1. 【転職者インタビューvol.7】看護助手半年→就労支援員3年目(東京)Aさん27歳/転職回数3回

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インタビュー2019/02/22
【転職者インタビューvol.7】看護助手半年→就労支援員3年目(東京)Aさん27歳/転職回数3回

「なるほど!ジョブメドレー」は新しく、医療福祉業界で働く方の生い立ちから現在までを掘り下げるロングインタビュー企画をはじめました。第7回目の取材に協力してくれたのは、東京都の就労支援事業所で就労支援員として働くAさん(27歳)です。アパレル企業から医療福祉の世界へ飛び込んだAさんに、一般的に聞きなれない「就労支援員」の仕事内容やリアルなお給料の話、やりがいなどを語ってもらいました。

「なるジョブ」転職者インタビューvol.7


1.今日の転職経験者はこんな人

就労支援員の人生年表

ーいまおいくつですか?

27歳です。


ー血液型は?

O型です。


ー出身はどこですか?

生まれも育ちも埼玉県です。畑ばっかりの田舎ですね。


ーお父さんとお母さんのお仕事は?

お母さんは専業主婦。お父さんはロケットの部品をつくっている技術者です。


ーご自身はどんな性格ですか?

勉強は抜きにして、昔から負けず嫌いです。とくにスポーツとか。


ーちょっと緊張してますか?

はい。でも宮田さんに会うことと比べたらぜんぜん大丈夫かも。


ー宮田さん?

ジャニーズのKis-My-Ft2のメンバーです。アイドルオタクなんですよ。


ー宮田さんみたいなお兄さんはいたりします?

残念ながら1人っ子です。

2. Aさん(就労支援員・27歳)の生い立ち

就労支援員の生い立ち

2-1. 幼少期〜小学校時代

ー幼児期の記憶ってありますか?

お母さんが好きだったので、幼稚園に行くのがイヤでよく泣いてました。あとは、おゆうぎ会で「白雪姫」の主役をやったことを覚えています。たしか自分で立候補したはず(笑)。


ー子どもの頃の夢は「お姫さま」?

昔のアルバムには「果物屋さん」って書いてました。


ー小学生のときはどんな子どもでした?

小学校4年生からバスケ。5年生から女子サッカーをやってました。


ー恋愛の経験はありました?

小学校2年生のときに初めて告白されました。でも自分では「付き合う」という概念自体がなかったので、ただ「ありがとう」とだけ言いました。「これが告白ってやつか!」って衝撃でしたね。


自分から好きになった人もいたんですけど、よく友達にバラされちゃって…それからはあまり他人に言わなくなりましたね。


2-2. 中学校〜高校時代

ー中学校生活はどうでしたか?

バレーボール部に入っていたんですけど、ちょっと身体が弱くなってしまって…。授業を中断してしまうほどの咳が出たりして、周りから心配されるのがイヤで学校を休みがちになってしまいましたね。


ー学校の勉強は好きでした?

国語は好きだったけど、それ以外は嫌いでした。数学とか理科とか。


ー高校はどんな学校に行きましたか?

近くの女子高に行きました。中学のときに男の人が苦手だったので、高校では男子を遠ざけておいて、大学で共学に戻ろうと思ってました。その頃には男子もちょっとは落ち着いているかなって。


ーそんなこと考えてたんですね。女子高はどうでしたか?

みんなを笑わせる、ひょうきんものみたいなキャラでしたね。部活ではバトントワリングを3年間やっていました。あとはベタですけど、当時はAKB48が流行ってましたね。


ー遠ざけていた男性との関わりはなかった?

苦手だったのでまったくなかったです。ただ、複雑なんですけど…彼氏はほしかったんですよ。結局何もありませんでしたけど。


ーほかに何か思い出はありますか?

女子高は体育祭がすごいんです。学年対抗で騎馬戦をやるんですけど、先輩と後輩で髪の引っ張り合いとか。わたしは見ている側で「もっとやれ〜」みたいな感じで見てました(笑)。


2-3. 大学時代

ー高校卒業後の進路はどんな感じですか?

都内の4年制大学に行きました。


ーその頃は何かなりたい仕事はありましたか?

