辻秀一

1961年、東京都生まれ、スポーツドクター。
北海道大学医学部に所属しながらバスケットボール部で活躍。卒業後、慶應義塾大学病院内科とスポーツ医学研究センターを経て株式会社エミネクロスを設立。応用スポーツ心理学をベースにパフォーマンス向上をサポートするメンタルトレーニングは、プロスポーツ選手のみならずビシネスや音楽の現場でも支持される。著書は『スラムダンク勝利学』(集英社インターナショナル)『自己肯定感ハラスメント』(フォレスト出版)など。
スポーツドクターは桜木のケガをどう見るのか

──桜木がルーズボールを追って背中を強く強ちつけますよね。その後背中に痛みを抱えたままプレーを続けていますが、辻さんはどのような症状だと思いましたか?
辻さん:僕は整形外科の専門家ではないのでその前提でスポーツドクターとしてお話しします。考えられるとしたら打撲か捻挫か骨折ですね。骨折だったらずっと痛いはずなんですけど、作品を読むとときどき強烈に痛がってるじゃないですか。だから頸椎(けいつい)を痛めたんじゃないかと思いました。

僕も十数年前にハワイのビーチで大きな波に飲まれて、頸椎の7番を骨折したことがあるんです。それで首から下が麻痺してしまいました。今はだいぶ良くなったんですけど、首の可動域がすごく狭くて後ろを向けないし、動きによっては肩甲骨の周辺が「ピキッ」って感じるので、花道も首を痛めたのではないかと思います。
──ケガのあと桜木は一度ベンチに下がりますが、「ダンコたる決意」で再びコートに戻ります。あのレベルのケガで再出場するのは現実でもありえますか?
日本の高校レベルではありえるかもしれません。多くの監督は選手に「行けるか?」と聞くでしょうし、選手も「行けます」と言ってしまうと思います。
花道にとっての栄光時代は試合をしている“今”で(単行本第31巻 20、21ページ)、晴子さんも見ていて、しかも山王工業戦という大舞台。本人が降りることを許容するとは思えませんよね。僕でも出ていたかも。「将来のことはいいからやらせろ」って言ったと思います。
そういう場面でアスリートが冷静に判断するのは難しいんです。だからこそ、チームには客観的な意見を言えるフィジカルのトレーナーやドクターが必要なんです。
アメリカでは高校レベルでもトレーナーをつけるチームがあるので、あの場面で出ることはまずないと思います。
──そもそもトレーナーの役割とは?
競技力を向上するストレングス系トレーナーと、予防やケアをするメディカル系トレーナーの2種類があります。どちらも抱えるチームもあれば、監督がストレングス系トレーナーの役割をしてメディカル系のトレーナーを雇うとか、その逆であるとか。
花道のケガのようなケースでは監督がトレーナーに続けられるかを聞いて、その判断に従います。だからどのチームも優秀なトレーナーを欲しているんです。
桜木をメンタルトレーニングするとしたら?

──桜木は自分を天才と称してバスケやリハビリに取り組みます。それが彼の魅力である一方、根拠のないことを言っているようにも感じます。
花道は子どものように素直なんですよ。一般の人は叶うか叶わないかの条件設定から目標を考えるんです。期限、 課題、実現の可能性などをあらかじめ考えてから実行するじゃないですか。脳科学的にはそれを認知的といいます。
でも花道は違うんです。彼はバスケをしたいからやっているし、純粋に“ヤマオーを倒したい”と思っている。そういった自分の内側から出てくる思いこそが目標なんです。
「おめーらバスケかぶれの常識はオレには通用しねえ」という名言もありますよね。
──私もあらかじめ考えてから目標設定をしていました……。
大人になればなるほど人目とか、常識とか、経験とか、しがらみが生じて素直になれなくなるんです。
でも花道はやりたいことに対して素直に行動しているじゃないですか。井上先生は「大人になっても素直さが大事なんだよ」というメッセージを込めたのだと思います。
──耳が痛いです。では、もしもリハビリでスランプに陥った桜木が辻さんのもとに相談をしに来たとしたら、どのように声をかけますか?
花道はコツコツと地味なことをやるのが苦手な人だから、リハビリに向いていないんですよ。
でも2万本のシュート練習をしましたよね。その前に自分をビデオに撮って見てみると、想像していたよりもへなちょこだったわけです。そういう“現状”に気づいてもらわないといけない。
なので彼の持つ原動力にリハビリをする意義を結び付けてあげます。リハビリをしたら治る・予防につながると伝えるのではなく、「このリハビリを終えて以前よりも高く跳べるようになったら晴子さんにモテるよ」「このリハビリに耐えれば流川よりもフィジカルが強くなるよ」などと伝えますね。
それでも「こんなことはやっていられない、早くチームに戻りたいんだ」と言うかもしれません。そのときは「君のいいところは今やることに全力を尽くすことなのに、リハビリになった瞬間なぜできなくなるんですか? 今できなかったらこの先の“栄光時代”はないですよ」と言うと思います。

