
Sさんが介護の世界を離れ、医療事務を志すまで
今回インタビューをおこなったのは都内に住む39歳の男性です。異業種から介護業界に飛び込み経験を積んだものの、介護の世界から離れることになったそうですが……。

※取材は感染症対策に十分に配慮し実施しました。
──そもそも介護の世界に飛び込んだきっかけはなんだったんですか?
もともとインテリアショップで働いていたんですが、その頃に母が亡くなって。兄は結婚して相手の家族と暮らしていたので、いずれ父に介護が必要になったら「自分が面倒をみなければいけないな」と漠然と思っていたんです。
ものの売り買いとかじゃなくて、サービスを売るというか、人と深く長く接する仕事にも興味があったし、当時は有料老人ホームがバンバン建ったりして、社会的な関心も高まっていたので「やってみよう」と。
──でもそのあと、介護の世界から一度離れてしまったんですね。
老人ホームの利用者さんに認知症の方がいて──。認知症の中でも「レビー小体型認知症」は幻視を見たりするんですが、それで朝の着替えを手伝うときに突然、殴られたり噛みつかれたり。
利用者さんが悪いわけではないんですが、施設長に相談しても「しょうがない」と具体的な対処方法を教えてもらえず、すっかり擦り減ってしまって……。
──それはつらかったですね……。
ええ、それで(2020年の)3月に退職の相談をして、5月末退職しました。最終出勤日は4月末で5月は有休消化だったんですが。
──それで医療事務を志したんですね。
介護福祉の仕事を8年間続けてきたので、近い職種がいいなというのと、現場は体力的にもしんどいなと思い始めていたので。
──介護系の資格は持っていたんですか?
(介護職員)初任者研修はもちろん、介護福祉士まで持ってましたよ。
──「介護事務」ではなくて「医療事務」なんですね?
ハローワークの方から「介護事務の請求業務をやる時期は決まっているから、それ以外の時期は現場に入らなければならなくなるのでは?」と言われ「それだと意味ないな」と。
──生活相談員やケアマネになるという選択肢もあったのかなと思うのですが。
実は前の職場でケアマネに対していいイメージがなかったので、その仕事に対する強い“憧れ”みたいなのがなかったんです。
以前は「待遇がいい」というイメージがありましたが、介護職員に処遇改善加算*が上乗せされるようになってからは、給与面での差もなくなったり、逆転することもあるみたいですし……。
*処遇改善加算…介護職員の待遇改善のために、要件を満たす事業所に対して介護報酬を加算する制度。要件を多く満たすほど加算率が高くなる。
──なるほど……。
この年齢で経験もないですし、正直「コロナ禍」というのもあって、少しでも転職活動を有利に進めるために資格を取ろうと。職業訓練であれば、受講費もかからないし。
──職業訓練の存在はいつから知っていたんですか?
数年前に当時付き合っていた彼女が職業訓練を利用していて、存在はうっすら知っていました。自分自身、ハローワークに何度かお世話になったこともあったので。
職業訓練を受けるには? 面接では何を聞かれる?
──それでは次に職業訓練を受けるまでの流れについて、時系列に沿って教えてもらえますか?

ハローワークにハロートレーニングというコーナーがあるんですが、まずそこに行って職員の方に相談したところ、その場で「まずは見学会に行ってください」と言われました。
締め切りが間近だったので、すぐに行ってきました。それからハローワークに戻って受講の申し込みをしました。
そのあとに、講座を主催する学校と面接があって、それに合格すると今度は説明会があります。ここまですべて5月中の出来事で、その次は7月から訓練が始まりました。

