したい! って思いました。
あとは学生時代にお世話になっていた大好きな先生がいたんです。その先生がしていた仕事と近いんだろうなってイメージもできたので、不安はありませんでしたね。
専業主婦からコンビニ店員に
──専門学校に3年ほど勤め、そのあとはご結婚されて専業主婦になりました。結婚後にまた働こうとは考えませんでしたか?
考えなかったんですよねぇ。結婚と同時に上京してきて、毎日テレビでワイドショーとか見てると楽しくって……(笑)。
──(笑)。たしかに今の時代と比べて当時は専業主婦になることが一般的でしたもんね。
時代もバブルでしたからね。でもそのあとバブルも終わり、さすがに退屈にもなって。なにか新しいことを体験したいなと思っていたころ、近所のローソンの店員さんとすごく仲良くなって! そのままローソンでパートとして働くことになりました。
あのころはすごく楽しかったですよ、毎週金曜にはみんなで飲み会かカラオケ大会でした(笑)。
でも1年半くらい経ったころ、オーナーさんが急に店舗を畳むと言い出して。たぶん遺産相続かなにかだったと思うんですけど……とにかく退職することになりました。
──良い職場環境だったのに残念ですね。次はどうしたんですか?
すごく楽しかったのでまたコンビニで働きたいと思って、近所の別のコンビニに転職しました。あ、もうローソンではないですよ(笑)。
そうしたら、新しいコンビニではオーナーさんの考え方がぜんぜん違って……。前はみんなでワイワイ仕事をしてたんですけど、今度はいわゆるワンオペっていうんですかね? 一人で品出しから接客まで、何から何までやるような方針で。一緒に働いていたアルバイトの男の子もいたんですけど、あんまりコミュニケーションを取るタイプじゃなくて、やり方も教えてもらえなくて。
仕事を終えて家に帰っても、ごはんを作る気力も残らないくらいヘロヘロになっちゃいました。きゅうりの漬物一本切るのも嫌って思うくらい。
そうしてなんとか初週の2〜3日働いたら給料日が来て。給料袋を覗いたら5千円札が1枚、ぴらっと入ってるだけ。
「えいや!」で再び歯科業界へ
それで「もうこれはやってらんない!」と思って、帰り道に求人誌を手に取ったんです。そしたら衛生士の募集がたくさん載ってて! こんなにあるんだって思いました。
──それで歯科衛生士の仕事に戻ろうと?
はい。でも問題がありました。10年も離れていると、求人に書いてある言葉自体がわからないわけ!「TBI*に力を入れてます」「OHI*がどうのこうの」っていったい何のこと……? って。
*OHI…Oral Hygiene Indexの略称。歯石の付着割合を評価する指標のこと
──10年も経つと業界知識も大きく変わりますね。
言葉の壁に阻まれました。でも「もういいや! とりあえず行ってみよう!」と思って、家から近い歯科医院の面接に行ってみました。
3件くらい受けてみたら、3件ともOKをもらえました。それで診療室を見てみて一番きれいで働きやすそうな職場に決めたんです。
──10年のブランクがあって3件とも内定だなんてすごいじゃないですか!
ところがどっこいですよ。ほら私、履歴書に「専任教員の経験あり」って書いてあるでしょう? だから「教員の経験があるのにわからないわけないでしょ」みたいな感じで、誰も教えてくれないんです。意地悪じゃなくて、「そんなこと当然知ってるよね」って感じで。
質問したくても、もう聞き方がわからなかったです。使ってる用語がわからない。やり方もぜんぜん違う。印象材は昔は手で練ってたけど、今は機械練りになってるだとか。
──なるほど……! 同僚たちはPさんのブランクを認識していなかったんですね。
もうね、気分は浦島太郎ですよ。しかも私と同じタイミングで入った衛生士さんがもう1人いたんです。ある日先輩から「Pさん、気をつけなさい。今回衛生士を2人雇ったけど、院長は様子を見てどっちか1人を切るつもりよ」ってこっそり教えてもらったんです。
それで私、「ああ、浦島太郎の私が敵うわけない」って思って。お昼休みに同僚と話していて「どうしよう、辞めようかな」ってポロッと言ったんです。そうしたら噂が回ったのか、院長から直接「Pさん、迷ってるんだったら僕のところじゃなくていいんだよ」と言われてしまって!
──それで退職に……?
結局7〜8日くらい出勤して、最初で最後のお給料をもらって、あっさり退職になりました。
──ちなみに初任給はどのくらいだったんでしょう?
それが……たった1週間なのに、9万円も入ってたんです!
──えっ、かなり高くないですか!?
高いと思います。衛生士のお給料は女性の平均給与よりも高めだとは知ってましたけど、実際に自分がコンビニパートを経験したあとだと「ああ、資格で働くっていうのはこういうことか」って実感しました。
「毎日15分の努力」でブランクを克服
──ではそのあと、別の歯科医院を探したんですか?
