密着した人
公認心理師・臨床心理士 原口英之さん
心理職歴16年目。今回の取材先・心羽えみの保育園石神井台の開園当初から心理カウンセラーとして勤務。児童発達支援センターや学生相談室のカウンセラー、大学講師、自治体や行政に対するアドバイザーも務める。心理や保育に関する著書を複数出版。
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【8:50】出勤

原口さんが保育園で働くのは毎週水曜日。勤務開始は朝9時ですが、この日は定刻より10分ほど早く園に到着しました。

登園の多い時間帯のため、出入り口ですれ違った保護者に声をかけて、今後の保護者面談の日程の確認や、子どもの近況について軽く立ち話をします。

すれ違う親子や職員と挨拶を交わしながら、事務室に向かいます。仕事着に着替え、勤怠表に記入したら勤務開始です。
【9:00】知能検査の準備

午前中に予定している知能検査の準備をします。相談室に子ども用の机とイスを運び込み、検査で用いるものをセッティング。
使用するのは「WISC-Ⅳ」という検査ツールで、心理の専門家のみが扱うことができます。対象年齢は5歳以上、クイズやパズルを解く感覚で子どもの知能指数(IQ)を測ることができます。
【9:20】保育室へ

検査の準備を終えたら、次に向かうのは保育室。「カウンセラーの先生がこんなに慌ただしく動くのか」と驚くくらい、とにかくたくさん動き、保育室中の子どもたちの様子を見て回ります。
子どもたちは原口さんを見つけると「原口先生!」と突進。おんぶや抱っこにも応じます。

原口さん「全園児が対象ですが、私がとくに見るのは2〜5歳児です。乳児はどちらかというと体の成長に重きをおくので、うちの園では作業療法士の先生が中心に見ます。私たち心理職は体というよりも言葉や表情、行動、感情に注目するので、それがはっきりとしてくる2歳以降がメインになりますね」

手にはコンパクトなノートとペンを持ち、気になったことをどんどん書き留めていきます。
原口さん「子どもの様子だけでなく、先生の園児への接し方で気になったことがあればメモします。あとは連絡帳も要チェックです。連絡帳では子どもの家庭での様子がわかるだけでなく、親御さんの様子も読み取れます。例えばいつもより書き込みが少ないなら『お母さんちょっとお疲れ気味なのかな?』と想像できます」
【10:00】知能検査・採点

保育のタイミングを見て検査を受ける子をクラスから連れ出し、1対1の個別検査をおこないます。
知能検査や発達検査は保護者から直接相談を受けたとき、または子どもの様子で気になることがある場合に、保護者の了承を得て実施します。ただし検査結果がすべてではなく、あくまでその子の特性を理解するための一つの手がかりとして用います。
原口さんによると、幼児期に発達障害などの診断名がつく子どもは2〜4%程度。ただし診断前の“発達が気になる子”まで対象を広げると、その割合は15%程度まで増えると言われます。

検査が終了し子どもをクラスまで送り届けると、さっそく採点に取り掛かります。回答内容は正誤が明らかなものばかりではないため、子どものユニークな回答に判断を迷うこともあるのだとか。
検査結果については保護者と職員にフィードバックし、今後の園の保育や家庭での子育てに役立てます。なお、必要に応じて地域の支援機関の利用や医療機関の受診を勧めることもあります。
【11:30】保育室へ

