話を聞いた人
助川 雄紀さん(作業療法士)
作業療法士歴18年目。新卒で回復期リハビリテーション病棟を擁する甲府城南病院に入職。運動学と神経科学の知見に基づき脳梗塞による麻痺などの改善に取り組む。
作業療法士は人々を幸福にする……?

──作業療法士(OT)の仕事について、理学療法士(PT)との違いを交えて教えていただけますか?
助川さん:一般的に理学療法士は、歩いたり立ち上がったりといった基本動作の回復をサポートします。作業療法士は食事や文字を書くといった“作業”を通じたアプローチをおこなう仕事です。
ただ実際は、作業療法士と理学療法士の仕事は一部グラデーションです。作業療法士であっても理学療法のアプローチを求められる時期や場面もあるので。
決定的な違いは定義ですね。2018年に作業療法の定義が改訂されて、人々の幸福を促進することが加わったんです。
日本作業療法士協会 作業療法の定義
作業療法は、人々の健康と幸福を促進するために、医療、保健、福祉、教育、職業などの領域で行われる、作業に焦点を当てた治療、指導、援助である。作業とは、対象となる人々にとって目的や価値を持つ生活行為を指す。
──幸福を促進するとはどういうことでしょう。ニュアンスとしてはわかるのですが……。
少し大げさかもしれませんが、僕は患者さんの生活や人生に対する満足感・充実感・納得感に影響を与えることかなと思っています。そういう大きな変化を起こせるのは、少しでも痛みを減らしてあげるとか、わずかでも指先が動くようになるとか小さな変化を起こせる人にしかできないんじゃないかなと。
麻痺を改善したり痛みを軽減したりするには、理学療法の知識やノウハウも必要になりますね。
──痛みを減らしながら備わっている機能で生活を再建する、といったイメージでしょうか?
おっしゃるとおりです。その人らしい生活を組み立て直したり、今の身体でできる新しい様式の生活を提案をしたりすることもあります。提案するということは、まず患者さんを理解しなければなりません。一緒に体を動かして関節の可動域を広げることも大事ですが、寄り添って信頼関係を築きながら心の奥底にある本心を一緒に探すことも重要です。
傾聴なくして信頼は築けず

──信頼関係を築くためにどんなことをしていますか?
傾聴することがもっとも大切なんじゃないかと思っています。患者さんに耳を傾けながらしぐさや表情もしっかり見て、本当の気持ちを理解することですね。
話を聞くって、実は侮れないんですよ。自分の思いや生い立ちを人に聞いてもらうって、お金をもらったりおいしい料理を振舞ってもらったりするときと同じぐらい幸福感を得られるそうなんです。
だからこういうインタビューはうれしいですよ。話を聞いてもらえるのは自分にとっては報酬のようなものです(笑)。
──それは良かったです(笑)。ほかに意識していることがあれば教えてください。
傾聴に似ていますが合意形成です。「僕と一緒にスプーンを使う練習をしてみましょう」と声かけしても、患者さんの気持ちが入らないと効果が出にくいんです。とはいえ、なんでもやってしまう“お世話型のリハビリ”をすると患者さんが受け身になり、自分から動こうという気持ちにならないんです。その塩梅が難しいですね。
リハビリに社会心理学の視点を取り入れた理由
──今の病院は18年目と聞きました。ずっと同じ部署で働いているんですか?
もともとは入院患者さんにリハビリを提供していたのですが、13年目くらいで訪問リハビリの部署に異動したことがあります。今考えるとそこがターニングポイントでしたね。
それなりに臨床経験を積んでいたし、痛みを取ったり麻痺した手で物を持てるようになったりといった技術には少し自信があったんです。でも訪問ではぜんぜんダメで。
退院して3年ほどの男性を担当したのですが、その方はズボンの上げ下ろしや麻痺した手で口元までスプーンを運ぶといった動きができなかったんです。それに対して病院と同じアプローチをしようとしたらまったくやってくれなくて。むしろ「なぜできないことを今さらやらせるんだ」と怒らせてしまい「担当を前の人に戻してくれ」と言われました。
──外に出て打ちのめされたんですね。
ほかにも、生活動作の回復のためにあれこれやってあげていたら受け身になってトイレに行かなくなったり、歩かなくなったりした人もいました。
脳卒中の患者さんは病気になってから6ヶ月以内にぐっと良くなる人が多いんです。僕はそういった患者さんにアプローチしてきたから、良くなっていく姿を見て自分のスキルのおかげだと錯覚していました。