──面接ではどんなことを質問されましたか?
「3ヶ月間、朝から夕方まで学校がありますが、ちゃんと通えますか?」という通学の意思と、さっき聞かれたような志望動機を確認されました。「なぜ医療事務なんですか?」とか「現場ではだめなんですか?」とか。あと「卒業後は就職してくださいね」と念押しされましたね。
手元の資料を見て、決められた項目を上から順に確認しているような、ちょっと流れ作業っぽい感じでした。時間は30分くらいだったかな?
──面接官は何名でしたか?
2名でした。
──面接にはどんな服装をして行きましたか?
私服だったんですが、一応白いYシャツに黒のスラックス、ビジネスシューズですね。スーツで来ていた人もいたので「まずいかな」と思ったけど、面接官もシャツにジャケットを合わせた、いわゆるオフィスカジュアルでした。
そう言えば、職業訓練校の同級生がTシャツにジーパンで面接に行って怒られたと聞きました(笑)。
──言ってくれないとわかりませんよね(笑)。
でも普通「面接」って言われたらきちんとした格好をしてくるものじゃないですか(笑)。どのくらい真剣かという姿勢は服装からも伝わると思います。
──でも「同級生」ということは──?
はい、合格してました。
──よかった(笑)。でも応募倍率が高いと落とされていた可能性もありますね。
かもしれないですね(笑)。
──応募倍率は覚えていますか?
倍率は公表されてなかったんですが、コロナもあってそもそも開講できるかどうかが微妙な雰囲気だったのは覚えています。
──定員は何名でしたか?
20名くらいだったかな。コロナの感染対策で3人座れる机に2人しか座れなかったので、定員が減らされていました。本当は30名くらいだったと思います。
──それでは続いて、説明会について教えてください。
その講座は都道府県からの委託訓練だったので、行政に提出する書類の記入方法に関する説明がありました。なので、県の担当者の方も出席していました。
遅刻・欠席には厳しいのでそれについても説明を受けました。

正当な理由なく欠席すると手当が不支給に。Sさんが受けたのは離職者訓練(公共職業訓練)だが、求職者支援訓練のほうが欠席・遅刻・早退に対してより厳しい。
─参考:山口労働局:求職者支援制度・訓練受講のしおり
あとは「なんで職業訓練をするのか」という話を。
──と言いますと?
「目的は資格を取ることではなく就職することなので、職業訓練が終わったら就職してくださいね」と口酸っぱく説明されました。
──5月中に手続きが完了して、講座が始まるまでの1ヶ月間は何をされていたんですか?
何もすることがなくて、コロナで外出もできなくて、つらかったですね。今思えば、その時期から求人を見たり、転職サイトに登録したりしておけばよかったなと思いますね。
──ジョブカード*やキャリアコンサルティングのサービスは利用しましたか?
ああ、ジョブカードですね。ジョブカードの作成は必須で、入校したタイミングで「全員作ってください」と言われました。就職アドバイスの授業がカリキュラムに含まれていたので、そのときに作りました。
*ジョブカード…職務経歴や学歴、訓練歴、保有資格、キャリアプランなどについてまとめたシート。主にハローワークでキャリアコンサルティングを受ける場合などに使用し、履歴書や職務経歴書として活用することもできる(参考:ジョブカード制度総合サイト)。
いよいよ職業訓練スタート! 1日の流れや試験対策は?
──どんな資格を取れるコースだったんですか?
メディカル クラーク®︎(医療事務)とドクターズクラーク®︎(医師事務作業補助)です。
メディカル クラークの試験が8月、ドクターズクラークの試験が9月にあって、受講生の8割は2つとも受験してました。
──受験しない人もいるんですね!
受験は任意なので。でも少数派ですね。
両方とも受験しない子も2、3人いて……。理由は聞けませんでしたが、若い子でしたね。
前半がメディカル クラークの授業で、後半がドクターズクラークの授業だったので、前半だけ受けて、後半は来なくなる人もいましたね。もしかしたら、就職先が決まって来なくなっただけかもしれませんけど。
──職業訓練のカリキュラムについて教えてもらえますか?
期間は7月から9月末まで、授業は平日の9時半〜16時まで。午前3コマ、午後4コマだったかな? 午後の終わりの2コマは基本的に自習時間で、その日に勉強したことを復習したり、資格試験の対策をしたりしてました。
──ほかにどういう方が受講していましたか?
男性は自分だけだったんですが、年齢はバラバラで、若い子はハタチそこそこから上は50代〜60代の方もいました。