そうです。やっぱり9万円の魅力は大きかったので、別の歯科医院に転職しました。そしてそこの院長がとっても良い先生だったんです。先生のおかげで私は衛生士に戻れたってくらい。
でもまた勤め始めは緊張のあまりやらかしまくったんですよ(苦笑)。スリーウェイシリンジの方向を間違って先生に水をかけちゃったり、レントゲンの現像液で白衣を真っ茶色にしちゃったり……。
それでも先生は怒りもせず熱心に指導してくださって。次に診る患者さんのレントゲン写真を毎回持ってきて、診るべきポイントとなるところ、原因や治療方針をつぶさに教えてくれたんです。
──懐が深い先生ですね。そうして指導を受けながら知識や技術を学び直していった?
ええ。でもただ先生の話を聞くだけじゃ駄目ですから、休憩時間は必ず15分時間を取って、院にある本を読んで勉強しました。最初はよく理解できなくても毎日習慣づけて続けたんです。
そうすればだんだんと実務とつながるようになってきて、「このレントゲンだと私はこう思うんですけど、先生のご意見を教えてくださいませんか?」って、私から先生に提案までできるようになってくるんです。
──あの、水を差すようですが「復職前に勉強しておけば良かった」とは思いませんでしたか?
まったく準備しませんでしたからね(笑)。でも今思えば、逆にそれで良かったと思います。たぶん、中途半端に復習したり復職セミナーに参加したりすると、自分がいかに浦島太郎であるかってことを自覚して、もう怖くて戻れなかったと思うんですよ。
──ブランクのあまりの大きさに怖気づいてしまうと?
そうですそうです。たぶんブランクが長ければ長いほど、戻るときに勇気が要ります。そうなるくらいだったら「えいや!」でまずは飛び込んでみちゃってもいいんじゃないかな。私はそれで正解でした。
キャリアの集大成は訪問歯科。20年以上勤めて今思うこと
──その院長のもとで2年ほど働き、次は訪問歯科をメインにおこなう職場に転職されました。この転職理由は何だったんですか?
その先生のことが大好きだったので長く働きたかったんですけど……当時は社会保険完備の医院がすごく増え始めた時期なんです。それまで歯科医院は国民保険(歯科医師国保)が主流だったんですけれど。家族から「絶対に社保完備のところにしなさい」って強い勧めがあり、先生にも社保にしましょうよって何度も相談したんですけど、取り合ってもらえず。
お世話になったけれど、この先まだ20年以上も働くことを考えると……それで社保完備の医院に転職しました。
──なるほど。では訪問歯科を選んだ理由は?
一般歯科のクリニックに入ったんですけど、ちょうど訪問歯科を始めるタイミングと重なり、私も立ち上げ要員として選ばれたんです。それ以降は定年を迎えて再雇用されたあともずっと訪問歯科で働いてきて、今に至るという感じですね。
──では20年以上も訪問歯科の現場で働いてきたわけですね。
そうです。この期間で衛生士の働く場所はもうクリニックだけじゃないっていうのは体感しましたね。訪問歯科をはじめ、介護施設だとか病院だとか、以前は聞かなかった場所で働く選択肢がすごく増えました。
──ブランク明けの歯科衛生士が戻る職場として、それぞれに違いはあるのでしょうか。
求められるスキルと考え方が違いますね。例えばクリニックでクリーニングをするんだったら、予防歯科として100%プラーク除去を目指すと思います。だけど訪問歯科で介護が必要な患者さまだとしたら、100%プラーク除去のために何十分も口を開け続けるとか、治療の体勢を取り続けることが難しい方がほとんどです。
だからといってプラークを取り残していいとか楽ってわけではなくて、患者さまにとって無理のない範囲で健康維持を目指してケアする考え方が大切、ということです。
あとは訪問歯科の場合、ご家庭の中に入っていくわけですから、子育てや介護の経験があると強いと思います。ここはむしろブランク中の経験が活きてくるんじゃないかな。
──「ブランク期間中の経験が強みにもなる」というのは心強いですね。
ただ、新人の方にアドバイスさせていただくなら、衛生士の基礎力を固めるためにも最初の2〜3年はクリニックで働いたほうがいいと思います。
虫歯ができたら削って詰める、プラークを落とす、歯周病があったら歯磨き指導をして出血しない歯茎に戻すっていう基本は何年経っても変わりません。クリニックでこの基本を体得してこそ、訪問先や介護施設や病院でも応用が利くんです。口の中の状態は全身状態にも関わりますから。
私ももし新卒でいきなり訪問に出ていたら基礎力がないままブランクに突入し、戻ってくるのが難しかったんじゃないかと思います。
──最後に。Pさんは現在64歳になられて再雇用期間が終了したとのことですが、今後はどうされるつもりですか?
訪問歯科の契約期間が終了してからは、パートでまた衛生士を続けています。免許があるので定年を迎えても慣れた仕事を続けられるのが嬉しいですね! 衛生士の仕事が大好きだから、最後まで活躍できたらいいなって思ってます。
あとは現場に出るだけじゃなく、今後は裏方として若い衛生士さんたちに貢献していきたいとも考えています。衛生士が抱えやすい悩みやキャリアを続けるためのアイデアなんかを情報発信するために、実は最近ブログを始めたところです。
Pさんからのメッセージ