SNS総フォロワー数40万人以上、ブログの月間PV2,000万を超える人気漫画家・人間まおさん。手術室看護師(通称オペ看)時代の経験を基に描いたコミックエッセイ『手術室の中で働いています。オペ室看護師が見た生死の現場』(竹書房)が、2023年12月の発売当初から話題を集め、この4月に重版が決まりました。
『手術室の中で働いています。オペ室看護師が見た生死の現場』(竹書房)





手術室で実際に起きていたこと、そしてオペ看のリアルな仕事内容について人間まおさんに聞きました。(全2回の1回目/2回目はこちら)
話を聞いた人
漫画家 人間まお
元看護師のエッセイ漫画家。手術室看護師の奮闘を描いた漫画『オペ看』(講談社)で雑誌連載デビュー。現在はライブドアブログやSNSを中心に作品をアップし続けている。2024年4月からテレビ東京系列「おはスタ」にてアニメ『あげおとティム』放送開始。
ワクワクを胸にオペ看を志望

──人間まおさんは看護師を辞め、幼いころからの夢だった漫画家に転身しました。『手術室の中で働いています。オペ室看護師が見た生死の現場』を出版したきっかけは何ですか?
人間まおさん:ブログにオペ看時代のエッセイ漫画をアップしていたんです。それを見た竹書房の編集さんが「一緒に作品を作りましょう」と声をかけてくれました。
ヤングマガジンで連載していた『オペ看』は、私の体験に一部フィクションを交えていますが、『手術室の中で〜』はほぼリアルな体験談です。心理描写はどちらも自分が感じたことを表現しています。
──手術室勤務を希望した理由に「実習でワクワクしたから」とありました。これも本当ですか?
ええ、本当です。看護学校にはさまざまな病棟で仕事を学ぶ実習があります。オペ室の実習も半日あって、その間に手術の見学をさせてもらいました。そこで見た未知の光景にワクワクが止まらなかったんです。
それに、オペ室でお世話になった看護師さんがとても優しかったので「オペ室の仕事をもっと知りたい! ここで働いてみたい!」と思い志望しました。

オペ看のリアルな仕事とは?
──オペ看の仕事内容について教えていただけますか?
オペ看には大きく2つの役割があります。先生に道具を渡す「器械出し」と、それ以外の業務を担当する「外回り」です。
器械出しは手術の流れを見て次に使う器械を準備し、同時に器械やガーゼ、糸のカウントなどもおこないます。先生によって道具にこだわりがあるのでそれもすべて把握します。

外回りは器械出し以外の業務全般をこなします。物品の準備や麻酔の介助、患者の安全管理、手術記録、あとは器械出し看護師のサポートなどですね。
学校では病棟での知識は学びますが、その知識をオペ室ではあまり使わないんですよ。器械の名前や使い方も現場で覚えます。初めて知ることばかりで「学校で勉強した3年間に意味あったのかな」と思いましたね。マニアックで難しいことを覚えるので、「オペ室看護師」という資格があってもいいと思います。
詳しい仕事内容はこちらの記事でも解説しています
>手術室看護師(オペ看護師)の役割とは?
──想像していたよりもずっと大変だったんですね。
そうですね。こんな仕事もするのか! と驚いたのは、深夜のオペ後に血まみれになった器械を自分たちで洗ったことです。日中は業者さんに渡せばきれいにしてくれるのですが、深夜は自分たちで洗浄・乾燥・滅菌までして翌日に備えるんですよ。
医療ドラマで描かれるのは、「メスをパシッと渡すシーン」くらいじゃないですか。それだけじゃなく、もっと幅広い仕事をしていることを知ってほしいです!
──実際もメスは「パシッ」と渡すものなんですか?
パシッと渡す人もいれば優しく渡す人もいて、「性格が出るんだな」と思いながら眺めていました。あまりにも勢いよく渡すものだから、先生に「優しく渡してくれる?」と言われる人もいました(笑)。