編集者です。ファッション誌が好きで、文章を書く仕事をしたかったんです。それも含めて、4年間は自分がやりたいことを見極める期間にしようと思ってました。


ー再び共学になりましたけど、大学は楽しかった?

楽しかったです。友達に誘われて、入学してすぐ写真サークルに入りました。月に1〜2回みんなで集まって景色を撮りに行ったり、ギャラリーを借りて出展したりしていました。


あとはサークルの合宿で新潟の花火大会に行ったんですけど、すごく綺麗で感動して、それが大学生活のいちばんの思い出ですね。


ー大学生になって恋人はできましたか?

大学1年のときに、同じ学部の人に告白されて、3年間付き合ってました。大学1年生が人生でいちばんのモテ期だったんですけど、ほぼ同時に3人から告白されたんです。高校で男性を遠ざけてた効果があったのかもしれない(笑)。


ー何を基準に1人を選んだんですか?

野球をやっている姿をちょいちょい見ていて「何かを頑張っている人がいいな〜」と思ったのかな? その人とは5〜6回遊んだのちに付き合いました。


ーなぜ別れてしまったんですか?

相手のお父さんが入院してしまって、彼が働きに出ることになったんです。大学に通いながら土木系の仕事をすることになって、「もうひんぱんに会えなくなるから別れよう」と言われました。


それで立ち直ったあと、4年生のときに同じサークルの人に告白されて付き合ったんですけど、そっちは1年くらいしか続きませんでした。

3. 新卒でアパレル企業に就職

ー就活はいつ頃から始めましたか? 編集者を目指した?

まず、大学2年生くらいのときに「編集者は無理そうだな」と思いました。そこから「ファッション雑誌というよりかは、ファッション自体が好きなのかな?」と考えて、アパレル業界を志望するようになりました。


それで就活期間にアパレル系の会社の説明会に行って、若い女性向けのファッションブランドをいくつか運営している会社に入社しました。入社後は、大学4年生の5月頃から学生インターンとして、都内のショップで働いていました。


ーインターンはどうでしたか?

売れたときはすごくうれしいんですけど、先輩もお客さんも怖かったです。入ったばっかりのときってルールも何もわからなくて。


たとえば、「先輩のお客さんを取っちゃダメ」とか。わたしが途中で接客をやることになったとしても、レジを打つときは先に声をかけた先輩の名前で打たないといけないんですよ。


そういうこともぜんぜん聞かされてなくて、自分のバーコードで打っちゃったときに怒られたりして「最初に教えてよ〜」っていうことが多々ありました。


ーアパレル企業ではどれくらい働いたんですか?

それがすぐ辞めちゃったんです。インターンを含めて1年半とかだから、卒業後は半年くらいですね。


ー辞めたいちばんの要因は何だったんですか?

人手不足です。基本的にお店を2人で回さないといけないんですけど、どちらかが休憩を取っているやもう1人が早上がりのときにはトイレにも行けません。それが体調的につらかったかな。あとは1日のノルマがけっこう大変で(笑)。


ーお休みはちゃんと取れてましたか?

週に2日は休めていたと思います。労働時間は9〜21時とか。


ー給料はどうでした?

額面で19万円とかだったと思います。

4. 未経験から看護助手に転職

ー退職後はどのような転職活動をしましたか?

当時はアパレルしかやりたいことがなかったから、辞めて何をしたらいいかわからなくなってしまいました。


転職活動中はインターネットの求人サイトを見ていて、「医療介護系は大変そうだし絶対にやりたくないな」と思っていたんですけど、なぜかふと「一度やってみようかな?」という気持ちになって、1月頃に看護助手になりました。


ー看護助手を選んだ理由は何かありますか?

資格がなくてもできる仕事を探していたときに「看護師さんのお手伝いってカッコいいな」と思って選びました。


ー転職で重視した条件はありますか?

電車に長時間乗りたくないので、家から通える範囲で探しました。病院自体はあまり数を受けずに、面接をして大きな総合病院に転職しました。


ー実際に働いてみて、医療の仕事はどうでしたか?

ちゃんと仕事ができるか心配してたんですけど、おばあちゃんの手を握っているだけで「ありがとう」と言われたりして、「こんな些細なことで感謝してくれるんだ」と思って、ちょっと頑張ろうかなという気持ちになりました。


ー看護助手は具体的にどんな仕事をするんですか?