採点が終わったら再び保育室へ。子どもたちが昼食を食べる様子を観察しながら、先生たちにも積極的に声をかけて情報収集します。
原口さん「カウンセラーが対象にするのは子どもと保護者だけじゃなく、日々子どもと向き合う保育士の先生たちもです。実は保育の専門学校や大学で発達障害について学ぶ時間ってすごく短いんですよ。どう接したらいいかわからずに悩む先生も少なくない。だからこそ私のような心理の専門家が入ってフィードバックしたり、カンファレンスで一緒に学んだり、先生自身の悩み相談に乗ったりするのも重要な仕事です」
しかし保育園で原口さんのような心理の専門家が配置されていることは全国的に見ても珍しいと言います。通常は自治体の児童発達支援センターなどの職員が年に1〜2回程度の頻度で保育園を訪れ、子どもたちの様子を観察・報告するのが実情です。
原口さん「今の制度上仕方のないことですが、たった1回の訪問で対象の子を把握するというのは、正直難しいです。理想を言えば、私のような非常勤カウンセラーが定期的に園を訪れて子どもたちの様子を長期で観察し、それを先生や保護者にも還元していくような方法ができたらベストですね」
【12:00】休憩・昼食

お昼は子どもたちと同じメニューの給食です。この日は作業療法士さんも出勤していたので、事務室で一緒に食事を取りながら情報交換しました。

【13:00】カンファレンス

この日のカンファレンスは2本立てで、1本目は原口さんが発表を務めます。園内で気になっている子どもを1人取り上げ、その子の行動や発達について職員たちと意見を出し合い、今後の保育をどうしていくか考えます。

原口さん「週に1回しか来れない私が子どもとどう関わるかではなくて。毎日子どもと接する先生たちの関わり方をどうしていくか考えるのが、一番大切です」

続いて2本目のカンファレンス。作業療法士さんが1歳児クラスを観察していて気がついたことを発表します。議題に挙がったのは子どもの体幹や歩き方、着衣の動作などについて。

原口さんもメモを取りながら参加しました。
【14:50】保育室へ

保育室へ足を運び、午前中に見て気になった子どもを再び観察したり、先生に確認したりします。
原口さん「カウンセラーは気になる特定の子を見ることが多いですが、集団全体を見ることも大切です。結局その子は集団の中の一人として保育されてるわけなので、全体の状況を把握して、集団の中でその子に合った保育がきちんと実践されないといけないんです」

先生のほうから原口さんに声をかけ相談する姿も見られました。また、今年入職した新卒の先生が2人いるため、原口さんも気にかけているようです。
【16:00】事務作業

空き時間を見つけて事務作業を済ませます。午前中におこなった知能検査の結果を専用ソフトに入力し、所見を報告書としてまとめます。1日に1〜2時間はこういった事務作業が発生します。
またこのあとの保護者面談に向けて、これまでの経過についてまとめた資料を読み返しました。
【17:00】保護者面談

朝もしくは夕方以降に1日3〜4件の保護者面談が入ります。話す内容は育児全般や子どもの発達についての相談が多いとのこと。
原口さん「定期的に面談していると、保護者はつい困った面ばかりに目が行きがちで、毎回新しい問題を相談されるんですね。でも『前回ご相談した指しゃぶりはその後どうなりました?』って聞くと『そういえば、しなくなりました!』って、実は気づかないうちに前の問題が改善しているケースも多いんです」
日々仕事に家事、育児と多忙な保護者が余裕を持つのは大変なことです。それでも落ち着いて振り返ってみれば、しっかりと子どもの成長を感じる場面はあると言います。だからこそ原口さんは一歩引いた立場で子どもたちを観察し、その子が抱えている問題ばかりにフォーカスせず、良い面も含めた客観的な事実を伝えることを大切にしています。
【18:20】事務作業

保護者面談の記録、子どもたちの観察記録、次週の予定の確認や準備などをおこないます。保育園では突発的な出来事への対応も日常茶飯事のため、予定どおりに進まず残業が発生することもしばしば。
作業の傍ら、園長先生やほかの職員ともその日の出来事を共有したり今後の予定について確認したりしました。
【19:30】退勤

退勤時刻を勤怠表に記入して退勤です。お疲れさまでした!
▼動画では「仕事で心がけていること/難しいこと」「心理カウンセラーが保育園で働く方法」について原口さんにインタビューしました! ぜひご覧ください