1.薬剤師による在宅訪問サービスとは
在宅療養下の医薬品に関する問題に対処
薬剤師が自宅や施設などで生活する患者のもとに医薬品を届け、服薬の指導や管理をすることを、医療保険では「在宅患者訪問薬剤管理指導」(短く「訪問薬剤管理指導」ともいう)、介護保険では「(介護予防)居宅療養管理指導」といいます。そしてこれらの在宅サービスを提供する薬剤師は、通称「在宅薬剤師」や「訪問薬剤師」と呼ばれます。
自宅や施設で療養生活を送る人のなかには、薬に関する問題を抱えている人が少なくありません。例えば、認知症などの基礎疾患があるために薬の飲み忘れや飲みすぎなど適切な服薬が困難なケース、独居や要介護などの事情により薬局まで薬を受け取りに行くのが困難なケース、複数の医療機関から多くの薬が処方されて薬が重複しているケース(ポリファーマシーと呼ぶ)などといった問題が起きています。
このような問題がある場合に薬剤師が在宅訪問することで、改善を図ることが可能となり、結果として患者のQOL(生活の質)やADL(日常生活動作)の維持・向上や治療効果を高めることにつながる可能性があります。
また、薬剤師による在宅訪問サービスの実施は、医療費の抑制にも大きな効果が期待できるとされています。日本薬剤師会の調査によると、飲み忘れなどの可能性がありながら、薬剤師による訪問薬剤管理指導などを受けていないため、飲み残されている潜在的な薬剤費が年間約475億円にもおよぶと推計されています。さらにこのうち薬剤師による訪問薬剤管理指導などの実施により、飲み忘れなどの薬剤費のおよそ9割に値する約424億円の改善が可能であるとも推計されています。
実施条件・訪問プロセス
薬剤師による在宅訪問サービスは、希望すれば誰でも利用できるわけではありません。薬の受け取りや管理が難しいといった事情があり、医師が訪問の必要性を認めた場合のみ利用することができます。
薬剤師による在宅訪問サービスの利用条件
- 病気、障がい、要介護などで通院・来局が困難な方
- 自宅での薬の使用や管理に不安がある方
- 医師がその必要性を認め、薬剤師に訪問を指示した場合
在宅訪問サービスの開始に至るルートには、次の4つのパターンがあります。
薬剤師による在宅訪問サービスに至る4つのパターン
- 医師による指示型…医師・歯科医師による指示
- 薬局提案型…薬局薬剤師が患者の服薬状況を疑問視
- 多職種提案型…ケアマネジャーや訪問看護師などの医療福祉関係者、または家族からの相談・提案
- 退院時カンファレンス型…退院後の薬局が決定するタイミングでの病院・薬局間での薬薬連携
いずれのパターンであっても、医師が薬剤師へ訪問を指示し、患者の状態や処方内容などを記載した「診療情報提供書」が必要になります。薬剤師はその内容に基づき、訪問でおこなう指導内容や訪問回数・頻度などをまとめた「薬学的管理指導計画書」を作成し、在宅訪問を実施します。訪問後は医師への報告書を作成・提出し、計画書は最低でも月1回、または処方変更があった際に見直し・再発行をおこないます。
なお、連携が求められる関係者は医師のほかにも、ケアマネジャーや訪問看護師、ホームヘルパーなどがいます。在宅支援では各職種が別々に訪問しサービスを提供するので、関係者同士の密な情報共有・連携が重要になります。

薬剤師による在宅訪問サービスの訪問回数は、原則として月4回までとなります。なお、患者に特定疾患がある場合や緊急時には追加での訪問が可能です。
また原則として、介護認定を受けている場合は介護保険が優先して適用され、それ以外の方は医療保険が適用されます。
1ヶ月あたりの訪問回数と適用保険
- 基本
- 月4回まで
- 適用保険:医療保険、介護保険
- 末期の悪性腫瘍の患者、中心静脈栄養法の対象の場合
- 週2回まで、月8回まで
- 適用保険:医療保険、介護保険
- 緊急時の訪問
- 月4回まで
- 適用保険:医療保険のみ
実施状況
薬剤師による在宅訪問サービスの実施数は、下のグラフのとおり年々増加しています。しかし普及率で見るとまだ十分とはいえません。
厚生労働省の資料によると、2020年度の全国の薬局数は約6.1万件でした。このうち医療保険の訪問薬剤管理指導を実施している薬局は8,512件(2020年3月時点)、介護保険の居宅療養管理指導を実施している薬局は25,569件(2019年12月時点)となっており、薬局の全体数に対して少なくなっています。