──そこからどう立ち直ったんですか?
技術を提供して傾聴し、それでも足りないことは何だ……と考えた結果、相手の行動を変える影響力が足りないんじゃないかと思ったんです。「あなたがそう言うならやってみよう」と奮い立たせる力が必要なんじゃないかって。
そういう行動変容を促すような言葉・演出・誘導のテクニックを持ち合わせていなかったのですが、リハビリに関する本を読んでいて見つけたのが社会心理学*の視点でした。
初対面の人や不安感が強い人には右側から声をかけたほうが受け入れてもらいやすいとか、人によっては少し早口で話すと知的に見えて説得しやすいなど取り入れられそうなことがあったんです。
──実際に試して効果は見えましたか?
効果が見えますし、今まで培ってきたアプローチとの相性もいいと感じています。
そうそう、何を言ったかではなく誰が言ったかが重要なケースもあるんですよ。僕が動くのではなく、時間をかけて根回しをして関係者に動いてもらうこともあります。
働き盛りで右片麻痺になってしまった患者さんがいて、その人は仕事に戻りたいという希望を持っていたんです。でも思うようにリハビリが進まなかった。もしかしたら僕が「頑張ってリハビリしましょう」というより、信頼関係のある職場の人が「頑張って戻ってこいよ」と言ったほうが響くんじゃないかと考えたんです。
そこで、会社の人たちと会える場を時間をかけてセッティングして、患者さんの上司に直接激励してもらいました。これをきっかけに行動が変わり、無事に職場復帰を果たすことができましたね。
──ほかの作業療法士も社会心理学の視点を取り入れていますか?
成果を出している人で取り入れている人はいると思います。
社会心理学の本から情報収集をしていたとき、痛みを和らげる技術に似ていると思った瞬間があったんです。症状が出ている場所とアプローチするべきところって、ちょっとズレていることがあるんですよ。
例えば腰痛の原因は腰そのものではなく、全身が複雑に関連して結果として腰に必要以上に痛みが出ているケースが多いんです。そうなるとアプローチすべき箇所は腰だけじゃないんです。
心の問題もこれに似ています。患者さんの悩みや困りごとを掘り下げていくと、その根本原因が別のところにあった、なんてことがけっこうあるんです
ちなみに、作業療法士の学校では痛みや麻痺している箇所にアプローチすると教えられるので、現場に出ると「習ったことと違う」って絶望します(笑)。これ、作業療法士あるあるかもしれません。
作業療法士のキャリアデザインとは

──作業療法士はキャリアを重ねるとどんな道が開かれるんですか?
大きく3つあると思います。オーソドックスなのは勤めている病院の管理職になるパターンです。もう一つは臨床経験を積んで論文を発表し、大学教授になる道。あとは自費リハビリ事業を立ち上げるなど自分でやる道ですね。
一般企業で働く人もいますよね。例えば工場のライン作業で働く人たちが腰痛で悩んでいて、その原因は何なのか作業内容を分析して解決するとか。脳機能の知識があるOTが教習所で高齢者や脳卒中者の運転を評価するケースもあります。
僕は勤めている病院が好きなので、定年まで働かせてもらいたいです。今は病棟のリハビリテーションチームのリーダーなので、みんなが働きやすくて自分の専門性をもっと出せるような職場づくりをしていきたいなと思っています。