隣にいるその人は、生きづらさを抱えているかもしれない――。
週刊コミック誌「モーニング」(講談社)で連載中の『リエゾン ―こどものこころ診療所―』。田舎の児童精神科を舞台に、大人と子どもの発達障害、DV、産後うつ、ヤングケアラー……作品ではさまざまな社会問題と人間模様が描かれています。

現在コミックは10巻まで発売され、累計発行部数100万部を超えるヒット作品。2023年1月、テレビ朝日系列にてドラマ化が決定しています。原作とマンガを担当するヨンチャンさんと原作の竹村優作さんに、作品に込めた思いを聞きました。
ヨンチャン / 竹村優作

ヨンチャン(左)
運動大好きな筋肉オタク男子でプロテイン好き。モーニングの新人賞「第4回THE GATE」にて『ヤフ島』が大賞受賞。スポ根╳ラブコメボート漫画『ベストエイト』(全4巻)でデビュー。
竹村優作(右)
「週刊少年マガジン╳モーニング 第1回漫画脚本大賞」にて、『キル・ブロディ・ジョンソン』が奨励賞受賞。今作『リエゾン ―こどものこころ診療所―』でデビュー。
「医療マンガが好きじゃないんです」

──まずはヨンチャンさんに児童精神科医や発達障害をテーマにした理由を伺います。
ヨンチャンさん:実は僕、医療マンガが好きじゃないんです。難しい用語が多いし、病院という限られた空間の中の話に共感したり興味を持つことがあまりできなくて。
医療や従事者に無関心ということじゃなくて、「自分がそういう状況に陥ることはない」という、漠然とした遠い世界の話に感じていたんです。
──そう思っていたのに、なぜ描くことに?
ヨンチャンさん:児童精神科に魅力を感じたんです。症状に対するアプローチの仕方が患者さんによって違いますし、そこに生育環境とか家庭内の問題も絡んでくるじゃないですか。そういった複雑な問題を児童精神科医がときつつヒューマンドラマ的要素を持たせたら、医療マンガに興味がない人でも共感できるんじゃないかなって。

ヨンチャンさん:それと、過去のつらい経験や出来事がアイデンティティに影響を及ぼすことを身をもって感じています。
なので作品を通して障がいを持つ子どもたちや保護者の力になれればと思ったんです。
福祉の経験が作品作りの糧に
──竹村さんは3話目から脚本を担当されています。どんな経緯で参加されたんですか?

竹村さん:講談社主催の漫画脚本大賞というコンクールに応募したのがきっかけで、現在の担当者さんに「リエゾンという作品が立ち上がるので原作をやってみないか」と声をかけられました。
20代の頃に障害者グループホームで働いていたことがあって、担当者さんには雑談程度でその話をしていたんですけど、その経験とリエゾンの内容がマッチしてお声かけいただいたのかなと。
──グループホームではどんなお仕事をしていたんですか?
竹村さん:生活援助全般ですね。移動支援だったり、買い物支援だったり、病院に付き添ったりもしていました。
学生の頃に障がいのある子どもの余暇支援をするサークルに入っていて、そのときの先輩の誘いで週に数日アルバイトをしていたんです。社会人になってからも4、5年ほどグループホームで働きました。
──経験のある人が語ると説得力が増しますよね。 ヨンチャンさんは福祉の経験はありますか?
ヨンチャンさん:リエゾンを描くようになってから、自分でも経験しないとわからない部分があるなと思ってアフタースクール(学童保育)でアルバイトをしました。実際に子どもと接してみると、想像と違って驚きましたね。
スマホを持つのが当たり前になっていろんな情報を知っているからか、みんな中身は大人なんですよ。体の小さな大人です。
──どういった場面でそう感じるんですか?
ヨンチャンさん:わかりやすいのは発言ですね。政治的な話をしたりとか、ある子どもが友だちを紹介するとき「この子の親は良い大学の出身なんだよ」とか。今の子どもはこんなこと言うのかって(笑)。
児童精神科という難しいテーマ。心がけていることは?

