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60代を前に、新たな挑戦を決めた医療従事者がいます。大阪に住む蔭西勝さん54歳。約20年間整骨院でキャリアを積み、念願の開業も実現しました。新たな挑戦の場として選んだのは、慣れ親しんだ医療現場ではなく労働や社会保険にかかわる法律のエキスパート社会保険労務士(社労士)でした。
国家資格以外にも簿記、ファイナンシャルプランナーの資格を持つ蔭西さん。なぜ、医療以外の知識と経験を得ようとしたのか、その背景には現場を知っているからこその熱い思いがありました。
自立を目指しエンジニアから医療職へ

1995年に大学の工学部を卒業後、新卒で社会インフラに関わるエンジニアとして上場企業に就職した蔭西さん。CAD(Computer-Aided Design)や手書きで図面を描き、道路の照明灯や車止めの設計に携わっていました。
在職中に結婚し、順風満帆な日々を送っていました。ところが、入社7年目を迎えるころ、「仕事が自分に合っていないのでは」と感じ始めたといいます。
「会社の肩書きがないと自分一人では何もできないと感じたんです。看護師として働く妻に『自分一人の力でも生計を立てられるようになりたい』と話したところ、医療職を勧められました」
助言をきっかけに医療職について調べるうちに、柔道整復師やあはき業(あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師)は開業できることを知った蔭西さん。前職を退職し、専門学校に通いながら整骨院で働く日々が始まります。
一般企業で働いていた蔭西さんにとって、初めての医療現場はカルチャーショックの連続でした。
「狭いスペースに施術者が6人、患者さんが常時10人くらい。それもほぼ全員高齢者でした。接客はおろか、高齢者と会話する機会もほとんどなかったので、最初は戸惑いましたね」
さらに、30歳を過ぎてからの学び直しと家庭との両立は決して容易ではありませんでした。朝は職場で清掃やカルテ整理などをこなし、昼ごろから専門学校へ。16時には再び職場に戻り、閉店する20時までのサポート業務。片付けやミーティング、施術練習を終えると退勤時間が23時になることもありました。
そんな日々を3年間過ごし、無事に柔道整復師の資格を取得します。
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6年かけてトリプルライセンスに
蔭西さんが勤めていた整骨院では、複数の資格を持っているのが当たり前でした。そこで、専門を卒業して2年間は現場業務に専念していましたが、再び同じ学校に入り直し、あん摩マッサージ指圧師と鍼灸師(はり師、きゅう師)合計3つの資格を取得します。
経験を積み重ねていくうちにスキルも向上し、分院の責任者を任されるまでステップアップしていきました。こうして、技術面以外の店舗経営や人材育成のノウハウも学んだといいます。
ところが、長時間労働は専門学生時代から変わることなく、まだ幼い子ども2人の育児を妻に任せきりの日々でした。
「人にも恵まれていたので、辞めたいと思ったことは一度もなかったんです。ですが、このまま家庭とのバランスが取れないままでいいのかという葛藤がありました」
そんな蔭西さんの頭に思い浮かんだのが「開業」でした。持っている資格のメリットを活かし、勤続10年目となる2014年に退職。自身の整骨院を立ち上げたのです。
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苦境でたどり着いた新たな出発点