性格が出るといえば、器械台の使い方もみんな違いますね。基本的な置き方は決まっているのですが、転職してきた人はその人なりの置き方をしていたので病院によってルールが違うんでしょうね。
突如訪れたオペ室の洗礼
──配属早々、切断した足を持たされたそうですね。
下肢切断術(壊死した足を切断する手術)を見学していたら「せっかくだから外回りの仕事を体験してみてよ。これを箱に入れて」と、チェーンソーで切った足を渡されました。
人間の足って想像以上に重たいんです。切断面から脂肪が出てぬるぬるするし、滑るんですよ。落とさないように必死でしたが、頭の中はパニック状態で、止まっているエスカレーターを歩いているような「いま自分どうなってるの?」と、よくわからない感覚でした。
箱に入れたあともムニムニした肉の感触が残っていて、あのゾワゾワ感は今でも忘れられません……。
──新人にはなかなか強烈ですね……。ほかに大変だった思い出はありますか?
とくにハラハラしたのは、夜間に心臓のカテーテルの緊急手術にひとりで入ったことです。夜勤は看護師3人体制だったのですが、先輩ふたりが別のオペに入っていて、新人の私しかいない状況で患者さんが運ばれてきたんです。先生に指示を仰ぎながらとにかくできることをやりきりましたが、恐怖でいっぱいでした。
人間に心臓マッサージをしたのはそのときが初めてでした。胸の跳ね返りやお肉の厚みがあり、トレーニング用のマネキンとはぜんぜん違いましたね。
つい先日、オペ室で働く夢をみたんです。先輩に「心臓手術の患者さんが来るから、まおちゃん付いて」と言われて、「何も覚えてない! 手順書もない! どうしよう !」みたいな状況で飛び起きました。オペ室で働いたのはたった4年間だったのに、夢に出てくるなんて思いもしませんでした。
忘れてはいけない看護師としての心得
──実際は壮絶な状況でも、コミカルなイラストとギャグ要素のおかげで重たい雰囲気を感じません。
「リアルな描写の医療漫画は怖くて読めない」という人もいるので、私は臓器もかわいく描いています。初めて見る腸は本当に美しくて感動しました。かわいいピンク色でペッカペカなんです(笑)。

──経験を重ねるなかで、看護師として大切なことに気づく場面が印象的でした。
看護師長から「あなたが足を引っ張ったら困るのは患者さん」と言われたとき、本当にハッとしました。慣れない仕事をしていると「失敗してはいけない」と必死になるじゃないですか。それに囚われすぎると自分本位になってしまうんですよね。どのような状況でも患者さんと向き合っていることを忘れてはいけません。

先輩からは「焦りや不安を顔に出しちゃいけないよ。自信がなくても堂々としていようね」とも教わりました。ただでさえ患者さんは不安なのに、看護師が慌てていたらもっと不安にさせてしまいますから。
オペ室の先輩はベテランばかりだったので、どんな状況でもみんな動じなくてすごいなと思っていました。
無駄な経験なんて何ひとつない!
──オペ看を志望して後悔したことはありませんでしたか?
いえ、ありません。とても大変な仕事でしたが、私は病棟よりもオペ室勤務が合っていたと思います。
病棟はひとりで複数の患者さんを担当するので、自分で計画を立てて効率的に動きます。手術室はひとりの患者さんに対して複数のメンバーで向き合うんです。「みんなで患者さんを救うぞ!」みたいなチームプレーのほうが達成感があって好きでしたね。
毎日が刺激的でしたし、尊敬できる人たちに手厚く指導していただいたので、オペ看を志望して本当に良かったと思います。おかげで人間的に成長できたんじゃないかなって。
──オペ室配属を希望していなかったら漫画家としての活動もまた違った形になっていたかもしれませんね。
本当にそう、何も無駄なことはありませんでした。「若いときの苦労は買ってでもしろ」といいますが、そのとおりだと思います。先人たちの言葉は聞いたほうがいいですね。

──新しく入職した看護師のみなさんが、いま必死に学んでいるころだと思います。まおさんなりのアドバイスがあれば伺いたいです。
そうだな……とにかく自己肯定感を下げないことが大切だと思います。失敗して自信を失い、働けなくなるくらいなら、そこから逃げるのも一つの手です。環境を変えたらバリバリ働けるかもしれません。
漫画も同じで、気持ちが落ちると怖くてブログに公開できなくなるんです。
──気持ちが落ちたとき、まおさんはどのようにしていますか?
ほかの漫画家さんなどのインタビュー記事を読んでいます。いま売れている人たちも、デビュー当時はやはり苦労されているんです。
何度もネームをボツにされたり、何年も何年もアルバイトで食いつないでいたり。編集さんが突然いなくなって、せっかく描いた100ページのネームが無駄になってしまったなんて人もいるんですよ。そういう困難を乗り越えた人たちの記事を読むと、自分も頑張ろうと思えます。