施設内訓練(ものづくり系)は男性が多く、委託訓練(サービス系)は女性が多い。

離職者訓練(公共職業訓練)は20代〜40代を中心に幅広い年齢層が受講している。
─参考:厚生労働省|ハロートレーニング(離職者訓練・求職者支援訓練)|年齢別の入校者状況、男女別の入校者状況
──授業内容はどんな感じでしたか?
完全に試験対策でしたね。レセコン*も一切触ってませんでした。試験はペーパーなのでレセプトの修正も全部手書き。レセコンやってても試験には受からないと思います。
*レセコン…診療報酬明細書(レセプト)を作成するコンピューターやソフトのこと。
──試験対策は授業以外ではどんなことをしていましたか?
過去問を解いたり、同じ出題形式の問題を解いたり。
途中で学校で模試があって、点数が悪いとできなかったところをもう一回解いて提出させられていました。
──法律から医学、薬学に関する専門知識まで、出題範囲がすごく広いですよね。これを短期間で勉強するのは大変じゃありませんでしたか?
試験は在宅試験だったんです。テキストを見てもいいので丸暗記は必要ないんですよ。
ただ、実技系の問題はひたすら勉強するしかないですね。電話や受付での応対とか、レセプトのチェックとか。
例えば、受付で患者さんに「保険証を忘れたんだけどどうすればいいですか?」と言われたときにどう対応すべきかを決められた字数の中で答える、といった問題が出題されるので。
──ちなみに、在宅受験はコロナの影響だったんですか?
メディカル クラークはもともと在宅受験だったんですが、ドクターズクラークはコロナの影響で在宅になったみたいですね。
──在宅受験だと時間も自分で測るんですか?
それがですね、問題と回答用紙が日曜の午前中に時間指定で届いて、月曜に投函することになっていて、その間はずっと解けるんですよ(笑)。なので会場試験よりかなり気は楽でした。模試でちゃんと時間を測って解いたときには、時間内に全然終わらなくて……そのときは焦りました。
──実際はどのくらいかかりました?
問題は9時には届いたので、10時からスタートして14時には終わりました。そのあと少し休憩して、16時から19時までかけて見直しました。
──結果は?
両方とも合格しました。終わった瞬間から手応えあったんですよ。
──よかったです! 学校生活を振り返ってみて、どうでしたか?
めっちゃ楽しかったです! 学生時代に戻ったようで、勉強も楽しかったです。カリキュラムの内容がちゃんとしているか不安だったけど、入ってみるとちゃんとしていたし、ひたすら勉強して、クラスメイトとも仲良くなって……。
──クラスメイトと情報交換などはしましたか?
はい、「どんな求人に応募した」とか、「この問題は出題されるのか」とか、本当に学生と同じ感じですね。
職業訓練とお金の話。自己負担額はどのくらいになった?

──職業訓練は受講費が無料ですが、テキスト代は自己負担ですよね? 自己負担額は合計でどのくらいになりましたか?
いくらだったかなあ……。テキスト代が1万円〜2万円くらい。学校独自の試験対策問題集は買っている人が多かったんですけど、私は買いませんでした。あとは電卓。
──電卓?
ボタン一つで診療点数から金額に直せる医療事務用の電卓があるんですよ。
──へぇ……! 電卓はおいくらだったんですか?
結構高くて、3,000円くらいしたんじゃないかな。お恥ずかしながら、メルカリで買ったんですけど(笑)。
──試験に受かったら必要なくなりますもんね。
そうなんですよ。
──あとは試験の受験料も自己負担ですよね。
そうですね、それも自己負担です。
──合計すると……。
4万円いかないくらいですかね。

テキスト代以外にも受験料で出費がかさむ。Sさんのようにメルカリなどのフリマサービスを活用して節約することも可能。
──職業訓練中は雇用保険から基本手当が受け取れるはずですが、どうでしたか?
自己都合退職だと、雇用保険の失業給付(基本手当)を受けるまで普通3ヶ月*くらいかかるじゃないですか。それが訓練校に通い始めるとすぐにもらえるようになるんですよ!
*2020年10月から、自己都合退職の給付制限期間が3ヶ月から2ヶ月に短縮されている。
私の場合だと、本来なら8月末まではもらえないものが、7月からもらえるようになりました。
その手続きのためにハローワークに行きましたね。卒業したあとも「卒業しました」と報告して通常の失業給付(基本手当)に切り替えてもらいました。
──差し支えなければ金額を聞いてもいいですか?
月16万円くらいもらっていたと思います。
──月16万円は大きいですね。
もう精神的に全然違いますね。暮らしてはいけますから。
──受講中はアルバイトはしましたか?
それも雇用保険の関係でアルバイトをすると報告しなくちゃいけないのと、平日は授業があるし、土日も試験対策をしていたので、バイトする余裕はありませんでしたね。
前編はここまで。資格も取得して、晴れて職業訓練校を卒業したSさん。しかし転職活動は思いのほか難航したそうで……。続きはこちらから!