看護助手のおもな仕事は、患者さんのオムツ交換食事補助入浴介助カルテの整理などです。


ー前職のアパレルと比べて仕事内容はどうでしたか?

病院のほうがぜんぜんやりがいがありました。わたしは急性期病棟で働いていたんですけど、元気のない人を毎日介助して、最終的に元気に退院していくところを見ると「すごいよかったな」と思えます。


ー1人で何人くらいの患者さんを介助するんですか?

3人くらいなので、けっこうバタバタです。


ー勤務形態はシフト制?

8時間勤務のシフト制です。朝が弱いので、とくに6時半〜15時の早番がつらかったですね。その次のシフトの人が来るのが12時半〜21時。看護助手に夜勤はありませんでした。


ー給与はどうでしたか?

給与はめっちゃよかったです。未経験でもはじめから(額面)23万円くらいでした。お休みや保険関係もちゃんとしていたので、待遇面の不満はなかったです。


ー看護助手の仕事はどれくらいやっていたんですか?

それがヘルニアになってしまって…半年で辞めることになったんです(笑)。すごく太った患者さんのお風呂の介助をするときに、5人がかりでストレッチャーにのせようとして「グキッ!!」という感じです。


ーどんな流れで退職になったんですか?

まず腰を痛めたあと、休まずに1ヶ月くらい働いてしまったんです。そしたら足も痺れだして、整骨院にいったらヘルニアだとわかりました。


婦長に報告して「事務の仕事に移れませんか?」と言ったんですけど、「充足してしまっているのでどうしよう…」と困っていたので、自分から「辞めます」と言いました。婦長さんやみんなもすごく心配してくれたし、本当は辞めたくなかったんですけど。

5. 一般事務→就労支援員(現在)

ーその後はどうしたんですか?

座ってできる仕事をしようと思って、派遣会社に登録して、一般企業の事務の仕事に就きました。ただ「医療福祉の仕事に戻りたい」という気持ちが強くなりすぎてしまって、半年くらいで辞めました。その後、東京都の就労支援事業所に転職しました。


ー仕事はどうやって探したんですか?

医療福祉系の求人サイトから応募して1社目で合格しました。


はじめは障がい者支援施設と老人ホームで悩んでいたんですけど、高齢者のケアは看護助手のときに経験したので、障がいを抱えた人と関われる仕事を重点的に見てました。


その求人には「就労支援がメインの仕事です」と書いてあって、興味をもったので応募したんですけど、それまでは「就労支援員」という職種があることも知りませんでした。

6. 就労支援員の仕事内容・やりがい

ー具体的な仕事内容を教えてもらえますか?

身体障がい・知的障がい・精神障がい・発達障がい・難病などをもった人が就労できるように、訓練・サポートをしていきます。


就労支援事業所では、一般企業への就労希望者を対象とする「就労移行支援」と一般企業への就労が困難な人に就労機会を提供する「就労継続支援(A型・B型)」をおこなっているんですけど、わたしは「就労移行支援」の担当になります。


ー「就労移行支援」ではどのようなことをしているんですか?

通っている利用者さんに、お菓子の箱折りやチラシの封入封緘(ふうにゅう・ふうかん)などの軽作業をしてもらっています。あとは就職に向けて、ビジネスマナーや一般常識も教えています。


利用者さんは全員で20名くらい。職員はわたし含めて就労支援員が5名。いまの職場で働きはじめて2年半になりました。


ー仕事の大変な面はどんなところですか?

やっぱり利用者さんとのコミュニケーションですね。相手の気持ちがわかるようになるまでがとくに難しくて、わたしは今まで高齢者の人をケアするお仕事をしていたから、つい同じように接してしまって「老人扱いするな」と怒られることもありました。


ーそうか。若い人もいるんですよね。

18歳から65歳まで幅広い年代の人がいます。利用者さんの障がいの度合いもさまざまです。


ー仕事を始める前とあとで変わったことはありますか?