「前職でネックだったワークライフバランスは大幅に改善されたものの、最初は患者さんも売り上げもゼロで家庭内で肩身の狭い思いをしていました」と話す蔭西さん。
開業当初は、店舗と訪問どちらも対応する鍼灸マッサージ整骨院としてスタートしました。訪問は未経験ながら、前職で需要を感じていたそうです。
介護施設や居宅介護支援事業所のケアマネジャーの元へ通い、根気強く営業活動を続けた結果、徐々に訪問の患者のほうが増えていきます。店舗は固定費もかかることから、開業3年目には訪問専門へと舵を切りました。
順調に経営を続けていましたが、2020年にコロナ禍で状況が一変します。感染を懸念し相次いでキャンセルとなったことで、患者数は半減。
「訪問に特化したビジネスの脆弱性を痛感しました。外出制限で営業もできないなか、将来こういうことがあっても、自分で切り抜けられるために勉強しようと思い立ったんです」
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学びの連鎖で開けた社労士への道
コロナ禍で窮地に立たされた蔭西さんが、学びの対象として選んだのは“お金”でした。開業後、経営や子どもの学費、老後資金などお金についてしっかりと学ぶ必要性は感じていたといいます。
2020年当時はコロナ禍で収入が不安定な人も多かったことから、“お金をどう守り、増やすか”というコンテンツが目立ったことも影響しました。まずはテキストとYouTubeを見て学び、簿記3級とファイナンシャル・プランニング(FP)技能検定2級の資格を取得します。
その後も学びが止まらない蔭西さんは、ケアマネ試験へチャレンジ。
「介護報酬制度についての知識が必要に感じていましたし、ケアマネさんと話す機会が多かったので、業務について知っておきたかったんです。さすがに合格率3割の試験に独学は厳しいと思い、通信講座を3ヶ月受講し試験に合格しました。まだ介護支援専門員実務研修を受けていないので資格は持っていません」
ケアマネ試験に受かってもまだ学びへの意欲が止まず、合格通知からわずか2日後には社労士の通信講座に申し込みます。そこから3年間、仕事と家のことを終えた夜に2〜3時間勉強する日々。コロナ禍はとっくに過ぎ去っていました。
「モチベーションが途切れたり、勉強が嫌になったりすることはなかったんです。人々の生活に関わる年金や労働・社会保険について学ぶのが好きなんだと思いますね。ただ、高校生と大学生になる子どもたちからは合格後に『受験勉強はもうやめてよね』と言われてしまったので、家族に気を遣わせてしまっていたのだと気づきました」

勉強開始から3年目にして難関試験を突破した蔭西さん。実務経験が免除される社労士事務指定講習も終了し、2025年11月から晴れて社労士となりました。
現場20年の強みで働く人を支えたい
社労士事務所の開業準備中という蔭西さん。最初は訪問鍼灸マッサージ院と並行しながら、徐々に社労士業務を増やす予定です。いま目指しているのは、整骨院、鍼灸院に特化した社労士だといいます。
整骨院や鍼灸院の多くは小規模事業所です。蔭西さんは、労務管理や手続きにまで手が回らない現状を、長年目の当たりにしてきました。
2024年に厚生労働省がおこなった調査によると、マッサージや鍼灸の施術所数は過去10年間で約900ヶ所、柔道整復の施術所数は約5,300ヶ所増加しています。
「人材獲得競争が激しくなっているため、給料ももちろん大切ですが、労働時間や休暇制度などの労働環境が整っていないと人は集まりませんし、定着しません。院長が雇用契約書の作成から、制度づくりまで一人でおこなっている事業所もよく耳にしますが、本来の業務は患者さんに向き合うことです。私が労務面をサポートすることで、現場に集中できる環境がつくれればと思います」
長年現場で働いてきたことで、働き方や業界の労務課題を把握しているからこそ、これまでの経験を強みに整骨・鍼灸業界とかかわりたいといいます。
「AIには決して代われない“人が働く現場”に誇りを持っていますし、従事者にも希望を持って働いてほしいです」
「やりたいことは何個でも手を出したらいい」
いまでこそ国をあげて“リスキリング”や“学び直し”の重要性が強調されていますが、20年以上前からそれに挑戦してきた蔭西さん。その根底には、すべての経験は糧になるという考えがあります。
「自分が正しいと思ったこと、自分がやりたいと思ったことをやらないと後悔すると思うんです。もしうまくいかなくても、経験がどこかで役立つことは必ずあります。まずは自分の頭で考えて、行動を起こすことを大切にしています」
そんな蔭西さんでも、はじめて独立開業するときは不安に押しつぶされそうになったといいます。
「最近は歳を重ねてきて、怖さや不安を感じにくくなってきました。単純に鈍くなったのかもしれません(笑)。開業もコロナ禍での学び直しも社労士試験に再挑戦するときも、もちろん不安はありました。ですが、不安ばかりに目を向けると行動にブレーキがかかってしまうものです。挑戦には、ある程度流れや勢いも必要です」
これまで、人生の節目ごとにリスクを恐れず挑戦を続けてきた蔭西さん。そこにあるのは、前向きに行動する姿勢です。
「一見、今後のキャリアに関係なく見えても、化学反応的に良い結果をもたらすこともあります。やりたいことがあるのに踏み出せないこともあるでしょう。ですが、挑戦は何歳からでもできる。何個でも手を出したらいいんです。失敗の学びは、やった人にこそ与えられますから」
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