あとは、ケガをする前の自分と比べないようメンタルトレーニングをしますね。「辻先生、俺はケガをする前は山王工業戦でこんな活躍したんだ」みたいなことを言ったとします。そしたら「花道、それって過去と今の自分を比べているんだよ。今の自分を受け入れて、今を生きるのが君のいいところなのに、なんで前の自分と比べてるんですか?」と言います。
花道はバスケの初心者だから「昔は」がないんです。でも成功体験を積むとそこにとらわれてしまう。それが人を苦しめているんですよ。「自己肯定感を高めるために成功体験を積め」といわれますが、どこまで成功すれば自分らしくなるかって、そんなものはないんです。
──著書の『自己肯定感ハラスメント』で、ありのままの自分を認める自己存在感を育む大切さを説いていますね。

人は他人と比べたり、結果や過去にとらわれたり、未来のことを考え過ぎたりして同じ壁にぶつかり、悩むことがあるんです。オリンピックに出場する選手だって同じですよ。
花道が大学に進学して、インカレで負けてメントレしに来たら「今の君は机に上がって『どこどこ大学は俺が倒す!』って言えないだろ? 今の君は自分と何かを比べてるし、とらわれてるんだよ」とズケズケと言いますね。彼は自分を信じる力があるから僕の言葉で心が折れたりしないでしょう。
花道はありのままの自分を許容すればどんどん成長します。それこそが僕が提唱する『自己存在感』です。
リハビリのシーンを考察

──原作の最終回、桜木が晴子さんからの手紙を読んでいるところにリハビリを担当している女性がやってきますよね。あの女性の職種は何だと思いますか?
(単行本を見返しながら)この人は……病院の理学療法士(PT)だと思いました。白衣っぽい服を着ているし、花道はケガをしているからストレングス系トレーナーではないですよね。
試合のあとで病院に行って診断を受け、まず日常生活ができるようになるためのトレーニングをすることになったのかな。そこで理学療法士の指導のもとリハビリをすることになったんだと思います。
花道にとっては単純でつまらない作業だと思うんです。ほら、「耐えられる? 桜木くん」って言ってますよね。
──キツいトレーニングに耐えられるかではなく、単純作業に「耐えられる?」と聞いてるんですね、なるほどそういう解釈もできますね!
それか、オペをした可能性もありますよね。頚椎を痛めた影響で椎間孔(背骨から横に向かって伸びている神経の通り道)が小さくなって神経を圧迫してるから、そこをちょっと広げるオペをしたとか。もしくは頚椎のヘルニアを起こした可能性もあります。
漫画を読むと浜辺から歩いて帰っているので、病院から紹介された湘南のリハビリセンターにいるのかもしれませんね。またはここは高校の近くで、バスケ部だけじゃなくサッカー部やバレー部もケガをしたら訪れる鍼灸院の鍼灸師かもしれないですよね。そこでたまたま流川に遭遇する。
ところで、花道は全日本ジュニアには選ばれたのかな。
──原作第2話の表紙ではリーゼントでジャパンのユニフォームを着ている姿が描かれています。
そうなんですね! 仮に花道がジャパンの候補に選ばれていたとしたら、今でいうナショナルトレーニングセンター(トップアスリートの練習施設)の練習には参加できず、日本代表が抱えるトレーナーの元にいるという可能性もありますね。
彩子さんもメントレに来る、かも?
──少し話が逸れますが、桜木に選手生命の話をしたのはマネージャーの彩子さんなんですよね。高校バスケ部のマネージャーにしては知識が豊富だなと思うのですが、彼女はどんな人物だと思いますか?
彩子さんは将来理学療法士を目指しているからそういったケガの勉強もしていたんでしょうね。この時代はBリーグがないじゃないですか。マネージャーを仕事にするという発想がまだない時代なんです。
そうなると、理学療法士か鍼灸師の資格を取ってスポーツ界に関わっていきたいと考えているのかなと思います。
僕のところには心理学を学んでもっといいトレーナーになりたいという人も来るんです。だから彩子さんも僕のところにメントレしに来ると思いますよ、晴子さんは来ないだろうけど(笑)。