1. ピアサポートとは
同じ苦しみや生きづらさを抱える当事者や経験者が互いを支え合う活動を「ピアサポート(peer support)」と呼びます。
「ピア(peer)」とは英語で“仲間”を意味します。病気や障がいなど同じ苦しみを抱える“仲間”が自身の体験や有益な情報を共有することで、医師や看護師、ソーシャルワーカー、カウンセラーなどの専門家からの援助では足りない部分を補っています。
具体的な活動としては、がんサロンや認知症カフェなどのセルフヘルプグループ(自助会)が有名です。ほかにも糖尿病や腎不全などの慢性疾患、後遺障がい、精神障がい、依存症、ひきこもり、犯罪被害者など、さまざまな苦しみを抱える当事者やその家族が対等な立場で支え合い、問題の解決を図ろうとしています。
セルフヘルプグループの例
がん/糖尿病/腎臓病/ALS(筋萎縮性側索硬化症)/高次脳機能障害/後遺障がい/精神障がい/摂食障がい/アルコール依存症/ギャンブル依存症/薬物依存症/認知症/不妊症/病児・障がい児の親/ヤングケアラー/ひきこもり/DV被害者/交通事故被害者遺族/自死遺児 など
小学校や中学校、高校、大学などの教育現場では、人間関係やいじめ、学業、進路など学生生活に関する生徒からの相談に生徒自身が応じる活動がおこなわれており、これもピアサポートの一つといえます。
tips|ピアサポートとセルフヘルプの違い
ピアサポートは当事者による支え合い、セルフヘルプはその主な実践の場と捉えられます。ピアサポートは患者会や家族会といったセルフヘルプグループを通じて実践されることが多いものの、必ずしもこのような組織的・継続的な形式を前提としていません。また、セルフヘルプグループは当事者がつながる場を提供するだけでなく、専門家を招いた研修会や講演会を実施するなど、より多角的な支援をおこなっています。
2. ピアサポートの意義
専門家にできない支援、当事者・経験者だからこそできる支援とは何なのか、ピアサポートには主に次の3つの意義があります。
不安や孤独感を軽減できる
仲間がいるという事実が精神的な安定につながることがあります。
「できないことが増えていく」
「生きる目的や希望が見いだせない」
「この先どうすればいいのかわからない」
「外出もままならず、社会から孤立している」
「頭ではわかっていてもつい感情的になってしまう」
このような当事者にしかわからない苦しみや生きづらさを打ち明けられる相手がおらず、孤独を感じることもあります。しかし、同じ境遇に置かれている人と体験を共有することで、その不安や孤独感を和らげることができるかもしれません。
有益な情報を得られる
当事者や経験者との交流を通じて、有益な情報を得られる可能性があります。インターネットを通じてさまざまな情報にアクセスできる時代ですが、日常生活における工夫や福祉サービスの利用法、医療・介護サービスの評判など、実体験に基づく知識やノウハウ、アドバイスは貴重といえるでしょう。
ロールモデルとなる
当事者や経験者はロールモデル(生き方の手本や指針)になり得ます。先が見えないときに同じ苦しみを抱えながらどうにかして生きようとする仲間の姿に直に触れることで、希望や目標を持てるようになった例は多くあります。ときに重要な意思決定の判断材料となったり後押しとなったりすることもあるでしょう。
3. ピアサポーターになるには
セルフヘルプグループや研修について調べてみよう
当事者としての経験を活かし、同じ苦しみを抱える人の話を聴いたり相談相手になったりする人のことをピアサポーターと呼びます。
本来ピアサポートは当事者同志の支え合いのため、支えることと支えられることにはっきりした境界はありませんが、主に話の聴き手としてピアサポーターを募集する団体も数多くあります。また、ピアサポーターとして活動するにあたって必要な心構えについて学ぶ研修や講習会も開催されています。
ピアサポーターとしての心構えの例
- プライバシーを守る
- 医療行為などの専門領域に踏み込まない
- 批評や比較をせず、相手の話を受け入れる
- 病気や障がいなどについて正しい知識を持つ
- どのような社会資源(支援制度)があるか知る
主催団体はセルフヘルプグループ以外にも厚生労働省から委託を受けた事業者や自治体などさまざまです。「当事者としての体験を役立てたい」という気持ちがある方はセルフヘルプグループや研修について調べてみるとよいでしょう。
さらに、一部の障害福祉サービスを提供する事業所において、当事者や経験者を職員として雇用すると評価が高まる仕組みが導入されました。2021年度の障害福祉サービス等報酬改定において新設された、ピアサポート体制加算とピアサポート実施加算です。
障害福祉サービスにおけるピアサポート体制加算・実施加算とは
利用者のモチベーションの向上や不安の解消に効果が期待できるとして、ピアサポーター(当事者や経験者)を配置する事業所を評価するものです。加算を得るには、障害者ピアサポート研修の修了や事業所内での研修の実施などが必要です。
ピアサポート体制加算
単位 |
100単位/月 |
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対象 |
計画相談支援、障害児相談支援、自立生活援助、地域移行支援、地域定着支援 |
要件 |
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経過措置 |
2024年3月末までは、障害者ピアサポート研修に準じる研修を修了した(a)に該当する者を常勤換算で0.5人以上配置すれば算定対象とする |
また、就労継続支援B型の事業所においても、上記と同様の体制のもとで支援をおこなった場合にピアサポート実施加算が算定されます(参考:厚生労働省)。
障害福祉サービスを提供するうえでピアサポーターに期待されること
先に挙げたように当事者目線で自身の体験を踏まえた支援をおこなうことで、利用者のモチベーション向上や不安軽減につながることが期待されます。
また、同じ事業所で働くほかのスタッフ(ピアではない支援員)に対して障がいの特性について説明したり、それを踏まえたコミュニケーション方法についてアドバイスしたりすることも大切な役割の一つです。
さらに、利用者とスタッフの間に心理的な距離があるときには、信頼関係を構築できるよう架け橋となるシーンも出てくるでしょう。
4. “支えること”と“支えられること”が生む相乗効果
精神的な安定や有益な情報を得ることばかりがピアサポートの意義ではありません。
病気や障がいなどの生きづらさを抱えている人の多くは、“支えられる側”として生活しています。中には病気や障がいがきっかけで、社会や家庭の中での役割を果たせなくなったと自信を失っている人も多くいます。
ピアサポーターは実体験を基に今度は“支える側”に立つという試みです。自らの体験を話したり、相手の話に耳を傾けたり、自分の生活を見せたりすることで、誰かの心の支えになったり背中を押したりすることができます。
支えられた経験が支える経験につながり、支える経験によって失った役割を自分自身の力で取り戻す。この一連のプロセスがピアサポートといえます。
ピアサポーターとなることは、傷つき自信を喪失した人が誰かを支える側に立つことで、もう一度自らの力を信じ、社会の中で生きていく第一歩となりうるのです。
参考
- 厚生労働省「ピアサポートの活用を促進するための 事業者向けガイドライン」
- 厚生労働省「令和3年度障害福祉サービス等報酬改定の概要」
- 伊藤智樹 編著『ピア・サポートの社会学』晃洋書房(2013)