
1. 歯科衛生士とは?
“お口”から人々の健康を支える医療専門職
歯科衛生士とは、歯科医師の右腕として治療をサポートし、人々の“お口の健康”を守る医療専門職です。英語ではDental Hygienist(Dental=歯の、Hygienist=衛生士)と言います。
“お口の健康”は、QOL(生活の質)や全身の健康とも密接につながっています。歯を失う原因の多くはむし歯(う蝕)と歯周病ですが、歯科衛生士はそれらの予防や治療に深く関わっています。さらに、子どもたちに歯のみがき方を指導したり、お年寄りに摂食・嚥下機能訓練をおこなったりと、幅広い年代の人々の健康を“お口”から支えています。
2020年に実施された国勢調査の結果によると、歯科衛生士の数は12.9万人でした。歯科医院の数は6.8万ヶ所*ですから、歯科医院1ヶ所に対して歯科衛生士は1.9人しかいないことになり、歯科衛生士不足の深刻さがわかります。

また、長く歯科衛生士は「女子」と法律で定義されていたため、歯科衛生士のほとんどが女性となっています。附則において「男子」についても同法の規定を準用するものとされていましたが、実際のところ歯科衛生士養成校のほとんどが女子学生しか募集していなかったため、男性歯科衛生士の数はなかなか増えませんでした。
しかし、2014年の改正で歯科衛生士の定義から男女の区別がなくされたことで男子学生を受け入れる養成校も増加しており*、男性歯科衛生士が人手不足解消の一助となることが期待されています。

歯科衛生士と歯科助手の違い
歯科衛生士として働くためには国家資格が必要ですが、歯科助手は資格がなくても働くことができます。
そのため「歯科助手は患者さんの口腔内に手を入れてはいけない」という大原則があり、担当業務も受付や会計、クラーク業務、レセプト業務、電話応対、そのほか事務作業が中心となります。診療補助のなかで歯科助手ができるのは、バキュームで唾液を吸い取ったり、印象材*を練ったりするなどの簡単な作業に限られます。
歯石除去、フッ素塗布、表面麻酔塗布、概形印象採得などの高い専門性が求められる業務は歯科衛生士にしかできません。
歯科衛生士 |
歯科助手 |
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資格要件 |
国家資格(歯科衛生士免許)が必要 |
資格不問(民間資格あり) |
主な業務 |
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このように実施できる業務に大きな違いがあるにも関わらず、患者さんからは「歯科衛生士と歯科助手の区別がつかない」との声も上がっています。そのため、歯科衛生士会が中心となって「歯科衛生士」と表記の入ったネームプレートを着用するよう啓発活動もおこなわれています。
2. 歯科衛生士になるには?
歯科衛生士免許が必要
歯科衛生士として働くには、国家試験に合格して歯科衛生士免許を取得しなくてはなりません。
歯科衛生士国家試験を受験するには、歯科衛生士の養成校(大学、短大、専門学校)で所定の課程を修了しなくてはなりません。以前は2年制の専門学校が多く存在しましたが、2010年4月以降、歯科衛生士の養成課程は3年制以上のみとなっています。

なお、歯科衛生士の養成校は全国歯科衛生士教育協議会のWebページで確認できます。
>全国歯科衛生士教育協議会|養成校一覧
歯科衛生士試験の概要
歯科衛生士国家試験は年に一回、毎年3月に実施されます。
- 1月上旬:願書等提出
- 3月上旬:試験日
- 3月下旬:合格発表
歯科衛生士国家試験は1問1点で全220問出題され、合格基準は正答率60%(採点除外問題がなければ132点)となっています。
そのほか、歯科衛生士試験に関する最新情報は厚生労働省のWebページからご確認ください。
>厚生労働省|資格・試験情報
歯科衛生士試験の合格率の推移