障がいに対するイメージが変わりました。


「障がい者」というと、電車内や道で奇声を発してしまう人などをイメージする人もいるかもしれませんが、実際にはうつ病や統合失調症など、一見普通に見えて、自分たちにも起こりうる障がいに悩んでいる人が多いことに気づきました。一般の人と障がいを抱えた人には明確な区切りなんてないんだなと。


ーいまの仕事の良い点と悪い点はありますか?

良い点は、さまざまな利用者さんとコミュニケーションが取れるようになるところです。悪い点は、給料が安いところですね。

7. ザックリ給与明細書

就労支援員3年目の給与明細書

ー現在の月収はいくらですか?

月収は額面18万円くらいでそこから控除などで引かれます。


ーその他の福利厚生についてはどうですか?

最近やっと有給が取りやすくなりました。お休みは土日に取れています。たまに土曜日が出勤になるときもありますけど。


ー残業は多い? 少ない?

8時半〜17時半が基本的な勤務時間になるんですけど、残業は1日30分くらいです。


ー賞与は?

賞与は年2回・3ヶ月分ですね。


ーヘルニアがよくなったら、給与が高い看護助手に戻ろうとは思わない?

思わないですね。いまは「利用者さんをこの会社に就職させてあげたい」と思って、実習の工程を考えることがすごく好きなんです。


看護助手のように、患者さんが元気に退院していく姿を見るのもすごくよかったんだけど、就労支援員は利用者さんの就労後の定着支援もおこなっているので、その人の将来に携わることができているという実感が強いんです。


ー職場の人間関係はどうですか?

職場の人間関係はすごくいいです。社長との面接のときに、「従業員の人と話してみないとわからないよね?」と言われて、面談室に呼んでくれたんですけど、それが結果としてすごくよかったですね。


ー「就労支援」に興味をもつ求職者にアドバイスをください。

大変なことも多いんですけど、人が好きだったり、利用者さんが頑張っている姿を見ることが好きな人だったりする人なら向いていると思います。

8.(番外編)生活・趣味・お金の話

ーでは番外編にいきましょう。休みの日は何をしてますか?

買い物です。服を買うことが多いです。


ー最近とくにハマっていることはありますか?

キスマイ(Kis-My-Ft2)です。かれこれ5年くらいファンです。


ー番組を観たり、ポスターを部屋に貼ったり?

オタク友達とバラエティ番組で行っていたロケ地を巡るんです。


ーオタク友達はどうやって見つけるんですか?

インスタです。メインのアカウントとは別にオタクアカウントを作るんですけど、キスマイが好きな人をフォローしあって、本人不在の誕生会を開いたりします。


ーちょっとスマホの画面を見せてもらってもいいですか?

はいどうぞ。


就労支援員のスマホ画面

ーよく使うアプリはありますか? 3つくらい教えていただけると。

けっこう普通です。「LINE」「インスタ」「Twitter」。


ーお金の使い方のルールはありますか?

とくにないですね。お金遣いが荒いので、洋服代で月に3万円くらい使っちゃいます。


ー現金派? カード派? 電子マネー派?

現金派です。


ー家計簿管理はしてますか?

してないです。


ーお金にまつわる失敗談はありますか?

月いちでオタク会をやってるんですけど、カラオケで誕生会をやったときに割り勘がうまくいかなくて、幹事の自分が6万くらい払ったことです。わけがわからない状態で「もうカードで払っちゃえ」って。


ー相当損してません? オールで歌い続けてそうなった?

歌わないです。カラオケでキスマイのDVDを観て飲み食いするだけ。


ーそうなんですね。これまでの人生で使った最高金額は?

それです。わけのわからない6万円。


ー異性のタイプはありますか?

優しい人。見た目は細マッチョ。


ーこれまでの交際人数は?

3人です。いまはフリー。


ー次に付き合うならどんな人がいいですか?

年上の人。上限は38歳まで。


ーなるほど、今日はありがとうございました!

読者の方へのメッセージ

未経験からの転職を恐れずに

就労支援員として3年目を迎えるAさんは、アパレル企業で働いたあと、未経験で医療福祉の世界に飛び込みました。異業種からの転職には不安もあると思いますが、求人サイトをのぞいてみるだけでも気持ちに変化があるかもしれません。今回の転職体験談もぜひ参考にしていただけると嬉しいです。

宮原透宮原透(編集者)2019/04/22

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