──さまざまな症状や障がいを持ったキャラクターが登場します。実際に当事者を取材することもありますか?
ヨンチャンさん:発達障害を抱える友人に話を聞いたりしました。最近「起立性調節障害」の子どもの話を描いたんですが、モデルは知り合いの弟で、そのお母さんに話を聞いたんです。
ヨンチャンさん:苦しんでいる子どもを見守るしかできない、お母さんにはお母さんなりに悩みがある。最終的にはお互いが理解し合える──その過程を描きました。
竹村さん:当事者のSNSや著書を調べることもありますし。ヤングケアラーの脚本はグループホームに勤めていたときの記憶を頼りに書きました。当時30代前半の女性だったんですけど、重度の知的障害のある弟を子どもの頃からお世話していて。そういう暮らしのなかで仕事や結婚など、やりたいことを諦めてきたと聞いていたんです。
──自身の関係者や経験を作品に落とし込むこともあるんですね。そういったデリケートなテーマを扱ううえで心がけていることはありますか?
ヨンチャンさん:正確な医療情報を伝えることと、客観的な描写を心がけています。障がいを持つ人、マイノリティ、社会的弱者をテーマにすると当事者ばかりを描きがちで、反対側の立場の人をないがしろにしてしまう場合もあります。
希死念慮やヤングケアラーのエピソードでは、ケアをする側の立場にも焦点を当てたかったんです。
竹村さん:正確な情報を届けるという面では私も同じで、マンガとして安易なハッピーエンドにはならないよう意識しながら脚本を書いています。
──安易なハッピーエンドにはならない……読後もうっすらと痛みは残るみたいな。
竹村さん:薬や手術で完治する分野ではないので、何もかも解決してハッピーという終わり方はリアリティから遠のいてしまいます。ただ、作品として明るいほうに進まないとエンターテイメントとして読んでもらえませんから、登場人物が意味のある一歩を進んだり、ちょっとだけ良くなる余韻を残して終わらせることを意識しています。
医療従事者から学んだこと
──作品の中では発達障害を「凸凹(でこぼこ)」と表現しています。一般的にこう呼ぶことがあるんですか?

ヨンチャンさん:発達障害の人って得意なことと不得意なことがあるんです。児童精神科医の杉山登志郎先生の診療に陪席させていただいたとき、それを「成長の凸凹」と表現されていて。そういった感銘を受けた部分を作品に落とし込んでいます。
──実際に医療の現場を取材して感じたことはありますか?
ヨンチャンさん:その日はたった半日の陪席だったんですけど、心が削られる思いでした。患者さんの置かれている状況や苦しさに共感して、まるで過去の自分と向き合ったような感覚に陥ったんです。
そのときの気持ち……言葉では表現できないような気持ちを、作品を通して読者に伝えようと工夫して表現しています。
竹村さん:リエゾンは東京と大阪の医師にご協力いただいていて、私は主に大阪の医師とやり取りをしています。それぞれに同じ質問をするんですけど、違った回答になることもあって。
患者に対してぐっと近づいて接する方もいれば、距離をとって淡々と接する方もいます。医療的なベースはありつつも、人生観や哲学によって変わるんだなというのが印象的です。
ふたりが伝えたいこと、読者に感じてほしいこと
──リエゾンを読んだ読者にどんなことを感じてほしいですか?
竹村さん:当事者の思いや物事の受け止め方を伝えられたらいいなと思っています。最近、とある小説家のインタビューをふと思い出したんです。「物語に現実を変える力はない。物語にできるのはずっとそばにいることだけだ」みたいなことが書いてあって。
リエゾンを読んだからといって人生が変わることはないかもしれないけど、マンガの登場人物が歩む人生を、読者の記憶にストックしてもらえたらいいなと思うようになってきました。ふとした瞬間に読み返してみようって思える、そんな寄り添い方ができたらと思います。
ヨンチャンさん:登場人物の境遇や病気は自分のことかもしれないし、周りの誰かかもしれない。そういう人たちの存在や思いを知ってほしいです。
マンガの中で「子ども時代の幸福な記憶は一生の宝物になる」っていうセリフがあるんですけど、その言葉が僕の中ですごく響いていて。子どもに必要な情報や知識を作品を通して伝えたいなと思いました。そんなふうに社会貢献できたらと思います。