過去5年間の歯科衛生士国家試験の合格率は90%以上と、ほかの医療系国家資格と比較しても高い水準で推移してます。
歯科衛生士の国試対策は実習終了後から本格化します。実習後は早めに「国試モード」に切り替えましょう。なお、国試に合格した先輩によると実習も国試対策の一環だと思って学ぶ姿勢が重要なようです。
3. 歯科衛生士の仕事内容
法律で定められている歯科衛生士の業務は歯科診療補助、歯科予防処置、歯科保健指導の3つで、これらを総称して歯科衛生士の三大業務と呼びます。
歯科診療補助
歯科医師の指示を受けて、診察や治療の一部を担当します。
ただし、歯科衛生士は歯科医師の指示さえあればどんな業務でも実施できる──というわけではありません。
歯科でおこなわれる医行為は絶対的歯科医行為と相対的歯科医行為に分けることができます。絶対的歯科医行為は歯科医師にしか認められていないため、たとえ歯科医師からの指示があったとしても歯科衛生士がおこなってはいけません。それを除く相対的医行為は診療補助として歯科衛生士がおこなうことができます。
〈絶対的歯科医行為〉
- 歯の切削に関連する行為*
- 切開や抜歯などの出血をともなう処置
- 精密印象や咬合の採得
- 皮下、皮内、歯肉などへの注射
*歯を削ること以外に、詰め物(インレー)や被せ物(クラウン)を装着することも含む
〈相対的歯科医行為〉
- 仮歯の調整、仮着
- 歯周組織検査
- 概形印象の採得
- 表面麻酔薬の塗布 など
なお、相対的歯科医行為は業務の幅が広いため、その実施の可否については患者さんの状態や歯科衛生士の技能の習熟度に応じて歯科医師が判断することになっています。
tips|歯科衛生士のレントゲン撮影はNG
歯科診療にレントゲン撮影(X線撮影)はつきものですが、放射線を人体に照射することができるのは医師・歯科医師・診療放射線技師のみと法律で定められているため、歯科衛生士がレントゲン撮影をおこなうと法令違反となります(参照:e-gov法令検索|診療放射線技師法)。
仮に歯科医師からの指示があったとしても違法行為であることに変わりはなく、実際にレントゲン撮影を指示した歯科医師やそれに従った歯科衛生士が逮捕される事件も起きています。
歯科予防処置
歯科医師の指示を受けて、歯垢や歯石を除去(スケーリング)したり歯の表面にフッ素を塗布したりします。
歯垢とは歯の表面に付着した細菌のかたまり(プラーク)のことで、わずか1mgの歯垢に1〜2億もの細菌が生息していると言われています。これらの細菌が作り出す酸や毒素がむし歯や歯周病の原因となります。
また、歯垢が石灰化して歯石になるとその表面の凸凹に歯垢が形成されやすくなるため、歯垢を早めに除去して口腔内の環境を正常に保つこと(プラークコントロール)が重要となります。それには日々のセルフケアに加え、プロである歯科衛生士による定期的なメンテナンスが必要なのです。
歯科保健指導
むし歯や歯周病の予防のために、歯みがき指導(TBI*)や食生活指導をおこないます。指導にあたっては、むし歯や歯周病が発生するメカニズムや健康に与える影響について丁寧に伝えることで、動機付けをおこなうことも重要です。
歯科保健指導は、院内はもちろん求めに応じて保育園や幼稚園、小学校、保健所などで実施することもあります。近年は高齢化を受けて介護施設での保健指導のニーズも増えています。
4. 歯科衛生士の勤務先
歯科衛生士の勤務先は9割が歯科医院で、それに病院が続きます。さらに、全体に対する割合としては少ないものの、市区町村(保健センター)や保健所などの行政機関、老健や特養などの介護保険施設などにも歯科衛生士のニーズがあります。

歯科医院
歯科医院のほとんどが主にむし歯や歯周病の予防や治療をおこなう一般歯科です。診療補助をはじめとして、予防処置、保健指導と歯科衛生士の基本となる臨床経験を積むことができます。