また、薬剤師による在宅訪問サービスが必要となった問題点としては、「薬剤の保管状況」「服用薬剤の理解不足」「薬剤の飲み忘れ」などが多く挙げられました。

2.在宅薬剤師として働く
在宅薬剤師に必要な資格・経験
在宅薬剤師として働くには、訪問薬剤管理指導(居宅療養管理指導)を実施している保険薬局に勤務することが一般的です。また、社用車で訪問に回る職場もあるので、運転免許証が必要になる場合があります。
tips|在宅療養支援認定薬剤師とは?
在宅医療に特化した薬剤師の民間資格として、一般社団法人日本在宅薬学会が認定する在宅療養支援認定薬剤師があります。資格認定者は薬剤師の専門性を活かし、在宅支援チームの一員として保健・医療・福祉への貢献が認められます。2021年2月時点での認定者数は151名でした。
資格取得には、3年以上の薬剤師実務経験、認定薬剤師の取得、所定の研修講座の受講などの要件があり、資格試験に合格することで認定されます。
詳しくは、一般社団法人日本在宅薬学会のサイトをご確認ください。
在宅薬剤師の仕事内容・役割
在宅薬剤師がおこなう主な仕事内容と役割には、次のようなものが挙げられます。
在宅訪問サービスにおける薬剤師の仕事内容・役割
- 処方箋に基づいた調剤業務
- 薬歴管理 (薬の飲み合わせの確認)
- 患者宅への医薬品・衛生材料の供給
- 患者・家族への服薬指導・支援 (服薬の方法や効果の説明)
- 服薬状況と保管状況の確認 (おくすりカレンダー等の活用)
- 残薬の管理、麻薬の服薬管理と廃棄
- 服薬効果や副作用などのモニタリング
- 担当医への処方提案 (患者に最適な処方提案)
- ケアマネジャーなど医療福祉関係者との連携・情報共有
- 医療福祉関係者への薬剤に関する教育
ジョブメドレーが以前インタビューした在宅薬剤師の男性は、患者の健康状態や服薬効果などを診るために、バイタルチェックも含めたアセスメントをおこなうと話していました。

在宅薬剤師は、患者が暮らす生活環境を直接知り得る立場にあります。単に医薬品を届けるだけでなく、患者の健康状態や生活の様子をよく観察し、それに合わせた指導や提案が求められます。そのためには、患者や家族とコミュニケーションを重ね、信頼関係を築くことも重要な役割だと言えるでしょう。
在宅薬剤師の一日のスケジュール
在宅薬剤師の一日はどのように過ごすのでしょうか。次のスケジュールは、在宅訪問サービスをメインに提供する保険薬局勤務の薬剤師(パート)の例です。

在宅薬剤師の給料
ジョブメドレーに掲載されている薬剤師の求人から、「全求人の平均賃金」と「在宅訪問サービスを提供している求人の平均賃金」で算出し比較しました。なお、残業手当などの月によって支給額が変動する手当は集計対象外のため、実際に支払われる金額はこれより多くなる可能性があります。
雇用形態 |
薬剤師全体 |
在宅訪問サービス |
正職員(月給) |
38万2,866円 |
38万9,474円 |
パート(時給) |
2,508円 |
3,467円 |
※2021年6月時点のデータ
比較してみると、正職員・パートともに、在宅訪問サービスのほうが賃金が高い結果となりました。とくにパートでの金額差が大きいことがわかります。
3.薬剤師による在宅訪問サービスの今後
薬剤師による在宅訪問サービスが十分に普及していない背景のひとつには、多職種間での連携不足があります。とくに在宅サービスの中心的役割であるケアマネジャーが、在宅薬剤師が介入する意義を理解し、必要に応じて訪問の依頼・相談ができる状態が望ましいといわれています。今後はこの体制を築くために、薬剤師・薬局側からの積極的な情報発信や普及活動が重要です。
在宅薬剤師は、薬剤師のなかでももっとも近くで患者に接することができる仕事です。薬局や病院内での業務中には気づきにくい服薬上の問題にもより深く介入することができ、解決策を提案することも可能です。患者との関わりを大切にしながら、在宅での療養生活を支える仕事がしたい方は、在宅薬剤師として働くことを考えてみてはいかがでしょうか?
参考
・日本薬剤師会|在宅医療における薬剤師の役割
・大阪府薬剤師会|薬剤師による在宅訪問