歯科医院の場合、求人数が多く、転職や復職がしやすいことがメリットとして挙げられます。立地によって客層が大きく異なるほか、診療科目を小児歯科や訪問歯科、矯正歯科、審美歯科、ホワイトニング、インプラントなどに特化したクリニックもあるため、技術の幅を広げるために複数のクリニックを経験する衛生士もいます。
病院
病院に勤務する歯科衛生士は、歯科や口腔外科で外来患者さんに対する診療補助、予防処置、保健指導をおこないます。ほかにも入院患者さんの口腔ケアを担当するなど、口腔衛生の専門家としてチーム医療に貢献します。さらに、高齢の患者さんの場合は自宅や施設に赴き、訪問歯科診療をおこなうこともあります。
このように病院の場合、全身疾患やフレイル*に関する理解、多職種や地域との連携がより重要になります。勉強会や研修も積極的におこなわれているため、成長意欲のある方に向いています。また、福利厚生がしっかりしている点も魅力です。
行政機関
ごくわずかではありますが、市区町村が運営する保健センターや保健所などの行政機関で働く歯科衛生士もいます。保健センターや保健所は広く住民の健康を守ることを目的とした公衆衛生機関です。そのため支援対象は幅広く、幼年期から学童期、成人期、高齢期とあらゆる年代の方に対して口腔ケアに関する教育や指導をおこないます。
介護施設
介護老人保健施設(老健)や特別養護老人ホーム(特養)、介護医療院、デイサービスなどの介護施設でも歯科衛生士が働いています。食べ物を噛み砕き、飲み込む力は加齢と共に低下し、誤嚥性肺炎や認知症のリスクを高めることから、歯科衛生士が口腔ケアや咀嚼・嚥下機能訓練などをおこないます。ほかの介護職員に対して口腔ケアの指導をおこなうこともあります。
企業・学校など
歯科衛生士として働いた経験を活かして、歯科材料や歯科医療器具などを販売する事業会社で営業や企画・マーケティングを担当したり、歯科衛生士の専門学校で教職に就いたりする衛生士もいます。
5. 歯科衛生士の働き方
歯科衛生士の仕事着
歯科衛生士の制服は勤務先によって異なりますが、診療時はスクラブなどの動きやすさを重視した制服が基本となります。
〈診療時〉
以前はナースウェア(白衣)やチュニックが主流でしたが、近年は動きやすくお手入れもしやすいスクラブを採用する歯科医院も増えています。
患者さんから見ても区別がつくように「歯科助手はチュニック、歯科衛生士はスクラブ」と職種によって制服を分けている医院もあるようです。
診療中は感染症予防のためにマスクを着用し、鼻と口をしっかりと覆います。手元は薄手のビニール手袋を着用し、患者さんが代わるたびに新しいものに交換します。
〈手術時〉
手術ではより厳重な衛生管理が求められるため、滅菌したガウンと使い捨てのヘアキャップを着用したうえで介助に入ります。
〈足元〉
足元は長時間履いても疲れにくいスニーカーや通気性のいいナースサンダルに、靴下やストッキングを合わせて着用します。
歯科衛生士の仕事道具
診療や歯みがき指導で歯科衛生士がよく使う仕事道具を紹介します。
〈診療で使う道具〉
- バキューム:口腔内の唾液や血液、歯の削りカスなどを吸引する器械。舌や頬などを押さえて口腔内の診療スペースを確保するという目的もある
- ピンセット:小綿球などの小さなものをつかむための器具
- デンタルミラー:歯の裏側などを目視で確認するための鏡
- エキスプローラー(探針):先端の目盛りで歯周ポケットの深さを測る器具。歯周病のチェックに使う
- スケーラー:歯間や歯周ポケットに付着した歯垢や歯石を除去する器具。先端が針のように尖っている
〈歯みがき指導で使う道具〉
- 顎模型:みがき残しの多い部分や歯ブラシの正しい当て方、動かし方を説明するために使う模型
- 歯みがきペースト:歯みがきペーストには、表面をツルツルに磨いて歯垢を付きにくくする研磨剤や歯の再石灰化を促すフッ化物が含まれていることが多い。幼児や矯正治療中の方、歯根面が露出している方向けに研磨剤の含まれていないジェルタイプのものもある
- 歯ブラシ:歯間や歯周ポケットの汚れを掻き出す基本のブラシ。さまざまな種類があるが、年齢や歯並び、歯の状態、使いやすさに合わせて適当なものを選ぶ
- 歯間ブラシ:歯ブラシでは届かない歯間の汚れを取り除くためのブラシ
- 舌ブラシ:舌苔(ぜったい)を取り除くためのブラシ
- 口腔清掃ブラシ:頬や上顎、舌の下、唇の内側などの口内の粘膜をきれいにするためのブラシ
歯科衛生士の一日
歯科医院に勤務する歯科衛生士の場合、一日の仕事の流れはおおむね次のようになります。

▼歯科衛生士の一日密着動画を見る
歯科衛生士の一日に密着!「1秒でも余裕があれば歯のことを伝えたい」より
歯科衛生士の休日
歯科衛生士の休日は勤務先の歯科医院の休診日に合わせて週休2日となることが一般的です。例えば、日曜祝日が休診の場合、残り1日は月曜日〜土曜日の間にシフトで休みを取ることになります。
行政機関や企業、学校の場合はおおむねカレンダーどおりの休みとなりますが、病院や介護施設の場合は勤務先によってバラつきがあります(完全週休2日制、週休2日制、4週8休、月9休など)ので、求人応募時にはよく確認しましょう。
6. 歯科衛生士の給料
ジョブメドレーに掲載されている求人から歯科衛生士の賃金相場を算出しました。なお、残業手当など月によって支給額が変動する手当は集計対象外のため、実際に支払われる賃金はこれより多くなる可能性があります。
【全国平均】歯科衛生士の時給・月給・年収の相場
2024年12月時点の全国の歯科衛生士の時給・月給・年収の相場は次のとおりとなりました。
下限平均 |
上限平均 |
総平均 |
|
---|---|---|---|
パート・アルバイトの時給 |
1,452円 |
1,872円 |
1,639円 |
正職員の月給 |
24万5,923円 |
32万7,741円 |
28万6,832円 |
正職員の年収* |
344万2,922円 |
458万8,374円 |
401万5,648円 |
歯科衛生士が活躍する場は多岐にわたり、勤務先や勤務地、経験年数などにより給料は異なります。詳しくはこちらの記事をご確認ください。
>歯科衛生士の給料は安い?平均年収・月収・賞与を都道府県別、職場別に解説
7. 歯科衛生士の将来性
平均寿命が伸びるなか、ただ長く生きるだけではなくQOL(生活の質)を維持することや元気に自立して生きられる期間──健康寿命を伸ばすことがより重視されるようになりました。
口腔ケアにはいつまでも自分の口で食事する楽しみを失わない、誤嚥性肺炎などの感染症を防ぐ、認知機能の低下を抑えるといった効果が期待されています。
日本では1989年に「80歳になっても自分の歯を20本以上保つこと」を目標に8020運動が始まりました。2016年に厚生労働省が実施した調査*1では8020を達成した人の割合が50%を超え、次回2022年の調査に向けて60%という新たな目標が掲げられています*2。
目標達成に向けて、歯科衛生士は口腔衛生の専門家として歯科医院、病院、保健所・保健センター、介護施設とさまざまな場所で活躍することが期待されています。
このようにニーズが増えているにも関わらず、歯科衛生士の数は不足しています。歯科衛生士の修業年数が長くなり資格取得のハードルが上がっていることや、歯科衛生士の大半が女性であり出産や育児のために離職するケースが多いことが要因として挙げられています。
歯科衛生士は正職員・パート職員ともに多くの求人があるため、ライフステージに合わせて働き方を変えることも可能ですし、認定歯科衛生士やケアマネジャーとのダブルライセンスなどキャリアアップの選択肢も多くあります。
全国各地で研修や求人紹介などの復職支援事業*が実施されているため、一度臨床から離れた方も再挑戦してみてはいかがでしょうか。
参考
- e-Gov法令検索|歯科衛生士法
- 厚生労働省|歯科口腔保健関連情報
- 厚生労働省|歯科医療施策